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復興庁リスコミパッケージと

東京新聞「特報部」の問題


鷹取敦

掲載月日:2014年3月6日
 独立系メディア E−wave
無断転載禁


■復興庁のリスコミ施策パッケージの問題

 2014年2月18日、復興庁は「帰還に向けた放射線リスクコミュニケーションに関する施策パッケージ」を公表した。

・復興庁・帰還に向けた放射線リスクコミュニケーションに関する施策パッケージ[平成26年2月18日]
http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat1/sub-cat1-1/
20140217175933.html


 今後順次地域毎に見込まれている避難解除に向けて、不安を抱えた住民に対するリスクコミュニケーション等の施策をまとめたものである。

 帰還したい住民が帰還し生活を回復するための環境を整えることは、3年にもわたる長期避難による困難な生活を強いられている住民に示す選択肢の1つとして重要なことであり、一刻を争う課題である。しかし一方で、放射線リスクや、地域の将来、仕事や人間関係などさまざまな理由で帰還を望まない住民、地域の将来が見えず決めかねている住民も少なからずいる。

 そのような方達が、自らの将来の生活の場を自己決定できるように選択肢を示すことが、国の役割であるはずだが、国の「施策パッケージ」は帰還のみについて示し、「リスコミ」(リスクコミュニケーション)にのみ力を入れているという点できわめて偏った不適切な施策パッケージであると言える。

 この施策パッケージの前段として、2013年9月から11月の間に4回に渡り原子力規制委員会の下、「帰還に向けた安全・安心対策に関する検討チーム」の会合が開かれた。この会議はYoutubeで生中継され録画が公開されており、筆者もそのうち何回かの録画を傍聴した。

 この会合では、すでに上記のような問題点が、外部有識者として参加した森口祐一委員や丹羽太貫委員等から繰り返し指摘されてきたのである。それにも関わらず、それらの意見がまともに施策パッケージには反映されていない。そもそも「安全・安心対策」というチーム名から不適切であるとこれらの委員から指摘されていたが、施策パッケージはこの点にのみ重点を置いているようにみえる。会議の録画をみたところ、座長である中村佳代子原子力規制委員が、本質的な問題を理解していないように見えた。

■東京新聞「こちら特報部」

 ところで、本日(2014年3月6日)東京新聞の「こちら特報部」に「疑問だらけ『放射線リスコミ』・『安全神話』のスリコミ」と題する記事が掲載された。

 細かい点で気になる部分はあるが、全体としての、帰還のみを想定としたパッケージであり住民に複数の選択肢とそれぞれについての支援を示していない点、リスコミ偏重である点についての批判は、上記にも書いたように妥当なものである。

 しかしこの記事の中には重大な誤りがある。それは、チェルノブイリ原発事故後に、ベラルーシで行われたエートス計画と、ジャック・ロシャール氏について批判した部分である。以下、記事より該当部分を頻用する。

 東京新聞2014年3月6日朝刊「こちら特報部」より引用

 帰還推奨には、チェルノブイリ事故後にベラルーシで始まった「エートス・プロジェクト」の考え方が影響を与えている。汚染地域の住民自身が身近な放射線を計測して、被ばくを減らそうという試みだった。

 主導者はフランス人経済学者のジャック・ロシャール氏。仏の電力公社や原子力庁、原子力企業アレバ社などが関係する「放射線防護評価センター」所長で、国際放射線防護委員会(ICRP)の副委員長も務める。ICRPの有志が福島県内で開いた住民との対話集会で司会をするなど、福島との関わりも深い。

 フランス人社会学者のセシル・アサヌマ=ブリスさんは「エートスは『汚染地域から移住しない』ことを前提にしている。健康被害が出ることを分かっていても、利益がリスクを上回ればいいという考え方が基本だ」と説明する。

■エートス・プロジェクトとジャック・ロシャール氏とは

 まず、エートス・プロジェクトは記事に書かれたような帰還を推奨する目的で行われたものではない。チェルノブイリ事故の10年後にチェルノブイリ原発から200kmの距離にあるオルマニー(ベラルーシ共和国)という村に住み続けていた人達の被ばくを減らし、生活を改善するためにECによって派遣されたのが、ジャック・ロシャール氏等の専門家である。

