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刑事事件リスク講演会報告@ 神奈川県警+横浜地検共作 による準冤罪事件を事例に 青山貞一 武蔵工業大学全学リスク管理委員長 掲載日:2007年1月4日 転載禁(リンクはOK) |
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ここでは、私の身の回りで実際に起きた冤罪に準ずる刑事事件を事例に、日本の警察及び検察による捜査の実態を具体的に検証してみたい。 ■はじめに 鹿児島県、富山県はじめ全国各地で警察と検察による杜撰な逮捕と見込み捜査、さらに誤認起訴によって、本来、推定無罪はおろか完全に無罪である市民が刑事事件に巻き込まれ、長期にわたり警察に留置され、挙げ句の果てにさらに公判で有罪となるといった人権侵害の冤罪事件が増えている。 私見では、これがおよそ先進国の警察、検察かと思える事件が多発化している。 それらの事件に共通しているのは、さしたる物的証拠(物証)がないまま、見込みで逮捕し、強引な供述の強要とその調書化がある。また予断や偏見で事件を誘導している実態もある。司法当局が勝手に想い描いたシナリオで無理矢理に捜査、起訴そして裁判が進行している。 冤罪事件ないし冤罪モドキ事件が後を絶たない背景には、物的証拠がないまま逮捕、留置し、無謬性と反省がない司法当局のメンツのために市民の人権が侵害され恫喝を含め世に言うハラスメントによって容疑者が供述を強要され、調書に署名されられる実態がある。 周知のように、今の日本では刑事事件で起訴されひとたび公判にかけられると、1000分の1から数1000分の確率でしか完全無罪は勝ち取れない現実がある。 その意味で、いち早く日本でも警察や検察の取り調べ、捜査段階での「可視化」が不可欠である。今までのようなブラックボックスな捜査が常態化している限り、いくら裁判員制度を導入しても現実、実態はかわらない、というのが私の実感である。 あらゆる意味で情報公開後進国の日本だが、とくに司法分野でこの遅れはどうしようないほど遅れている。もし、捜査段階での欧米のような「可視化」が実現すれば、間違いなく大幅に冤罪あるいは冤罪モドキの事件は激減するだろう。 これが冤罪を防ぐ一番確実で信頼性が高い方法であると私は確信している。 ■刑事リスクを回避するための研修会を開催 2007年12月18日、横浜市都筑区にある武蔵工大環境情報学部、通称横浜キャンパスの3号館2階の階段教室(32A)にて、武蔵工業大学全学リスク管理委員会主催の「刑事事件リスクに関連の講演会(研修会)」が開催された。 当日は、教職員、学生、大学院生を中心に約150名が参集し、熱心に研修に聞き入り、質疑も活発に行われた。 研修会の目的は、後述する事件を2度起こさないため、おぞましく痛ましい冤罪に近い事件を繰り返さないため、大学、教職員、学生・院生はどうすればよいかについて考え行動するきっかけを得ることにある。 以下に当日のプログラムを示す。 まず、中国からの留学生、韓君が巻き込まれた事件を担当し、わずか数ヶ月のうちに、数1000分の1の確率で完全勝訴を勝ち取った小山弁護士(川崎市川崎区)の講演を約1時間お伺いした。 次に、実際の被害者で人権侵害を受けた中国吉林省からの留学生、韓鋭君の体験談を15分ほど伺い、その後、私が司会を行い質疑応答を行った。韓君は逮捕された後、4ヶ月近く神奈川県警に留置され、執拗な供述強要などの人権侵害を受けた。 <当日のプログラム概要> @小山弁護士(川崎法律事務所長) A体験談:韓鋭君(本学大学院2年院生) Bコメント:中原教授 C小山弁護士、韓君とフロアの間での質疑応答 総合司会 :青山貞一 全学リスク管理委員長 武蔵工大全学リスク管理研修会で講演する小山弁護士 武蔵工大全学リスク管理研修会で体験談を話す 中国吉林省からの留学生韓鋭君 講演と体験談に熱心に聞き入る教職員、学生・大学院 ■本事件の概要 今回、私たちが全学リスク管理研修会を開催した直接的目的は、2006年9月に横浜市内で起きた交通事故、すなわち中国吉林省から武蔵工大大学院に留学している韓鋭君が午後9時過ぎ、中国料理をバイクで配達するアルバイト中に、一旦停止を無視し交差点に突っ込んできたバイクに乗った数名の高校生らと衝突した事故に端を発している。 本来、韓君は交通事故の被害者であり、接触事故により傷害を負い、救急車が到着するのを現場の片隅で待っていた。他方、一旦停止を無視し交差点に突入してきた高校生らが加害者であり、韓君に衝突した高校生は免許不携帯であった。にもかかわらず、韓君は、その後、逮捕され、都合4ヶ月にわたり神奈川県警に留置され、不当な尋問、供述強要などの人権侵害を受け続ける。 中国吉林省からのからの留学生、韓鋭君に対する容疑は次のようなものである。バイク衝突後、韓君が無免許でバイクを運転していた高校生に免許を携帯していた別の高校生にバイク運転の身代わりさせ(犯人隠避)、それにより自賠責保険金をだまし取るそそのかした(教唆)というものであった。事実、県警が当初発表した刑事事件の容疑は「犯人隠避及び教唆」であり、それを真に受けた神奈川新聞は一方的に県警発表をベタではあるが、慈雨名で報道したのである。
