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福島第一原発事故後、 “生涯100ミリシーベルト”、”年間20ミリシーベルト”とされてきた被曝基準に関連し、"本当に健康への影響はないのか”について我が国でも徹底議論されてきた。 当時、イタリアのテレビで何度も見た福島原発事故の映像 ◆青山貞一・池田こみち:海外メディアは大震災・原発事故をどう伝えたか ●ドイツ『シュピーゲル』山下俊一インタビュー たとえば原発事故の現場である福島県では、事故以来、山下俊一氏を福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーとしてむかえ低線量被曝の健康影響についてリスクコミュニケーション対応してきた。山下氏は医学者であり、現在、福島県立医科大学副学長である。 山下氏は放射線防護の専門家で現在、59歳、放射線の影響を解明するうえで長崎の被爆者や1986年のチェルノブイリ原発事故の影響を研究し、チェルノブイリについても日本の科学調査団の一員として現地を100回近く訪問しているという。 だが、山下氏の仕事は地元福島県の住民の強い反発を買っている。 刑事告発まで受けている。 ドイツの週刊誌『シュピーゲル』(Der Spiegel)は、山下氏にインタビューし、福島で予想される被曝の影響について聞いている。以下はその一部である。 インタビューの全容はこちら 山下:100mSvでも大丈夫だから心配いらない、などとは言っていません。ただ、100mSv未満ではがん発症率の上昇が証明できていない、と話しただけです。これは広島、長崎、チェルノブイリの調査から得られた事実です。 シュ:だが、そうやって安心させようとすることが、住民の方々の怒りと恐怖をかえって高めることになるとは思わなかった? 山下:日本政府が年間被曝上限を20mSvに設定したことが、混乱に拍車をかけたと思います。国際放射線防護委員会(ICRP)は、原子力非常事態が起きた際には年間被曝上限を20〜100mSvのあいだに設定するよう提言しています。その範囲のどこで線引きをするかは政治的な判断で決まることです。リスクと利益をはかりにかけて考えなくてはいけません。避難するにしてもリスクを伴うからです。放射線防護の観点から見れば、日本政府は最も慎重な方針を選んだのですが、それが皆さんの混乱と不安を高めてしまいました。 シュ:あなたはご自身の数々の発言のため世間で物議をかもしている。あなたを刑事告発したジャーナリストがいるし、反原発の活動家は…… 山下:……そういう人たちは科学者ではありません。医師でもなければ放射線の専門家でもない。研究者が研究を積み重ねてきめた国際基準についても何も知りません。皆さんが噂や雑誌や、ツイッターの情報を信じているのを見ると悲しくなります。 シュ:だが専門家は原発は100%安全だと何十年も言い続けてきた。そんな専門家を信じられるわけがない。 上記、ドイツの『シュピーゲル』による山下俊一氏へのインタビューでも、山下氏が、「そういう人たちは科学者ではありません。医師でもなければ放射線の専門家でもない。研究者が研究を積み重ねてきめた国際基準についても何も知りません。皆さんが噂や雑誌や、ツイッターの情報を信じているのを見ると悲しくなります。」 と述べてきたのが、”国際基準”である。 山下氏を批判する市民に対し、「研究者が研究を積み重ねてきめた国際基準についても何も知りません」と山下氏は切り捨ててきたのである。 では、世界各国で低線量被曝の基準としているICRP(=国際放射線防護委員会)の勧告値は、山下氏が言明するように本当に「研究者が研究を積み重ねてきめた国際基準」なのだろうか? ●NHK総合テレビ「追跡真相ファイル」 NHK総合テレビは2011年12月28日夜10時55分より30分間の「追跡真相ファイル」において「低線量被曝、揺らぐ国際基準」を放映した。 