 よく知られているように、チェルノブイリ事故後は、汚染レベルによって定められたゾーニングによって避難する権利が定められた地域があり、住み続けることを推奨されたり強要された地域はない。(避難を強制された地域はある。)避難を選択した人々には支援が与えられたが、中にはもとの地域に戻って暮らしている人々もいる。

 1996年から実施されたエートス計画が対象としたのは、10年にわたり既に住み続けていた住民の内部被ばくの問題(日本と異なり食品の汚染による内部被曝が大きかった)、そして、事故後の汚染を原因とする地域社会の混乱や不安やストレスが高まっている問題である。地域に現に居住している人の被ばくを減らし、生活を改善することを目的として住民が自らの生活を取り戻すために実践された。

 当時、まだICRPとは無関係だったジャック・ロシャール氏らは、自ら現地に赴き、現地の住民の人達の被曝の低減、生活の回復を支援した。この時の経験は、ロシャール氏等によりレポートにまとめられ、後にICRPの委員となったロシャール氏が関わってICRP Publication 111 として勧告(生活する環境の中に放射能が存在する状況に関する勧告)としてとりまとめられた。

 エートス計画、ICRP Pub.111に貫かれているのは、住み続けるか、避難するかどうかを含めて、住民の生活のことは、あくまでも住民自身が決めることであり、安全・安心についての判断も国や他者が押しつけるべきものではない、ということである。これはエートス計画の実践から学んだ教訓に基づいたもの現実的なものなのである。

 そのため、ICRP Pub.111には、放射線防護という一見、物理的な分野に関する勧告であるにもかかわらず、意思決定の透明性、意思決定過程への住民(利害関係者)の関与、決定過程の正確な記録、などという民主主義に関わることが、重要なこととして記述されているのである。また、被曝を集団として見るのではなく(たとえば平均がこれくらいなので問題ない、というような見方をするのではなく)、個々人の被曝を把握し、被曝の大きい人を優先して下げようという考え
(参照レベルという考え方)がもう1つの重要な柱となっている。多数の利益よりも、少数に負担を押しつけないことを大切な原則としているのである。

 ロシャール氏が繰り返し述べているのは、被災地の住民を集団としてみるのではなく個々人と向き合うこと、自己決定を実現すること、そのためには自助、共助が重要だということである。そのためのツールとして、実際に食べものやWBC(ホールボディカウンタ)で内部被曝をはかり、サーベイメータや個人線量計で外部被曝を測り、自らの被曝を知り、それを低下させることが位置づけられている。国や自治体は主役ではなくそれを支援する責任がある立場ということになる。

 もちろん、これらのことは、被害者の生活の回復が目的なのであって、国や電力事業者の責任が少しでも免ぜられるわけではない。

 ベラルーシで行われたエートス計画やジャック・ロシャール氏について検索すると、心ないデマが多いことが分かるが、一方で、これらの教訓について、早くから日本語に訳し、福島でその考え方を実践してきた人達を見つけることもできる。

■東京新聞の記事の問題点

 このことから、東京新聞の特報部の記事は、エートス計画やジャック・ロシャール氏について現実と正反対の評価をしていることが分かる。日本政府が行っている、安全・安心の押しつけについて問題提起する時にこそ、エートス計画やICRPPub.111に学ぶべき、とするのが正当な評価である。

 原発事故の影響、被害は放射線の直接のリスクの増加だけでなく、関連する様々な影響による、地域社会、個人や家族の生活や人間関係、そして健康や命に関わる影響があり、これらをトータルとして減らすこと、そのためには当事者が最大限尊重されるべき、という考えを示しているものだからである。

 ICRP(ロシャール氏は副議長)やCEPN(ロシャール氏が所長)は原発推進側であるという先入観を持ち、事実を是々非々で評価することなく記事を書くことは、原発は事故を起こさないという安全神話の鏡像に過ぎないのではないだろうか。

 東京新聞は2014年1月1日の新年企画「新日本原発ゼロ紀行(1)福島編」でも、今回の特報部の記者の1人と同じ記者により、エートスに関する誤った評価を紹介している。

 反原発の立場に立つメディアが、先入観により曇った目で記事を書くことにより、結果として被害者を傷つけてしまっているようでは、脱原発は遠のくばかりではないだろうか。