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真の「費用対効果」とは

鷹取 敦

掲載日:2006.1.18


 世界保健機関(WHO)が電磁波対策の必要性や具体策を示した環境保健基準の原案をまとめたと1月12日の読売新聞が報じた。WHO原案では、健康被害の有無は「現時点では断言できない」としながらも「予防原則」の考え方に立ち、対策先行への転換を促している。

記事:http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20060112it01.htm?from=top

 これに対する日本政府の対応を記事より引用する。

 『日本政府は電磁波について「健康被害との因果関係が認められない」としているが、基準公表を受け、関係各省で対応を協議する。』『WHOの基準公表後、環境、経済産業省など関係6省による連絡会議を開催する方針。「費用対効果を勘案し、有効な予防策を考えたい」(環境省環境安全課)としている。』

 一見、前向きな対応のように見えるが、問題は「費用対効果を勘案し」という部分である。実はこの「費用対効果を勘案」は、やりたくない時の常套句だ。

 もちろん、どのような場合でも「真の意味」での「費用対効果」は重要である。公でも私でも限られた資金・資源の中で最大の効果を得る努力をしなければならない。

 しかし、やりたくない時に使われる「費用対効果」という言葉はこれと異なる。目先の狭い範囲に対する経済的な影響を指す「偽りの費用対効果」である。

 (偽りの)費用対効果を勘案した結果、取るべき対策を取らなかった例は少なくない。よく知られている例としては、アスベスト問題、薬害エイズ問題などがある。

 アスベスト業界、建築業界への影響をおそれて日本のアスベスト対策は著しく遅れた。先日の報道によれば、28年前に労働基準監督署長から労働省(当時)への情報提供(警告)があったにも関わらず、この機会が活かされることがなかった。薬害エイズも同様に製薬会社への経済的な影響をおそれて被害が広がった。

 筆者の専門である自動車公害においても、行政の現場においてその対策を検討する時、経済への負担を極力回避しようという圧力が働いているのを幾度も目の当たりにし、これに対する対案(反論)は非現実的なものとして受け入れられることはなかった。

 その結果生じたことは、甚大な被害である。個人への深刻な健康および経済的な被害だけでなく、社会的にも大きな負担が生じた。

 真の意味での「費用対効果」を考えるのであれば、目の前の経済的な負担を回避することなく、「予防原則」に立って、早期に対策を行っておくべきであったことは間違いない。

 1月16日の読売新聞で、国公立病院の医療事故平均「報告数」が私立病院の1/3であると報じている(日本医療機能評価機構まとめ)。記事には「私立病院では、事故を隠せば経営的なダメージを受けることを学んできたため、正直に報告をした病院が多いのではないか」と専門家が指摘し、厚生労働省の「指導したい」というコメントが掲載されている。

 必ず起こるかどうか分からない「被害」「影響」に対して、目の前の対策コストを回避する、すなわち隠すこと、すぐに対策に着手しないことが、長期的にみれば莫大なコストとなってはね返ってくるということであろう。真の意味での「費用対効果」を考えれば、情報公開、予防原則に立つべきという判断である。

 広い意味でいえば、マンション耐震偽造問題も同じような構図であると言えるのではないだろうか。

 行政には(偽りの)「費用対効果を勘案」などと、最初にやらない、やれない、やる必要がない言い訳を考えることが、結果として大変な費用負担(税金支出)に(もちろん甚大な被害も)つながってきた過去の経験を学び、本来の意味での「費用対効果」を最大にすべく、目先の負担をおそれず果敢に対策を行ってほしい。

 最後に冒頭の記事から引用する。WHOは『日本など制限値を設けていない国に、この指針を採用するよう勧告する』とある。勧告を受けなければならない日本の現状は国民の立場とすれば恥ずかしい。いまや日本は環境分野での基準値、規制値の後進国なのである。これについてはまた別の機会に言及したい。