同番組では、現在、世界各国で低線量被曝の基準としているICRP(=国際放射線防護委員会)の勧告値が、米国はじめ主要原発保有国の意図(「政治的な判断」)により、被ばくでガンになるリスクを実際の半分に減らしていた事実が浮かびあがってきたことを明らかにしている。 ICRP(=国際放射線防護委員会)加盟国 出典:NHK「追跡真相ファイル」より 以下は<低線量被ばく 揺らぐ国際基準 - NHK 追跡!真相ファイル>の番組案内文である。 福島をはじめ、全国の人々が現実に直面している放射能の脅威。国は「直ちに体への影響はない」と繰り返すばかりだ。その拠り所としているのが、ICRP(=国際放射線防護委員会)の勧告。広島・長崎の被爆者の調査データをベースに作られ、事実上の国際的な安全基準となっている。 しかし関係者に取材を進めると、1980年代後半、ICRPが「政治的な判断」で、被ばくでガンになるリスクを実際の半分に減らしていた事実が浮かびあがってきた。 当時ICRPには、原子力産業やそれを監督する各国の政府機関から、強い反発が寄せられていたのだ。 そしていま、世界各地で低線量被ばくの脅威を物語る、新たな報告や研究が相次いでいる。 アメリカでは原発から流れ出た微量の放射性トリチウムが地下水を汚染し、周辺地域でガンが急増。 25年前のチェルノブイリ原発事故で、大量の放射性セシウムが降り注いだスウェーデンでは、ICRP基準を大きく上回るガンのリスクが報告されている。 いま、誰もが不安に感じている「低線量被ばく」による健康被害。国際基準をつくるICRPの知られざる実態を追跡する。 以下に、NHKの番組の核心部分をかいつまんで紹介する。ただし、以下のトランススクリプトは番組中のナレーションとは異なる部分がある。 ・スウェーデンの事例 番組では、スウェーデンと米国における低線量被曝とがんとの関係について現地取材し追跡する。 チェルノブイリ原発事故の影響が1500km離れたスウェーデンのヴェステルボッテン県の事例である。 スウェーデンのヴェステルボッテン県の年間線量は、0.2mSv程度である。しかし、事故前に比べ1年あたりのがん発生が34%増加した。外部被曝だけなく、トナカイの肉などを食べることによる内部被曝が増えたためと見られている。 チェルノブイリ原発事故の影響が1500km離れた スウェーデンのヴェステルボッテン県に。 出典:NHK「追跡真相ファイル」より スウェーデンのトンデル博士は汚染地域に居住する110万人すべてのデータを解析したところ、積算線量が10mSv以下でがんになる人が増えていた。 出典:NHK「追跡真相ファイル」より 積算被曝量が10mSv以下でもがん患者が増加している 出典:NHK「追跡真相ファイル」より リスクは外部被曝だけでなく、内部被曝によって左右される。 地域では汚染されたトナカイの肉を食べていた。トナカイ肉の基準値は1kg300ベクレルと日本の以前の基準より低かった。 住民は食べる肉の量も減らし、体への影響を抑えようとしてきた。 なぜガンが増えたのか? マーティン・トンデル博士は、汚染地域の住民110万人のデータを解析した。発症者はいずれも内部被曝10mSv以下だったがリスクは内部被曝に左右される。 出典:NHK「追跡真相ファイル」より ・米国イリノイ州の事例 二つめの事例 現地調査はさらに米国イリノイ州で3つの原発が立地する地域に及ぶ。ここでは、周囲に3つの原発が集中。原発から流れ出た微量の放射性トリチウムが地下水を汚染し、周辺地域で幼児のガンが急増していたという。 シカゴがある米国イリノイ州(IL)には米国で最も多くの原発がある! 出典:Wikipedia 米国イリノイ州の原子力発電所立地 出典:Medill Report 米国イリノイ州、シカゴ郊外、原発立地周辺の子供への影響。 