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400万人以上の有権者に選挙公報が届かず
平野真佐志

掲載日:2004.6.27


■公選法では全戸配布が原則

 参院選挙まで2週間。有権者が“誰に投票するか”を決める際、最も基本的な判断材料である「選挙公報」が都内だけで約100万人、全国では最低でも約400万人の有権者に届かないーという驚くべき実態が明らかになった。

 公職選挙法第170条では、候補者の経歴、写真、公約などを記載した選挙公報を「各世帯に、選挙の期日前2日までに、配布するものとする」と明記している。また、憲法もわざわざ第47条で「選挙の方法など両院の選挙に関する事項は法で定める」と、法律に基づく厳格な選挙の執行を求めている。公正な選挙は議会制民主主義の土台だからである。

 約400万人以上の有権者に公報が届かない理由は簡単である。配布の義務を負う自治体の選挙管理委員会(選管)の多くが昔から、新聞の折り込みに安易に全面依存しているためである。しかし、市民の新聞離れは最近、加速化している。その結果、新聞を購読しない大量の世帯に全く公報が届かないという異常事態が起きる。

 しかし、元締めの総務省選挙部や都選管は「各自治体に全戸配布するようお願いするだけである」と事実上、黙認している。

 役所が法律の文言通り、的確厳正に行政をするのが法治国家。民主主義を支える土台の選挙で、役所が法律を都合のいいように解釈して“壮大なサボタージュ”をしていることになる。残念ながら、日本は「法治国家」とは言い難い国に成り下がってきたようだ。

■実態明るみの発端は葛飾区議会での追及

 ことし2月、市民オンブズマンとして都知事の交際費を長年、追及してきた東京都葛飾区の石田千秋区議(72)が、「昨年の衆院選で、区の4分の1の世帯に公報が届いていない。明白な公選法違反だ。国民の参政権が侵害されている。参議院選挙でも同様の違法を継続野放しにするならば、選挙無効の訴えを起こす」と、議会で区選管に厳しく警告した。

 区選管は「公報を印刷する都選管からの送付が遅いため、新聞折り込みに頼らざるをえない」と主張。しかし、6月になって「シルバー人材センターに依頼して、全戸配布することになった」と石田議員に通告してきた。努力すれば全戸配布できるということである。区の説明によると、「折り込みによる配布は調べないと不明なほど昔からやっていた」(どの自治体もほぼ同じで、これは昔は新聞購読をしない世帯が少なかったという事情によるとみられる)。これまで全戸配布できなかったのは、都から送達された公報の区分け作業に時間がかかるため、だという。しかし、区分けを業者に委託でき、解決した。

 衆院選時点で区の世帯数は、約19.1万。選挙公報は約14.3万部を折り込み配布。(「補完措置」として駅などに約5千部を置いたがその効果は不明)。結局、約4.8万戸(全世帯の4分の1)には届かなかった。有権者は約35.1万人。1世帯当たりの平均有権者数が1.84人であるため、9万人近い有権者(有権者の25%)が公報を入手できなかったとみられる。複数の新聞を契約している世帯や非居住の事務所での購読もあり、実際の“被害者”は9万人以上といえる。ちなみに配布コストは、従来の折り込みとほぼ同額の約350万円で済むという(東京都全体での公報配布費用は約9000万円に過ぎない)。

■20の県庁所在地、30都府県の約320区市町村で折り込み

 選挙公報の新聞折り込み依存の実態について、「平成13年執行 参議院議員通常選挙 結果調」(総務省選挙部発行)の中に「新聞折り込み等に関する調」があり、30都府県327区市町村で実施されていたことが分かる。 

 大部分が都市部で、20都県は県庁所在地で実施。折り込み依存率が高いのは千葉(63自治体)と埼玉(45自治体)。ともに92%強の有権者が折り込み対象となっている。その他、対象有権者が約100万人以上は、茨城、栃木、神奈川、兵庫、広島の各県。

 東京都については、意外にも23区のうち目黒、品川、中野の3区が以前から全戸配布中だ。6年前に折り込みを止めた目黒区は、区長が「シルバー人材センターの振興策になる」と決断し、トップダウンで全戸配布に切り替えた。都下では39市町村のうち、八王子など13市2町が折り込みに依存。

 しかし、葛飾のように議会で追及されたり、市民からの苦情が出た足立区と三鷹市は、今回の参院選から全戸配布に切り替えた。それほど難しい話ではないことがよく分かる。折り込みへの抗議が全国的に顕在化していない現状では、残りの自治体は参院選でも折り込みを踏襲すると推察される。

■公報が届かない有権者は400万人以上

 公報が届かない有権者の数の推計はしんどい作業である。印刷する折り込み用部数も千代田、港、渋谷などオフィス街の多い区では、世帯数の倍以上刷る区もある。また、予備として大量に印刷する区もあり、印刷数だけに依存すると実態把握は難しい。住宅地で人口の多い「世田谷」を平均的な事例として、上記の葛飾と同様に試算してみる。有権者は約68.8万人、世帯数41.2万、折り込み部数34.5万部。約6.7万世帯に公報届かず。1世帯の平均有権者が1.67人であるため“被害有権者”は11.2万人。これは有権者の約16%に相当する。足立区ではこの数値が29%、葛飾でも25%と区によりばらつきがある。

