言った・言わない論争が訴訟になった場合 〜法的分析〜 青山貞一 掲載日:2005.1.20、1.21 |
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前に戻る↓ 青山貞一:いつまで続く言った・言わない論争 NHK番組改変に自民党幹部議員の圧力があったかどうかをめぐって、朝日新聞の報道内容に誤報があり、その自民党幹部が法的手段も辞さずと言っているようだ。NHK幹部も朝日新聞記事に対してかなりの強弁姿勢を取りだした。さらに1月21日になって、朝日新聞もNHKの報道内容に対し名誉毀損等の法的手段を検討していると言っている(以下の毎日新聞記事参照)。 ※ NHK特番問題: 朝日は具体的根拠示さず NHKコメント 毎日新聞 2005.1.21 朝日 「法的措置も」とNHKに抗議 スポーツニッポン 2005.1.21
どちらからであれ、本件が司法の場に持ち込まれた場合、どうなるか。いかなる根拠、法理がありうるか。果たしてその根拠が妥当なものなのかなどを予習してみたい。以下の予習では、自民党幹部が朝日新聞を名誉毀損などで提訴した場合を想定しているが、逆の場合、また朝日新聞がNHKを提訴した場合についても付記している。 ◆自民党幹部側主張の法的論拠 自民党の安倍氏なり中川氏が持ち出す法的論拠は、おそらく以下のいずれかであろう。 (1)刑法の名誉毀損、侮辱 (2)民法の不法行為による損害賠償 ここでは、上記2つについて予習する。 ◆朝日新聞側の法的論拠 迎え撃つ朝日新聞側が主張する法的な根拠は、言うまでもなく、以下の憲法の条項である。 第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。 第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。 ◆刑法の名誉毀損 最初に想定されるのは、以下に示す刑法第34章、名誉毀損に対する罪であろう。以下に関連部分を示す。これらはいずれも親告罪であるので、安倍氏なり中川氏が提訴する場合には、刑事告訴からはじまることになる。
◆民法の不法行為による損害賠償 刑法の名誉毀損罪の次に提起されるのは、民法の「不法行為による損害賠償」そして謝罪広告請求であろう。以下に民法の関連部分(第5条)の一部を示す。
◆名誉毀損罪(刑法)及び名誉毀損による損害賠償(民法)の成立条件 先に示した刑法及び民法の名誉毀損が成立する条件を法理及び判例から見てみる。 民法における名誉毀損分野での不法行為による損害賠償、謝罪広告等は、刑法における名誉毀損の成立条件と密接に関係するので、ここでは、まず刑法における成立条件について見てみる。 刑法230条の2第1項によれば、仮に被告側に名誉を毀損に相当する表現があっても、 第一に、それが公共の利害に関する事実に係るものであり、 第二に、その目的がもっぱら公益を図るものであり、 第三に、当該事実が真実であれば、 処罰されない。 このうち、第一と第二の要件については、 一般の場合(同条1項)、処罰を免れるには、「公共の利害」、「公益目的」、「真実性」のすべてを被告人が立証しなければならない。いずれかの立証に失敗すれば230条1項の原則に戻って処罰されることになる。 過去におけるこの種の裁判では真実性の証明に多くの場合、失敗している。 逆説すれば、刑事裁判の場合、名誉毀損があっても、それに公共・公益性があり、記述内容に真実性があれば刑法による処罰は免れられることになる。同様に、民事の場合には、名誉毀損があっても不法行為による損害賠償や謝罪広告の掲載等は負わないこととなる。 まず「公共の利害に関する事実」であるが、刑事では法230条の2第2項及び第3項により、公訴提起前の人の犯罪行為に関する事実、公務員または公選の公務員の候補者に関する事実は、公共の利害に関する事実と見なされる。 次に、「その目的が専ら公益を図ることにあった」という場合、その意味するところは何か。 