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給食費滞納と報道

佐藤清文
Seibun Satow

2007年1月27日


無断転載禁
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すべて執筆者である佐藤清文氏にあります。


「書く前に考え方を学べ」。

ニコラ・ボワロー『詩法』

 2007125日、各新聞・テレビ・ラジオは、一斉に、給食費滞納のニュースを報道しました。

 給食を実施している全国の国公私立の小中学校において、全児童生徒の約1%にあたる
10万人近くが05年度に給食費を滞納し、総額はおよそ22億円にのぼることが文部科学省による初の調査で判明したのです。

 滞納がある学校は全体の約
44%を占め、滞納の理由について学校側は60%の児童が「保護者としての責任感や規範意識」の問題であり、約33%については「経済的な問題」と述べています。

 これを受け、テレビ・ラジオのアナウンサーやコメンテーターは、自分たちのときはこうではなかったと昔を懐かしみつつ、モラルの低下を憂いています。

 猪瀬直樹元道路関係四公団民営化推進委員会委員は、テレビ朝日系列の『ワイド!スクランブル』で、「格差を強調しすぎたせい」と政府が聞いたら泣いて喜びそうな発言をしています。

 安倍晋三内閣総理大臣は彼を教育再生会議の委員に選ばなかったことを後悔しているに違いありません。

 しかし、asahi.comは、2006131709分に、「年就学援助4年で4割増 給食費など東京・大阪4人に1人」という次のような記事を更新しています。


年就学援助4年で4割増 
給食費など東京・大阪4人に1人



 公立の小中学校で文房具代や給食費、修学旅行費などの援助を受ける児童・生徒の数が04年度までの4年間に4割近くも増え、受給率が4割を超える自治体もあることが朝日新聞の調べで分かった。

 東京や大阪では4人に1人、全国平均でも1割強に上る。経済的な理由で子どもの学習環境が整いにくい家庭が増え、地域的な偏りも目立っている。

 文部科学省によると、就学援助の受給者は04年度が全国で約133万7000人。00年度より約37%増えた。受給率の全国平均は12.8%。

 都道府県で最も高いのは大阪府の27.9%で、東京都の24.8%、山口県の23.2%と続く。市区町村別では東京都足立区が突出しており、93年度は15.8%だったのが、00年度に30%台に上昇、04年度には42.5%に達した。

 背景にはリストラや給与水準の低下がある。厚生労働省の調査では、常用雇用者の給与は04年まで4年連続で減り、00年の94%まで落ちた。

出典:asahi.com
 200613

 このニュースは、当時、話題となり、各メディアも衝撃的に伝えました。わずか一年で親のモラルが急速に堕ちることもないでしょう。

 それにしても、今回の親の規範意識をめぐる記事は政府にとっては最高のタイミングです。何しろ、25日は通常国会の開会日です。昨年、1月初頭に給食費未納が話題となったことを思い起こせば、世論誘導や情報操作を疑われてしまうほどです。教育再生会議の報告を受け、教育三法の改定案を表明した安倍首相にとって、この規範意識の低下を焦点にした報道は願ったり適ったりだったでしょう。

 給食費を支払えるだけの経済力がありながら、屁理屈をこねてそれに応じない親は、残念ながら、以前からいました。今に始まったことではないのです。学校関係者であれば、笑ってしまうのから怒りを通り越して呆れてしまうものに至るまで。ありとあらゆる手口で給食費の支払いを拒む親の話を耳にしたことがあるでしょう。

 なお、地域によっては、二桁成長が終わる1974年くらいまで、給食費は現金だけでなく、米などによる支払いも認められていました。

 給食費の未納問題を担当するのは、主に、事務職員です。悪徳サラ金の取り立てのような態度で臨まず、親を教育するつもりでその姿勢を問いただし、諭して、納めさせる達人もかつては少なくなくありませんでした。

 強制したところで後々しこりが残りますし、第一、無理やり金を払わせるなんて教育現場でとられる措置としてふさわしいとは言えません。また、そうした事務職員の苦労を見て、教員も助けたものです。けれども、最近、事務職員・親・教員の間のコミュニケーションが不十分になったと見られています。

 学校に勤務するカウンセラーも、子供だけでなく、むしろ、親のカウンセリングを行うものだとよく言います。滞納を解決するのも同じだというわけです。

 給食費の滞納は親の規範意識だけによるものではありません。学校の側にも問われるべき点があるのです。未納者はいないと報告しながら、実は、やりくりをしてそれを補っていた学校もあったという噂もしばしば流れています。

 また、学校の方針を見越して、親がそれを利用することもあります。例えば、小学校と中学校に兄弟を通わせながら、小学校には全額を納めているのに、中学校にはまったく払っていないということもあったりするのです。学校の給食費の滞納に対する取り組みも重要なのです。

 そもそも、経済的理由で滞納しているという学校側の発表も少々納得がいきません。もしそうだとすれば、学校はさまざまな支援があることを親に伝え、そうした補助で支払わせることができるからです。その3割強の未納者は、学校側が親にコミュニケーションを十分にとっていない現われだとも言えます。

 こう考えてくると、給食費の未納がモラルではなく、コミュニケーションの問題ということが明らかになってくるでしょう。コミュニケーションがうまく成り立っていない状況が給食費の滞納の本質的な原因であり、規範意識を育てるのもまさにコミュニケーションにほかならないのです。この点まで考察しなければ、真の意味でジャーナリズムとは言えません。

 理不尽なことを口にし、迷惑な行いをする人は、実際、いるものです。けれども、報道の役目は、喫茶店や居酒屋、携帯電話で「そういえばさあ…」と始まるよもやま話のネタを提供することだけではありません。

 もし「国民総生産
(GNP: Gross National Product)」ならぬ「国民総知性(GNI: Gross National Intelligence)」という指標があったら、今回の報道は相当低い値を示すことでしょう。現象のみならず、その本質的な点まで掘り下げて、伝えることが必要なのです。

 ボブ・ウッドワードやカール・バーンスタインのようなやる気に溢れるものの、少々危なっかしい記者が持ってきた衝撃的なスクープに対し、ベン・ブラドリーみたいな頑固なおやっさんタイプのデスクが「どうも腑に落ちんな。釈然とせん」と首を傾げることがあって、初めて、いい報道はできるものです。そういうコミュニケーション過程が受け手に伝わってくるニュースが望まれているのです。