 東京都での「折り込み依存」18区の総有権者数は約531万人。これに妥当な数値とみられる20%を掛けると、約106万人。つまり、最低100万人に公報が届かないと言えそうだ。都下については、八王子市での公報が届かない率が約13%であるため、「折り込み依存」15市町(有権者約202万人)の平均を10%として見積ると、約20万人が被害者となる。

 全国レベルでみると、(東京を除く)「折り込み自治体」約290の有権者数を合計すると約2930万人となる。ここでも配布されない率を、低めの10%とすると、293万人が被害者。複数新聞併読世帯やオフィス用の分は除外していないので実際はこれを上回ると思われるが、ざっと290万人が被害者となる。結局、全国の「折り込み自治体」(総有権者は約3660万人)で、公報が届かない有権者の合計は、東京の126万と地方の293万人を合計すると419万人になる。

■折り込みは各戸配布が「極めて困難」なときだけ可能

 公職選挙法第170条では、選挙公報を「各世帯に、選挙の期日前2日までに、配布するものとする」と明記し、同170条の2では、「市町村の選管は、各世帯に選挙公報を配布することが困難であると認められる特別の事情があるときは、あらかじめ、都道府県の選挙管理委員会に届け出て、新聞折込みその他これに準ずる方法による配布を行うことによつて、配布に代えることができる」とある。  

 『配布するものとする』の解釈について、自治体選管職員の“バイブル”である【逐条解説 公職選挙法】(自治省選挙部 浅野大三郎、吉田弘正共著)では≪「配布しなくてはならない」の意であり、強行規定と解する≫としている。

 同2項の『各世帯配布が困難であると認められる特別の事情があるとき』の解釈についても【逐条解説】では、以下の通りの解釈を示す。≪「特別の事情ある」市町村とは、大都市及びその周辺地域等において、急激な人口の増加、人口流動の激化、居住態様の複雑化等の状況の著しい変化によって、多くの市町村で通常行われているような職員又は自治会、行政協力員等の自治組織の協力による有権者の各世帯への配布等が現実問題として極めて困難であるような状況にある市町村をいう≫としている。18区や多くの県庁所在地が『極めて困難』な状況にあるとは、どうみてもいえないであろう。ましてや、都内5区が現実にさしたる困難もなく全戸配布している現状では無理がある。

 これに対し、総務省選挙部は「なるべく全戸配布するようお願いするしかない。しかし、選挙近くなると人手も不足し、現実問題として、一人一人の住まいの把握やどういう手段で配布したらいいかも確定的なものはない。特別な事情があるので新聞折り込みしていると考えている。条文には『せねばならない』とは書いていない。どこまで強制できるか、ということもある。すべての選管に全戸配布するよう指導する根拠が法令にない。助言しかできない。」また、都選管は「選挙無効の裁判をやられてもいいです。負けないでしょう」とまで言い切っている。確信犯的ですらある。

■選挙公報の重要性

 公選法には、戸別訪問、署名活動、人気投票、休憩所、車上での選挙運動の禁止や文書図画、パンフ、ポスターの制限など選挙活動への規制が十重二十重にかぶせられている。それゆえ、選挙公報のもつ意味は大きく重い。候補者の訴える主張をじっくり吟味、比較し、誰に投票するか決定するために最も重要なかけがえのない判断材料といえる。印刷物の公報は、放送と異なり、手元にあれば有権者が時間に余裕のある時、いつでも見られる。

 新聞購読者は、自分の選挙区を報道する記事を読めば、候補者、公約などについて具体的知識を得ることが可能である。極論すれば、公報がなくても済む。ところが、新聞非購読者は、公報がなければ、選挙への情報が閉ざされ、限りなくゼロに近づく。テレビでは個々の選挙区の放送は極めて限られ、政見放送の時間も限定されている。非購読者は路上のポスターで候補の顔写真を眺める程度となり、ますます選挙への関心が薄れ、大量の棄権、投票率低下へとつながる。 新聞非購読者にこそ公報は必要不可欠な存在といえる。投票率の向上を目指すべき選管の行為が結果的に、低下を招来しかねないという批判も出そうだ。

 これまで有権者のみならず落選した候補、政党などから全戸配布しないことへの批判の声がほとんど上がらなかったことも不思議な現象である。新聞を購読しない人は社会に無関心、公報が来なくても無頓着、従って棄権、という悪循環の構図かもしれない。

 衆院選の投票率は、小選挙区制導入の96年に初めて60%を割り込み、03年も59.86%。参院選も98年(58.84%)、01年(56.44%)と60%を下回っている。与党にとって、投票率が低くなれば有利になるのは自明の理である。かつて、“選挙民が寝てくれたほうがいい”という主旨の本音を語った首相もいた。この「選挙公報折り込み黙認」も、行政が与党の意向に阿吽の呼吸で擦り寄った結果でないと幸いである。

 公選法の解釈がたとえどうであれ、400万人以上の有権者に公報が届かず、それが問題視されず放置されてる事実はやはり、どうみても異常である。

                                       (了)

■参照■

「平成13年 参院選挙 結果調」(総務省選挙部発行)で「折り込み」となっている主な都市。

・函館・小樽・釧路・仙台・福島・郡山・いわき・水戸・日立・つくば・宇都宮・小山・前橋・さいたま・千葉・横須賀・藤沢・相模原・新潟・長岡・富山・甲府・長野・松本・各務原・静岡・三島・岡崎・津・宇治・岸和田・姫路・西宮・尼崎・和歌山・広島・福山・徳島・鳴戸・松山・長崎・佐世保・熊本・宮崎・宜野湾・沖縄。

                          (平野真佐志)