シルクロードの今を征く Now on the Silk Road ヴェネツィア( Venezia、イタリア) サンタ・マリア・デッラ・ファヴァ教会 (Chiesa di Santa Maria della Fava a Venezia) 青山貞一 Teiichi Aoyama 池田こみち Komichi Ikeda 共編 掲載月日:2019年4月20日 独立系メディア E-wave Tokyo |
<ヴェネツィア総合メニュー> <教会6> サンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会 サンタ・マリア・デル・カルミニ教会1 サンタ・マリア・デル・カルミニ教会2 サンタ・マリア・デル・カルミニ教会3 サンタ・マリア・デル・カルミニ教会4 サンタ・マリア・デッラ・ファヴァ教会 本稿の解説文は、現地調査に基づく開設に加え、Veneziaイタリア語版を中心にVenice英語版からの翻訳及び日本語版を使用しています。また写真は現地撮影分以外にWikimedlia Commons、さらに地図はグーグルマップ、グーグルストリートビューを使用しています。その他の引用に際しては、その都度引用名をつけています。 ◆サンタ・マリア・デッラ・ファヴ教会 以下は、グーグルマップによるサンタ・マリア・デッラ・ファヴァ教会の位置です。 出典:グーグルマップ 以下は、サンタ・マリア・デッラ・ファヴァ教会の外観の写真です。 Chiesa di Santa Maria della Fava a Venezia. Source:Wikimedia Commons CC BY-SA 4.0, Collegamento サンタ・マリア・デッラ(Consolazione)、正式名サンタ・マリア・デッラ・ファヴァ教会は、カステッロ地区にあるヴェネツィアの街の宗教的な建物です。 教会はリアルト近くのサン・バルトロメオ教会の場所(San Bartolomeo Campo)から数歩のところにあります。 歴史 サンタ・マリア・デッラ・コンソラツィオーネへの最初の献身は、デラファヴァと呼ばれる彼女の目前にある小さな橋のために、現在の名前に置き換えられました。 世俗的な言葉によると、改名は近くのペストリーショップの存在に起因していましたが、それはおそらくもともとフェラーラから、ファヴァ家によって望まれていたためです。 教会はサンリオの近くにあり、そこに住んでいた教区の人々が望んでいたのは、カ・ドルチェの壁の中にあるマドンナの絵を収蔵することでした。 それは1500年になされました。 1662年、サンタ・マリア・デッラ・ファヴァ教会はサンマルコの検察官の管轄下に置かれ、その後、サンフ??ィリッポネリの礼拝堂の会衆に渡されました。 18世紀初め、古い教会はアントニオ・ガスパリの新しい構造からスペースを離れるために破壊されました。 教会は1750年にジョルジオ・マッサリによって修道院が建てられました。同年にインテリアも完成を見ました。 説明 インテリア 教会の内部 Source:Wikimedia Commons CC BY-SA 3.0, Collegamento ファヴァの場所(Campo de la Fava)を見渡す教会のファサードは、バロック様式の大理石の鼓楼が乗り越えているドアを除いて、未完成です。 その側面には二つの大きな半円形の隙間(ニッチ)があり、その両方とも空のままで未処理のままです。後部の側面には二つの高い鐘楼があり、それらも未完成のままです。 建物内部は1つの身廊で構成されており、それぞれの側に三つの礼拝堂があり、七つの壁にコリント式の柱があります。 身廊に沿って位置するアントニオ・カノヴァ(Antonio Canova)の達人であるGiuseppe Bernardiによる8人の聖人と伝道者の像は注目に値します。サンフィリッポネリの人生からのエピソードを描いた救済は同作者によるものです。 教会の内部にもいくつかの絵画が収められています。ジャンバティスタ・ジャンバティスタ(GiambattistaTiepolo)によると、Na Sant'Anna、聖母子、サンジョアッキーノ、代わりにサン・フィリッポネリ(San Filippo Neri)のビジョン、そしてジョバンニ・バッティスタ・ピアッツェッタ(Giovanni Battista Piazzetta)の絵画です。 後部は四角形の平面図を持ち、ドラムのないドームで覆われています。 その中心には、幕屋の脇にある二人の天使の彫刻、ジョヴァンニ・マリア・モレイターの作品があるバロック様式の高い祭壇があります。後壁の裏側、聖歌隊の上には、1754年に遡るパイプオルガンがあり、Serassi社によって建造され、金色の木のケースに厳重に固定されています。 <ヴェネツィア総合メニュー> |