韓君は当初から上記容疑を全面否認していた。 だが、神奈川県警はその後、2007年1月中旬になって本来被害者である韓鋭君を突然逮捕、拘置期限ぎりぎりのまで神奈川県警の留置所に拘留するなかで、無理矢理に犯人隠避、保険金だまし取りの教唆という容疑の供述を強引に迫る。 1月に突然逮捕されたのは、韓君だけでない。韓君のアルバイト先で勤務していた中華料理店から店長の指示で支援に行った別のアルバイト店員2名も逮捕された。彼らは韓君から店長への携帯電話連絡で現場に駆けつけた。 韓君らが逮捕されたのは、警察が交通事故の加害者である高校生らの供述を裏付けがないまま信用し、それで描いた事件のシナリオ(筋書き)にそって、韓君及び2名のアルバイト店員から強引に供述を引き出そうとしたからである。 本来、あらゆる意味で加害者である高校生ら未成年の言い分を警察が物的証拠もないまま取り入れた。さらに驚くべきはその警察情報を真に受け、横浜地方検察庁が韓君を起訴したことである。不当逮捕から23日目のことである。 韓君は、体験談の中で、容疑とされたことを何もしていないから最後の最後まで何もしていないと言い張ったら、23日目に起訴されたと言っている。当局は、認めれば略式命令請求、いわゆる略式起訴で科料で外に出すと何度も言ったという。 4月からはじまった刑事事件裁判には、改正刑事事件訴訟法による公判前整理手続きが援用された。 警察及び検察による韓君、2名の知人、高校生らに対する警察、検察の各種取り調べ調書が弁護団に提供された。 だが、小山弁護士の講演での話しでは、当初、警察、検察側から提供された調書のなかには警察、検察側にとり明らかに不利となると思われる調書などが含まれていなかったという。これはきわめて重要な点である。 本刑事事件の公判は横浜地裁が所管し、大島裁判長のもと、約3ヶ月間に都合7回の公判が開催された。 地方裁判所における公判期間が約3ヶ月というのは、非常に短期間だったが、その間、多くの証人の主尋問、反対尋問、判事による尋問が行なわれた。 高校生ら、韓君知人、中華料理店長、韓君本人らが原則毎回2名づつ証言台にたった。韓君の知人2名からは神奈川県警が捜査段階で執拗に供述を強要したことつき赤裸々な証言(暴露)があった。彼らは勇気を持って実態を裁判所で証言したのである。その中には、アルバイトの学生に、供述しないと既に内定している就職にフリになるといったまさに恫喝的なハラスメントもあったという。 本事件でも、昨今の冤罪事件同様、見込み捜査と見込み起訴など、司法当局が描いた非現実的なシナリオをもとに、不当逮捕した者から無理矢理に供述をとろうとした実態が明らかになった。これひとつみてもいかに杜撰な捜査、起訴であるかが分かる。 さらに私が全公判を傍聴していて驚いたのは、横浜地検検察官の冒頭陳述、起訴状朗読そして論告求刑などで、「中国人」に対する偏見に満ちた発言が多かったことである。おそらくこの偏見が本事件における見込み捜査、誤認逮捕・起訴の根底にあると思える。 筆者は全学リスク管理委員長として全公判に出席し、他の教員や職員、ある公判で題せいや大学院生も多数傍聴した。もちろん、韓君の母親、友人も参加した。 これらは韓君、弁護士を勇気づけるだけでなく、検察側、裁判長にも積極的な効果をもたらしたことが弁護士の講演や韓君の体験談から分かった。 幸い、本事件に当たった大島裁判長は敏速かつ公正な訴訟の進行、指揮をとり4月に始まった裁判は7月に結審、同月内に無罪の判決が言い渡された。韓君の勝訴である。 当然のこととして、横浜地裁が控訴するかどうかが大いに注目された。 通常、この種の刑事事件では99%検察は控訴するからである。しかし、本件で横浜地方検察庁は東京高裁に控訴せず、韓君の完全無罪が確定した。 以下は読売新聞と共同通信の記事である。
以下は横浜地方検察庁が控訴断念を伝える神奈川新聞の記事である。 先に述べたように、韓鋭君が自宅で2007年1月逮捕されたとき、地元の神奈川新聞は韓鋭君を公表する中で、神奈川県警発表の「犯人隠避及び教唆」で逮捕と記事にした。韓君は体験談のなかで、この記事を知って非常にショックを受けたと述べていた。 冤罪になりかかった事件(裁判は横浜地裁)に、本来、地元マスメディアはもっと注目し、取材すべきであった。しかし、読売新聞横浜支局の記者が毎回傍聴した以外は、ほとんど大手新聞、地元新聞、通信社の記者は傍聴に来ていなかった。これが冤罪を生み出すもうひとつの背景であろうと思える。
以下は筆者の友人の女性フリージャーナリストのが週刊誌に執筆した記事。簡潔だが要点を付いた記事である。
つづく |