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マニフェストと
コミュニケーション


佐藤清文

Seibun Satow

2007年3月23日


無断転載禁
本連載の著作者人格権及び著作権(財産権)は
すべて執筆者である佐藤清文氏にあります。

 「言葉は実行の影法師」

デモクリトス

 2007322日、第16回統一地方選挙が13都道県で公示されました。今回から、数値目標や達成期限を記したマニフェストの配布が行えるようになりました。

 しかし、アメリカでは、2007321日のNHKBS1で放映された『ネットと放送の新時代』によると、選挙運動にユーチューブをどう活用するかが問われているのに比べると、あまりにも遅い解禁だと言わざるを得ません。アメリカの選挙がエコカーを競い合っているとしれば、日本はボンネット・バスに代わって箱型バスがようやく村にやってきたというほどの差があります。

 「マニフェスト(manifesto)」は、本来、「宣言」という意味です。1834年、トーリー党(現保守党)の党首だったロバート・ピール卿(Sir Robert Peel)が、自分の選挙区タームワースの公約として「タームワース・マニフェスト(The Tamworth Manifesto)」を発表し、それが翌年党の方針として選択されています。これがマニフェストの起源だとされています。

 現在の議会制は封建制の身分制議会に由来しています。かつては身分に立脚していたのですから、その求めるものは明確です。けれども、資本主義を背景にした国民国家体制は「神の死」に基づいています。そのニヒリズムにおいて、政治組織は方向性を持った運動として「マニフェスト」を公表しなければならなくなったのです。

 神の死に際して生まれたわけですから、別に政党に限らず、芸術や文学の運動も「宣言」を公表しています。「未来派宣言」や「シュルレアリズム宣言」など数多くのマニフェストがあります。

 史上最も有名で、現在も読まれ続けられているマニフェストは、間違いなく、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスによって1848年に発表された『共産党宣言』でしょう。彼らは自分たちの思想を歴史的・社会的に位置づけ、目指すべきヴィジョンを示しています。

 もっとも、彼らの掲げた政策が政敵オットー・フォン・ビスマルクに取り込まれてしまいます。そこで、二人は、「1872年ドイツ語版への序文」において、『宣言』が「歴史的文書」となったと述べています。反対だけの政党にはなりたくないと対案を示す野党の政党がありますが、少なくとも、こうした歴史を学んでいないのでしょう。

 今回の統一地方選挙では、マニフェストに載っている個々の政策もさることながら、政治家としての「コミュニケーション」が問われていると言っていいでしょう。

 2000年以降、国政と同じく、「改革」が叫ばれ、決断力と実行力を売り物にした首長が誕生しました。しかし、生活に密着した地道で具体的な政策よりも、世の中を短絡的に見たり、マスメディアが飛びつきそうな大風呂敷を広げたり、政府のアンテナ・ショップまがいの方針をとったりすることに熱心な者もいました。人とろくに話し合わず、独断専行や強引さをリーダーシップと勘違いする権威主義者です。コミュニケーションのいう点ではあまりにも粗雑でした。人の話に耳を傾け、丁寧に話すこと自体が軟弱な妥協だと言わんばかりだったのです。

 確かに、従来の政治家のコミュニケーションは、まるでマフィアのオメルタ、すなわち沈黙の掟のような閉じられた同質的な社会でのみ通じるものでしかありませんでした。

 時代や社会が変わった以上、政治も変化せざるを得ません。それには新たなコミュニケーションを政治家は提示すべきなのですが、自己主張をして周囲がそれに従うとただ期待するか、強圧的な態度をとって言うことを聞かせるかという小学生のようなことをしたのです。「改革」の時代、政治のコミュニケーションはおろそかにされすぎました。

 アメリカの選挙では、ユーチューブの活用が欠かせません。それはマスメディアを通じて有権者一般の「みなさん」にではなく、有権者一人一人の「あなた」に語りかけるようなコミュニケーションが政治家に要求されているという証です。

 今回の統一地方選で、配布されるマニフェストには、商品のカタログ同様、実現の可能性がありそうなものから見栄えをよくするために載せられているものまで選り取りなことでしょう。しかし、その公約を実行するにも、どれだけ到達できたかを説明するにも、コミュニケーションが必要なことは言うまでもありません。複雑な課題であればあるほど、取り組む政治家のコミュニケーション能力が問われるものです。

 声が大きく、押しの強いものが選挙では勝つという信条は捨てるべきときにきているのです。今、政治家に求められているのは、新たなコミュニケーションにほかならないのです。

〈了〉

参考文献

佐藤清文、「Manifesto─カール・マルクス=フリードリヒ・エンゲルスの『共産党宣言』」

http://hpcunknown.hp.infoseek.co.jp/unpublished/manifesto.pdf