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シリア内戦と日本の報道

佐藤清文
Seibun Satow
2013年9月28日

初出:独立系メディア E-wave Tokyo
無断転載禁


質問 シリアの大統領選挙の立候補資格は何でしょうか。
回答 本人が大統領であるか、親がそうであるかのいずれかであれば、自由に立候補できます。

シリアのジョーク

 国連安保理の常任理事国は、2013年9月26日、シリアの化学兵器を国際的管理下で廃棄させるとして米ロ合意履行のための決議案に合意する。この文書は参加国の要求と譲歩の跡が見られる。シリアが合意違反を行った場合、武力介入を可能にする国連憲章第7章が決議案に明記される。その一方、制裁行使には新たな決議案が必要とされている。前者は米英仏、後者はロシアの意向の現れだ。

 安保理事は、27日、シリアに化学兵器の廃棄を義務づける決議を全会一致で採択する。これに先立ち、オランダのハーグにある化学兵器禁止機関(OPCW)は化学兵器の廃棄計画を決定、シリアに専門家を派遣し、10月1日から査察を始める見通しである。

 今回のシリア危機において、予想外だったのはバラク・オバマ大統領が介入の是非を議会の決定に委ねたことであろう。それ以外は、進展の速さを別にすれば、意外性はあまりない。

 ところが、日本の報道は分析力不足から耳年増の記事がやたら目立つ。「米大統領は開戦を決断しなければ、レーム・ダックになる」とか、「化学兵器提案がなされたが、米ロの間で駆け引きが始まる」とか「国連安保理決議が出てもシリアが従うのかは疑問だ」など的外れの指摘が非常に多い。

 一例が2013年9月23日付『毎日新聞』の「風知草」における山田孝男記者による「空爆回避でも地獄」とする次のコラムである。

 空爆回避は朗報に違いないが、シリア問題の解決は意味してはいない。

 内戦は続く。攻めるも地獄、退くも地獄。アサド政権は内戦を口実に、国連主導の「化学兵器廃棄」をサボる可能性が高い。

 アメリカは世界の警察官役を降りるつもりではないか。世界はますます不安定化するだろう──。

 これは山田記者が池内恵東大先端科学技術研究センター准教授の元を訪れ、シリア危機に関する見解を紹介する記事である。囲繞はその要約部分である。池内准教授は中東研究の専門家で、いかに注目される優れた学者であるかも記されている。

 しかし、この意見はスーザン・ライス大統領補佐官を始めとする米国の人道的介入派のそれをなぞったものである。池内准教授は、シリア内戦による人道的災害のうち10万人超の死者数を挙げた上で、ルワンダ虐殺と類比している。国連の介入が縮小したため、虐殺が拡大した二の舞になるというわけだ。ライス補佐官がビル・クリントン政権に参加していた時の当時の米国ならびに国連の姿勢に不満を持っていたことはよく知られている。

 けれども、ルワンド虐殺とシリア内戦はコンテクストが違う。両者を類比する見方は乱暴だ。

 ルワンダは紛争解決を考えるための事例として非常によく研究されている。ルワンダは紛争や虐殺、難民の悪循環の典型例として認識されている。90年にルワンダに侵攻し、94年の大虐殺の後に政権を奪ったルワンダ愛国戦線の中枢は、独立後の虐殺を避けてウガンダに逃れた難民の第二世代によって組織されている、94年の混乱後には前政権に近い人々が旧ザイールやタンザニアに難民となって脱出している。96年、その旧ザイール東部が大量の難民の流入によって不安定化し、紛争が勃発している。

 しかも、池内准教授はシリアの事情にも触れていない。シリアは中東で最も複雑な国である。宗教や宗派、民族など入り組んでいる。また、都市と農村の格差もある。

 シリアでサリンが使われたことは事実だが、誰が何のためにそうしたのかは不明のままだ。反体制側による外患の目的も否定できない。しかも、介入をめぐる議論の中で、人道的災害を双方が行っていたことも明らかになっている。化学兵器だけが問題なのではない。政府側にのみ非があるとして懲らしめや見せしめのために軍事行動をする根拠も乏しい。空爆回避どころか、化学兵器の廃棄もシリア内戦の終結を必ずしも意味しない。このような見解を述べるよりも、停戦に向けた道筋を語る方がはるかに建設的だろう。

 軍事に精通しているジョン・マケイン上院議員は本格介入を主張しているが、人道的介入より適切である。歴史を顧みて、人道的介入の最大の成功例はベトナム軍によるクメール・ルージュ体制打倒である。キリング・フィールドの犠牲者数は200万人を下らないと見られている。ベトナム軍は1979年のプノンペン制圧から89年の撤退までカンボジアに駐留している。政権が主導して人道的災害を続けているとしたら、統治構造の再編も必要であるから、本格介入しかあり得ない。

 池内准教授のような専門家らしからぬ短絡的で一面的な意見を参考にするよりも、ジャーナリストは洞察力を磨くべきだろう。今回のシリア危機の注目点は二つある。オバマ大統領の議会への決定委託とロシアによる化学兵器廃棄提案である。

 オバマ大統領はネオコンの外交姿勢を批判して政権の座に就いている。軍事介入には慎重であるが、紛争解決は今日の国際社会にとって共通の関心事であり、シリア内戦が激化すれば、見て見ぬ振りもできない。そこで、化学兵器の使用を一線として条件づける。