「専ら」の意義を文字通りに解したのでは同条による免責の可能性をほぼ失わせることは明らかである。一般に出版などの表現行為には、営利、売名、復讐などの目的が混入しているものと解すことができる。したがって、学説上、この「専ら」とは「主として」と同意義であり、私怨その他若干の不純な動機が混入していても差し支えない、と解する点で異論はないところだ。 したがって、本件における最大の関門は、三つ目の「真実性」の証明ということになる。これがどの程度厳格に要求されるか課題となるのである。これはNHKが被告になる場合、あるいは朝日新聞が被告になる場合、いずれの場合でも同様である。 ◆真実性の証明における「真実性」と「相当性」 ある事実が真実であることを完全に証明することは、実際の問題として不可能であるか、そうでないとしても著しく困難である。それにもかかわらず、真実の証明を厳格に要求し、それがなければ処罰する(あるいは損害賠償責任を課する)ということになれば、マスコミ、ジャーナリズムなどの表現活動を著しく萎縮させることになる。 マスコミ、ジャーナリズムなど表現活動をする者(表現者)は、刑罰や損害賠償をおそれて、その真実性に少しでも疑いのあることには、取材しても発表しなくなる可能性が強くなる。実際、昨今その傾向が強い。こうした現象を「自己検閲」と呼ぶが、この傾向は、テレビや新聞のように、速報性が売り物であって、そのため事実関係の確認にあまり時間をかけられないメディアの場合には特に顕著となろう。 そこで過去の裁判の判例等で導かれた名誉毀損における真実性の法理では、「われわれが通常真実であるといっているものは、真実であると信ずるに足るだけの資料・根拠に基づく情報である、ということを意味している。」ことになるのである。 ここでは真に客観的に真実であるかどうかまで問題にしているわけではない。これを「真実性」に対し「相当性」と言う。もし、そうだとすれば、名誉毀損の場合にも、客観的に真実であることまで要求せず、真実であると信ずるに足る根拠があれば免責される。刑事でいえば処罰されない、民事でいえば損害賠償責任を負わない。と考えることができる。これにより「表現の自由」と「名誉の保護」との調和を図るべきとなる。我が国の名誉毀損に関する裁判はこうした立場をとっていると言える。 ◆さらに「反論権」について 「公共性」、「公益性」、「真実性(あるいは相当性)」は、従来の名誉毀損の法理に照らした成立要件である。これに対し、安念教授(成城大学法学部教授、弁護士)は、上記の3点に加えて、「反論権」と言う概念を提起する。 これはとくに「政治家など公人に対する報道、マスメディアなど表現者の名誉毀損の成立条件をより厳しくする」ためのものと言える。反論機会が一般人に対比しいくらでもある代議士などがマスコミを安易に訴えることを抑制することにその背景と目的があるといってよいだろう。 安念教授の「反論権」を要約的に説明すれば、以下の通りとなる。 すなわち首相、国会議員はじめ公人は、いつでも記者会見などを開き、反論する機会を有する。したがって、憲法の表現の自由との関連にあって、刑法、民法を問わず、名誉毀損を安直に認めてはならないとする学説である。実際、この第四の観点は、多くの公人が提起した名誉毀損裁判において適用されている。 本件に照らし合わせると、@朝日新聞がNHKを訴えた場合、ANHKが朝日新聞社を訴えた場合、B国会議員が朝日新聞を訴えた場合の3ケースが想定される。「反論権」は、@、A、Bのいずれの場合にも適用可能である。Bのケースは国会議員=公人そのものであるので、国会議員はいつでも記者会見が開けると言う意味で「反論権」を有する。他方、朝日新聞社やNHKも、その気になればいつでも記者会見を開けるし、自分のメディアで反論することが可能であると言う意味で「反論権」を有することは間違いない。 ◆本件の法理上の争点は! 本件に上記の四つの観点を照らすとどうなるか。 