エントランスへはここをクリック   

第3回 アマルフィ海岸自治体の持続可能性基礎調査 2013-6
A Survey on Sustainability of Costiera Amalfitana Comune

初夏のアマルフィ海岸を行く
 6日目

ミノーリの聖トロフィメナ大聖堂

    青山貞一・池田こみち  2013年6月14日
 
独立系メディア E-wave Tokyo  無断転載禁


 2013年アマルフィ海岸現地視察調査報告<125本 全体メニュー>

    
アマルフィの位置    ミノーリの紋章  イタリア国旗

ミノーリの聖トロフィメナ大聖堂

  この日、私達はラヴェッロを散策した後、お隣のミノーリの教会や遺跡を視察することにしました。

  最初にミノーリの大聖堂を視察した後、ミノーリにある有名な遺跡、ヴィッラ・ロマーナを視察することにしました。さらに、ヴィッラ・ロマーナ視察後、お隣のコムーネ、マイオーリ経由で、内陸のトラモンティに向かいます。トラモンティには前回の2011年3月に視察していますが、その際、青山の体調が絶不調ということもあり、13ある集落の1/3も回れませんでした。

 予定では、トラモンティ視察後、再度、ミノーリに戻り、ミノーリとラヴェッロの間にある史蹟を視察します。初夏で日が長いので、十分全行程を回れるはずです。

 下はミノーリの中心部の地図です。下の地図で2.がミノーリの大聖堂、そして3.がヴィッラ・ロマーナの遺跡(博物館)です。


ミノーリの主要部
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2013-6-6

 下はミノーリの地図ですが、地図の海側にオレンジ色でSanta Trofimena ...とあるのが、ミノーリの大聖堂(Basilica Santa Trofimena )です。

 ミノーリの中心市街地には、そのほか聖ルシア教会(Santa Lucia、Chiesa Santa Lucia)、聖守護天使教会(Santa Angell Custodi)、ロザリオ教会(Chiesa del Rosario)、聖クロシフィッソ教会(Chiese del Crosifsso)、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会、Forcellaの聖ニコラス修道院など多数の教会があります。


ミノーリの中心市街地    撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2013-6-6

 下は、聖ルシア教会(Santa Lucia、Chiesa Santa Lucia)への案内です。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2013-6-6

 海側から少しミノーリの中心市街地に入ったところに通称、ミノーリ大聖堂と呼ばれるミノーリの聖トロフィメナ大聖堂(Basilica Santa Trofimena )があります。下の写真の正面に写っているのが大聖堂です。

 このミノーリの聖トロフィメナ大聖堂で、近年、日本人カップルの結婚式が行われることがあるそうです。また日本の旅行代理店がミノーリの聖トロフィメナ大聖堂で結婚式を!という広告をホームページなどに出しています。


ミノーリの市街地の風景
撮影:青山貞一、Nikon Cool Pix S8  2011.3

 ミノーリの聖トロフィメナ大聖堂は、もとはロマネスク様式にて700年代に建設されました。

 伝説によると、以前には英国国教会(聖公会、エピスコパル)派だった聖トロフィメナの家や遺物、そして、キリスト教の殉教者であるシシリア島のパティの骨が、アマルフィ沿岸のこの小さい町の浜辺で発見され、大聖堂の地下室に安置されるまでは、それ以前に臨時に建てられていた寺院に預けられていました。


ミミノーリの聖トロフィメナ大聖堂(Basilica Santa Trofimena )
撮影:青山貞一、Nikon Cool Pix S8  2013.6

 大聖堂の内部は四角形となっており、3つの身廊を持つ新古典派のスタイルで造られていました。特に、メインエントランスの上部に設置されていたミノーリのパトロン、あるいは聖アンドルー、聖マテウそして聖トロフィメナなどが影絵のように輪郭だけ描かれた部分は価値があります。


ミノーリの聖トロフィメナ大聖堂(Basilica Santa Trofimena )
撮影:青山貞一、Nikon Cool Pix S8  2013.6


ミノーリの聖トロフィメナ大聖堂(Basilica Santa Trofimena )
撮影:青山貞一、Nikon Cool Pix S8  2013.6


ミノーリの聖トロフィメナ大聖堂の内部
撮影:青山貞一、Nikon Cool Pix S8  2013.6


ミノーリの聖トロフィメナ大聖堂の内部
撮影:青山貞一、Nikon Cool Pix S8  2013.6

 右側のオルガンの後部には、ミノーリの大司教であるトーマス・ブランドリニが1600年につくらせた大理石の説教台を見ることができます。


ミノーリの聖トロフィメナ大聖堂の内部
撮影:青山貞一、Nikon Cool Pix S8  2013.6

 聖トロフィメーナの像が置かれた大理石の中央の祭壇は荘厳であり、50年間かけて古い木製のものを取り替えて設置しました。祭壇の下にはガラスで守られた大理石の壺があり、そこには、聖人の遺物が納められています。