 ところが、この表明後に化学兵器が使われる。政権内の人道介入派は大統領に約束の履行を迫る。しかし、軍は介入に消極的、世論も反対論が強い。軍事行動の規模は大きくないと効果が薄いが、予算の強制カット中で軍はそれに持ちこたえられない。今年度も予算案をめぐって与野党対立が予想される中で、財政を悪化させることは避けたい。また、国連を筆頭に、国際社会も乗り気ではない。しかも、反政府勢力の中核にアルカイダを始めとする過激派が入りこみ、介入はより反米的な勢力を増長させかねない。

 ここでオバマ大統領は議会に干渉の是非を委ねる。これは起死回生の手で、彼が優秀な政治家であることを物語る。大統領の権限は戦争の度に議会から移譲されて強化されている。議会に軍事行動の決定を図ることは立憲主義の原則に適っている。自分は精一杯したが、合衆国は独裁ではなく、民主主義国家であるから、議会の判断に従うと言えば、面目が立つ。政治的ダメージは多少あるが、介入した場合に比べればはるかに小さい。

 もう一つの注目点がロシア提案である。この発表以降、事態が急速に進展している。

 ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、9月9日、シリアの化学兵器を国際的管理下に置くことを提案したと記者会見で明らかにする。シリアのワリード・ムアレム外相もこれを歓迎している。10日、オバマ大統領は、このロシア提案を見守る間、軍事行動を見合わせるとテレビ演説する。14日、米ロがシリアの化学兵器廃棄で合意、17日、シリアのバシャ―ル・アサド大統領は、FOXテレビのインタビューに応じ、それを受け入れ、1年程度で完了すると発言している。このように提案以降の流れが非常に速い。

 化学兵器の廃棄はロシアの提案であるが、シリアのムアレム外相がすぐに受諾を表明している。シリアは権威主義体制であり、ダマスカスの意向を待たずに彼が判断をするはずもない。しかも、アサド大統領は廃棄プロセスの完了目処を来年半ばにしており、そうした前例と比べて著しく速い。こう考えると、ダマスカスがモスクワに提案を依頼した可能性さえある。

 ロシアに提案を依頼したかどうかはともかく、化学兵器がシリアに重荷になっていたことは確かだ。シリアはイスラエルに対する抑止を目的に化学兵器を保有している。かの軍事強国への戦略兵器であって、内戦にも使う戦術兵器ではない。

 内戦であるから、政府軍は製造工場や貯蔵庫を奪われないように反体制派から守らなければならない。それには、兵力と軍装備を割く必要がある。しかも、すでに一部が流出してしまったとすれば、従来よりも厳重な管理が不可欠だ。これは戦闘継続には大きな負担だ。

 イスラエルは仮想敵であるが、シリアとの関係は最悪というわけではない。イスラエルにとっても、イランとよりも関係が安定している現政権が崩壊して敵対勢力が権力を握る方が危険だ。シリアとイスラエルは、最低限、現状維持を望んでいる。化学兵器使用のシナリオはそこにはない。

 政権側は、できれば、関連施設の警護に使っている兵員や装備を掃討作戦に回したい。こうした思惑上、シリアにとって化学兵器は理由があれば放棄したい無用の長物である。

 もちろん、要らない物でも高く売りたい。「持ってけ、泥棒!」と叫ばず、「もうちょい勉強してくれないか」と粘る。しかし、売らないわけではない。それではロシアの顔を潰すことになる。シリアは、従って、廃棄を確実に履行するだろう。

 このような環境の下で行われるなら、合意は迅速に決まる。軍事介入を見合わせたアメリカとすれば、もはや交渉は文言の問題になる。文言ではロシアから譲歩を引き出せる。

 交渉ではあるプレーヤーが勝ちすぎてもうまくいかない。そうなると、その後の責任をすべて背負うことになってしまうからだ。ある程度負けて他のプレーヤーにも責任を分担してもらいたいと考えるものだ。

 一連の流れに反体制勢力は反発している。米ロ合意は現政権による統治を前提にしているからだ。しかし、反政府勢力に勝てる見込みはない。彼らはまとまりきれず、外患頼りも強く、アルカイダを始めとする過激派の流入を許している。暴力主義者は働き場を求めて移動するのであって、ポスト・イラク戦争を求めていた彼らにとってシリアは格好の場である。過激派が多くいれば、政府軍は「テロとの戦い」と大義名分に掲げられるし、諸外国も反体制派を支援しにくい。

 そもそも、反体制勢力が内戦を勝ったとしても、統治が混乱することは目に見えている。シリアはよく組織されたバース党が官僚機構・軍とほぼ一体化して統治している。反体制派にはその経験が乏しく、現代の国家を運営することは難しい。彼らには、政権打倒以上のヴィジョンを持っていないように、国を統治するのに必要な知識も技術も不足している。

 今後はこの内戦を教訓にするほかない。戦争は破壊と殺戮をもたらし、相互不信を増すだけだ。子どもたちから教育や職業訓練の機会を奪い、暴力の連鎖も生み出してしまう。体制側も反体制側も自由民主主義へのコミットメントを高め、相互信頼を構築していくことがよりよい社会の建設に不可欠だと認識するしかない。従来からシリアの主要課題のひとつは政治産官の拡大である。この実現を共通の理解として内戦を終結させる。

 それに向けて国際社会も関与を強める必要がある。今回の安保理決議はこのプロセスの中に位置づけるべきである。日本の報道もうまくいくかどうかではなく、うまくいくように見守る必要がある。「攻めるも地獄、退くも地獄。」という耳年増のシニシズムはエゴイズムの正当化でしかない。
〈了〉