まず、原告、被告の想定だが、@原告が国会議員、被告が朝日新聞の場合、A原告が朝日新聞、被告がNHKの場合の2つを想定する。 第一に、それが公共の利害に関する事実に係るものであるかどうか、 =間違いなく公共の利害に係わるものである 第二に、その目的がもっぱら公益を図るものであるかどうか、 =間違いなく公益を図るものである 第三に、当該事実が真実性ないし相当性があり、さらに =証拠取り調べをもとにした事実認定の結果いかん 第四に、原告に反論権がある場合、 =間違いなく国会議員、朝日新聞、NHKともに反論権はある 次にひとつひとつ見て行こう。 まず問題の発端となった朝日新聞の記事及びNHKの報道に第一の「公共性」と第二の「公益性」があることはまったく揺るぎないないところである。さらに安倍氏、中川氏ら自民党代議士の側に第四の「反論権」があり、朝日新聞、NHKにも反論権があることも間違いないところである。 となると、朝日新聞は当初掲載したスクープ記事内容(事実)の「真実性」ないし「相当性」の立証が必要となる。これにはNHK幹部への取材と自民党代議士2名への取材が含まれる。一方、NHKは朝日新聞の記者による取材に幹部がどう答えたか、その内容の「真実性」ないし「相当性」の立証が必要となる。またNHK幹部等が自民党代議士2名に話した内容、その時期の事実関係も含まれる。もちろん、「真実性」の立証が困難な場合でもその「相当性」が立証されればよいことになることは言うまでもない。 すなわち、ここでは「真実性」ないし「相当性」の立証が最大のポイントとなる。 ◆勝負の分かれ目は! 「真実性」ないし「相当性」の立証については、私が先に「いつまで続く言った・言わない論争」で示した「証拠」の有無が極めて重要なものとなる。すなわち、もし、朝日新聞がNHK幹部及び自民党の2名の代議士が取材時に述べた内容を証明する「証拠」があれば、朝日新聞が圧倒的に有利となるのはいうまでもない。
参照:青山貞一:いつまで続く「言った・言わない論争 2005.1.19 以下は私見。 もし、朝日新聞側がその証拠をもっている場合、朝日新聞側は公判の最後にそれを出すことが望ましい。 なぜか。 本件が訴訟となった場合、当然のことながら自民党の幹部2名とNHKの幹部の「証言」がきわめて重要な意味を持つ。当然、朝日新聞側は100%、自民党代議士2名、NHK幹部等を証人申請するだろう。当然、裁判所もそれを認める。 自民党代議士2名とNHKの幹部は、おそらく記者会見等で述べている内容に類することを法廷で証言するだろう。いやせざるを得ない。自民党代議士とNHK幹部の主尋問は、当然、それらの証言にそって行われる。 問題は反対尋問である。反対尋問にたつ朝日新聞の弁護士は、反対尋問においてはじめて「証拠」テープを裁判所に提出する。もし、このテープが記事内容を裏付けるものとなれば、その時点で本件の争点の大部分は明らかになるだろう。もちろん、代議士やNHK幹部らは、記憶が定かでない時点で長時間の執拗な取材のなかで云々と言うだろうが、それは後の祭りとなる可能性が大きい。もし、そのような展開となれば、証人が偽証に問われる可能性も大となる。 このような場合、NHKあるいは代議士側は完全敗訴となるだけでなく、場合によっては、その後の損害賠償の対象にすらなる。当然、これはNHK幹部に対しても同様である。このような場合には、朝日新聞側はいわゆる虚偽告訴罪(誣告罪)を提起することも可能となる。 重要なことは、本件では番組内容の偏向性、思想性、政治性云々が問題となるのではなく、あくまでも事前に番組を改変させる政治的な圧力の有無、またNHKがあらかじめ政治家に番組内容について伺いを立てるような言動があったかどうか、それに関する朝日新聞のスクープ記事の内容の証拠能力の有無が最大のポイントとなる。 もちろん、「証拠」がない場合、朝日新聞側は、2名の記者の証言、長井氏らの証言、さらにすでにマスコミに対する証言内容が二転している可能性がある代議士、NHK幹部の証言をもとに「相当性」で争うことになる。 |