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第1~5回 アマルフィ海岸自治体の持続可能性基礎調査 2003~2020
A Survey on Sustainability of Costiera Amalfitana Comune


ゲッティのヴィラ 1 J. Paul Getty Villa 1

青山貞一 Teiichi Aoyama 池田こみち Komichi Ikeda

2020年11月30日 独立系メディア E-wave Tokyo
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ゲッティのヴィラ1   ゲッティのヴィラ2 
ゲッティのヴィラ3  ゲッティのヴィラ4

 本稿の解説文は、現地調査に基づく解説、写真撮影に加え、Wikipediaのイタリア語版を中心に英語版からの翻訳及び日本語版を使用しています。また写真は現地撮影分以外にWikimedlia Commons、さらに地図はグーグルマップ、グーグルストリートビューを使用しています。その他の引用に際しては、その都度引用名をつけています。 

 南イタリア・ヘラクラネウムにある「パピルスのヴィラ」の複製としてつくられたポール・ゲッティのヴィラは、以下のグーグルマップのように米国カリフォルニア州ロサンゼルスの西にあります。またポール・ゲッティの美術館もその近くにあります。


Source:Google Map


ゲッティのヴィラ(J. Paul Getty Villa)

 1970年、石油億万長者のJ.ポール・ゲッティは、ラングドンとウィルソンの二つの建築事務所と契約して、南イタリア・ヘラクラネウムの
「パピルスのヴィラ」(Villa dei Papiriの複製をつくり、彼の遺物のコレクションが展示される博物館として活用している。

 
 以下が、南イタリア・ヘラクラネウムの「パピルスのヴィラ」の往時の再建イメージです。


ピソニ家に属していたエルクラネウムのヴィラデイパピリの再建
Source:https://archeologiavocidalpassato.com/tag/camillo-paderni/


 Le Antichitàdi Ercolano(エルコラーノの遺物)で発表されたウェーバーの計画に基づいて、博物館は1972年から74年に米国カリフォルニア州ロサンゼルス近くのゲッティのマリブ牧場に建てられました。これを
「ゲッティのヴィラ」(J. Paul Getty Villa)と言います。

 建築コンサルタントのノーマン・ノイアーバーグ(Norman Neuerburg)とゲッティの遺物の学芸員であるジジー・フレル(Jiří Frel)は、ゲッティや建築家と緊密に協力して、美術館の建物の設計の正確さを確保しました。

 「パピルスのヴィラ」(Villa dei Papiriがまだすべて発掘されていないため、ノイアーバーグは、ヴィラの建築と造園の詳細の多くをポンペイ、ヘルクラネウム、スタビアエの町にある他の古代ローマの家々の要素を基にしました。たとえば、美術館の庭のペリスタイルにあるモザイクの噴水は、ポンペイの大きな噴水の家のニンファエウムにあるものを複製しています。

 1997年、ゲッティ美術館はゲッティセンターに移転しました。マリブの別荘は2006年に改装され、再開されました。再び創設されたゲッティの別荘は、現在呼ばれているように、博物館の古代遺物の展示に捧げられた別館として、また古代芸術の研究の中心地として機能しています。


J.ポール・ゲッティヴィラ(J. Paul Getty Villa)ギャラリー


ロサンゼルスのゲッティ・ヴィラのローマ庭園の外側のペリスタイルガーデン。
Source:Wikimedia Common
By I, Sailko, CC BY-SA 3.0, Link



ゲッティ・ヴィラ(米国カリフォルニア州ロサンゼルス)のローマ庭園の
ペリスタイル庭園の噴水と彫刻。これはイタリア・ヘラクラネウムで発見
されたVilla dei Papiriの複製です。米国の石油王が巨額をかけたレプリカ。
Source:Wikimedia Commons
CC BY 3.0, Link



円形のベンチのある外側のペリスタイルガーデン—ロサンゼルスのゲッティヴィラローマ庭園の。
Source:Wikimedia Common
By I, Sailko, CC BY-SA 3.0, Link



ゲッティヴィラの建物(米国カリフォルニア州ロサンゼルス)
Source:Wikimedia Commons
CC BY-SA 3.0, Link



ゲッティヴィラ(ロサンゼルス)。ファサード。
Source:Wikimedia Commons
CC BY-SA 3.0, Link


ゲッティのヴィラ2につづく