出典:NHK「追跡真相ファイル」より この地域では約100人の幼児や子供ががんで死んだという。 がんで死んだ幼児、子供100人の名前が石に刻まれている 出典:NHK「追跡真相ファイル」より 住民を代表して被害を訴えるソウヤーさん親子。娘セーラさん18歳、いまも身長は140cmにしかならない。 セーラさんが脳腫瘍になったのは、この街に引っ越して4年目。井戸の水をまいて遊び、食事をしていた。 病気になってからは母親はシカゴから水を取り寄せる。州政府からデータを取り寄せる。過去20年間、住民1200万人がどんな病気にかかったかのデータ。小児科医の夫が分析。 生き残ったセーラちゃんの言葉 出典:NHK「追跡真相ファイル」より 井戸水を利用していた女の子が脳腫瘍に。州政府から1200万人に及ぶ住民の健康データを入手して解析。原発周辺だけが脳腫瘍・白血病が30%に増えていたと分析。 出典:NHK「追跡真相ファイル」より さらに原発周辺では、脳腫瘍・白血病などが30%以上増加。小児がんは約2倍に増加していると分析。。 出典:NHK「追跡真相ファイル」より しかし、米原子力規制委員会(NRC)は、井戸水による被曝は1mSv以下、健康を脅かすことはないとしてきた。 出典:NHK「追跡真相ファイル」より ・カナダのオタワにあるICRP(=国際放射線防護委員会)事務局を取材 その上で、話はICRP(=国際放射線防護委員会)の勧告値など、基準値の妥当性、信頼性そして根拠に及ぶ。 2011年10月、ICRPの会議が開催された。ICRPは30カ国、250人のネットワーク。この国際会議は音声のみの取材が許可された。 会議では、「8歳や10歳の子供が、なぜ原発労働者と同じ基準なのか」「ICRPの低線量リスクがこのままでいいのか」など、福島原発事故を受けた問題提起がなされた。 取材班はカナダ・オタワにある本部に行き直接事務局長のクレメント氏に聞く。 ICRP(=国際放射線防護委員会)の科学事務局長 出典:NHK「追跡真相ファイル」より カナダのオタワにあるICRPにて、ICRP事務局長のクレメンスは、「問題は低線量」であり、基準値設定に際して、広島と長崎のデータが修正されたことを暴露する。 すなわち、本当は半分の被曝量だった。本当の低線量被曝がもたらすリスクは現在示されている量の2倍だった。にもかかわらず現在も、従来のまま据え置かれている。 本当の低線量被曝がもたらすリスクは現在示されている量の 2倍だったにもかかわらず現在も、従来のまま据え置かれている。 出典:NHK「追跡真相ファイル」より 修正データが出された時、基準値を見直すべきであったが、当時のICRP委員17人のうち13人が原子力行政や原子力産業の委員であり委員の「配慮」から実際のリスクは据え置かれた。 当時のICRP委員17人のうち13人が原子力行政や原子力産業の委員 出典:NHK「追跡真相ファイル」より その配慮とは「リスクを引き上げれば原発など核関連施設の運営に支障が出る」とし「米国の委員は、原発労働者にさらに20%リスクを引き下げる様に求め、ICRPは根拠なく従った」そして「再処理施設の女性達に異変が起こった」と。 「リスクを引き上げれば原発など核関連施設の運営に支障が出る」 とし「米国の委員は、原発労働者にさらに20%リスクを引き下げる様 に求め、ICRPは根拠なく従った」 出典:NHK「追跡真相ファイル」より 結局、80年代後半、ICRPが「政治的な判断」で、低線量被曝でガンになるリスクを実際の半分に減らしていたことになる。 ICRPはあたかも科学的な根拠であるかのように日本では考えられてきたが、ICRP委員は「政策的さらに政治的な判断」を出しているに過ぎないとのことが明確になった。 出典:NHK「追跡真相ファイル」より 出典:NHK「追跡真相ファイル」より しかも、ICRPの予算の大部分は下の写真にあるように、原発保有国の原子力政策や研究開発機関から拠出されている。