ミノーリの聖トロフィメナ大聖堂
撮影:青山貞一、Nikon Cool Pix S8  2013.6

◆聖人伝

 トロフィメーナ(Trofimena)の聖人伝の歴史は、不幸にもゆがめられたものであった。鍵となる伝説では、彼女はシチリア島のパティに住むまだ12か13歳の若い女の子だったころ洗礼を受けてキリスト教になると望んだため、彼女の実の父親に迫害されていたというものである。


トロフィメーナ(Trofimena) 撮影:青山貞一、Nikon Cool Pix S8  2013.6

 彼女のキリストや差し迫った迫害への神聖化を伝えた天使が現れ、すでに彼女の家族により進められていた結婚計画に対してアドバイスをしたという物語がある。

 死後、トロフィメーナの死体は壺に隠され、海に投げ込まれ、南イタリアのサレルノ海岸に流され、ミノーリの町にたどり着いた。

 壺はミノーリの人々によって発見され、829年、アマルフィのピーター大司教の存在により、二頭の白い牛によって運ばれ、牛が泊まったその場所に教会を建てて遺体を祀った。

 牛は立ち止まった場所から動きたがらなかったため、人々はその牛を場所を選ぶための聖なる印であると解釈した。

 少なくとも現代の一人の学者が、ナポリの海岸から近い小さな島で姉妹で暮らしていた妖婦(海の精)パルテノーペの神話とよく似ていると指摘している。

 彼女が音楽でユリシーズに負けたときに、パルテノーペが死に、その身体は海に流されて潮で海岸に流れ着き、人々が目を閉じて白い顔をした女神を発見し、生け贄を伴って海に向かってたいまつによる行列を行い、すばらしい墓に彼女の死体を運んだという逸話がある。

 出典:wikipedia.org/wiki/Trofimena


ミノーリの聖トロフィメナ大聖堂
撮影:青山貞一、Nikon Cool Pix S8  2013.6


ミノーリの聖トロフィメナ大聖堂
撮影:青山貞一、Nikon Cool Pix S8  2013.6

 なお、ミノーリには以下のような教会、修道院などの宗教団体や施設があります。

・サクラメントの宗教団体(慈善団体)
 16世紀のSS.サクラメントの宗教団体(慈善団体)は、近年、ジャコモ・パラディーノの作による美しい陶器のパネルのエントランスでその美しさが一段と際立ちました。そのアーチは中世に造られたものです。

・12世紀のカンパニーレ告知
 12世紀のカンパニーレ告知(の装飾)は、アラブ系−ノルマン建築様式の貴重な例のひとつです。

・パラダイスタワー
 パラダイスタワーと呼ばれている古代の高貴な住宅の壁の近くにある、中世の聖ヨハネ、ピエッツロ(聖ジョバンニは海へ)教会は特筆に値します。

・聖ルチア教会
 聖ルチア教会(13世紀・貴重な木製の説教台?をもつ初期のキリスト教会)はミノーリの中心にあります。

・聖ジェナッロと教会の聖マリア・デラ・グラツィエ教会
 聖ジェナッロ教会とフィラメーナの聖マリア・デラ・グラツィエ教会は、ミノーリ第二教区の中心であり、古代聖ロザリオの宗教団体(慈善団体)の拠点となっていました。

・アルカンジェル・ミカエルに捧げられた教会
 アルカンジェル・ミカエルに捧げられた教会で、loc.タワーにあります。ここは、ミノーリ第三教区の拠点となっています。

・フォルチェッラの聖ニコラス修道院
 フォルチェッラの聖ニコラス修道院は中世の修道院です。

 私たちは上記のうちラヴェッロ近くにある聖ジェナッロと教会の聖マリア・デラ・グラツィエ教会に、トラモンティから帰ってから行くことにしました。これらの古い教会は、ミノーリからラヴェッロに上る階段の途中にあります。


つづく