ちなみに日本原子力研究開発機構は、原発安全神話の本拠地と言ってもよい組織(独立行政法人)であり、除染事業でも総額の30%ピンハネ問題の中心にある組織である。 ICRP予算への各国機関からの拠出金 出典:NHK「追跡真相ファイル」より ・テネシー州再処理施設の元女性労働者ら アメリカ・テネシー州。再処理施設で清掃の仕事をしていた女性たちは仕事をやめてしばらくすると、体に異変が起きた。 「乳がん、喉頭がん、顔に皮膚がんを患っています」国に補償を求める訴えを起こしている。 出典:NHK「追跡真相ファイル」より 「私たちはモルモットでした。どんなに危険か知らされませんでした」 出典:NHK「追跡真相ファイル」より ICRPの核関連施設用基準について「科学的根拠はなかったがICRPの判断で決めた」「子供や高齢者はいないから」その後、核施設で働いていた女性などが健康被害を訴え「我々はモルモットだった。危険を知らされていたなかった」。 低線量被曝を引き上げると、対策コストが増加する。3億6900万ドルと試算。原発で働く基準、労働者は、さらに20%引き下げた。労働者は子供や高齢者ではないので、科学的根拠はないがICRPで決定。核燃料の再処理施設で働いていた女性、健康被害 ●山下俊一氏発言の検証 ここで、再度、山下氏へのドイツ『シュピーゲル』のインタビュー記事に戻ってみよう。 山下:日本政府が年間被曝上限を20mSvに設定したことが、混乱に拍車をかけたと思います。国際放射線防護委員会(ICRP)は、原子力非常事態が起きた際には年間被曝上限を20〜100mSvのあいだに設定するよう提言しています。その範囲のどこで線引きをするかは政治的な判断で決まることです。リスクと利益をはかりにかけて考えなくてはいけません。避難するにしてもリスクを伴うからです。放射線防護の観点から見れば、日本政府は最も慎重な方針を選んだのですが、それが皆さんの混乱と不安を高めてしまいました。 上を見ると、山下氏は今回、NHKが暴露したICRPの内部事情を知りつつ、発言していたのではないかと思わせる。 とりわけ、「国際放射線防護委員会(ICRP)は、原子力非常事態が起きた際には年間被曝上限を20〜100mSvのあいだに設定するよう提言しています。その範囲のどこで線引きをするかは政治的な判断で決まることです。」の部分である。 問題は、「年間被曝上限を20〜100mSvのあいだに設定するよう提言」というよりは、低線量被曝でガンになるリスクを実際の半分に減らしていたことを知りながら上記を言っているかどうかである。 もし、知っていて「放射線防護の観点から見れば、日本政府は最も慎重な方針を選んだのですが、それが皆さんの混乱と不安を高めてしまいました。」 と述べているとすれば、とんでもないこととなる。 山下氏は自分を批判する人たちに対し、「そういう人たちは科学者ではありません。医師でもなければ放射線の専門家でもない。研究者が研究を積み重ねてきめた国際基準についても何も知りません。皆さんが噂や雑誌や、ツイッターの情報を信じているのを見ると悲しくなります。」と言っている。 だが、あらかじめNHKが暴露した事実を知っていたのだとしたら、事実と真実を隠してきたことになる。そうだとしたら、山下氏は科学者や研究者ではない。また、山下氏は到底、科学者でも医者でもなく、ICRPの委員同様、人命よりも行政当局や関連業界による避難経費などの放射線暴露対策費の削減を重視した「政治判断」をした人物ということに他ならない。 山下氏問題と離れても、いずれにせよ、今回のNHK番組からは、国際放射線防護委員会(ICRP)が勧告している“生涯100ミリシーベルト”、”年間20ミリシーベルト”などの被曝基準は科学的根拠に乏しく、委員の大部分がいわゆる「原子力村」の住民であり、きわめて政治的なものであることが分かるのである。 |