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日本変革のブループリント





第三章 グローバルな小日本主義
「ミニマ・ヤポニア」(10)


佐藤清文
Seibun Satow

掲載日:2007年1月元旦


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すべて執筆者である佐藤清文氏にあります。



全体目次



9 外交・安全保障

 日本外交を一言で要約するなら、国際情勢への適応だけに終始したということになるでしょう。環境に適応しても、それをよりよい環境に変える、もしくは変える方向性を示すことができなかったのです。

 それが日本の外交は顔が見えず、対米追従でしかないと失笑をかってきた所以です。イラン=イラク戦争の際に、イラクだけを支援した欧米諸国とは違い、イランとも国交関係を維持しましたが、日本は両国に停戦合意を結ばせることも、イランと欧米の間をとりなすこともできなかったのです。

 この原因の一つが交渉に関するアナクロな認識です。外務省官僚の中には、依然として、二国間交渉が外交だと信じている人がいますが、グローバル化した国際社会では、政治的・経済的・文化的関係が複雑に絡み合っているのですから、多国間交渉が主流だと言えます。

 東西冷戦構造が崩壊し、アメリカが唯一の超大国となると、いつもの適応能力を発揮してきました。小泉首相は、涙ぐましいまでに、究極のイエスマンとして合衆国に尽くしています。

 けれども、ユネスコを見ると、現在の国際関係がよくわかります。ユネスコは、国連の経済社会理事会の下に位置し、教育・科学・文化といったソフト・パワーの発展と推進を目的として、一九四五年に設立された専門機関です。国連の機関の中でも最も関心を集めています。

 ところが、アメリカはロナルド・レーガン政権時脱退し、今は復帰したものの、距離を置き、加盟国の多くもアメリカに冷淡です。

 孤立し、行き詰ったアジア諸国との外交関係を改善しなければならないのは言うまでもありませんが──国家間の相互依存・相互浸透が進む国際社会において、近隣諸国を挑発したり、脅威と捉えたりして匹夫の勇を示すなどそれは外交以前の次元です──、それにとどまらず、アメリカについていく外交ではなく、アメリカを国際社会に引っ張り込むくらいのことが必要なのです。

 合衆国がイラクへ先制攻撃を加えた際、当初、大量破壊兵器の保有を理由としていましたが、後に、圧制からの解放と民主化へとすり替えました。これはプリンシプル・オブ・プロポーショナリティ(相応性の原理)に基づいています。

 相応性は多元的に物事を判断する論理ですので、それ自体に問題があるわけではありません。ただ、この論理の問題は結果だけが正当化され、意図を軽視している点です。

 相応性論は中世の医学で論じられた論理です。現代風に言うと、胃を手術するために開腹したものの、その臓器には異常は見られなかったが、どうも肝臓には腫瘍があったから、とるほどでもないけれど、それを摘出することにしたとします。

 これは明らかな医療ミスでしょう。しかも、患者は肝臓の件を説明されていませんし、摘出に同意もしていないのです。結果と原因の「遠近法的倒錯」
(フリードリヒ・ニーチェ)にほかなりません。

 ところが、日本政府はそれを認めようとしないのです。アメリカ人には「コントロール幻想」、日本人には「後知恵」の傾向が見られるという心理学研究がありますが、両政府の態度はまさに教科書通りです。

 国連は「人間の安全保障」を掲げています。実は、この「人間の安全保障」は日本と極めて密接な関係があります。人間の安全保障委員会は、2001年1月、日本とコフィ・アナン国連事務総長により、緒方貞子前国連難民高等弁務官およびケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ学長のアマルティア・セン博士を共同議長として創設されているのです。

「人間の安全保障」を日本政府も21世紀の外交理念の一つに挙げていますが、安全保障理事国入りに精力を傾け、残念ながら、この崇高な試みへの熱意は感じられません。日本政治は改革自体あるいは提言自体目的となり、飽きっぽく、持続性に乏しい傾向があります。

 軍事力は、食糧や環境、疫病、人権問題の解決にまったくお手上げであるのみならず、軍事的安全保障を脅かすものはしばしばそこから生まれてきます。

 そこで、非軍事的安全保障の重要性が唱えられました。これが人間の安全保障です。外務省のホームページ
によると、「最終報告書は、グローバル化が進んだ今日の世界においては、国家が人々の安全を十分に担保できていないケースがあるとの現実を踏まえ、紛争と開発の両面にかかわる現象に対し、包括的な取り組みを提唱している。具体的には、個人やコミュニティに焦点をあて、人間一人一人の保護とエンパワーメント(能力強化)の必要性を強調している」。

 同サイトによると、「報告書に掲載されている主な提言」は次の通りです。

1 紛争の危険からの人々の保護

2 武器拡散からの人々の保護

3 移動する人々の安全保障の推進

4 戦争から平和への移行期のための基金の創設

5 極貧者が裨益するような公正な貿易と市場の強化

6 最低限の生活水準の保障

7 基礎保健サービスの完全普及

8 効率的かつ衡平な特許制度の創設

9 普遍的な基礎教育の完全実施

10 グローバルなアイデンティティの促進

 これはユネスコ憲章の前文「戦争は人の心の中で生まれるものである以上、そこに平和の砦を築かなければならない」を生かしたアイデアです。

 人間の安全保障はワイマール憲法以来の生存権を国家を超えて適用させようとする画期的なものです。外交・安全保障政策として「人間の安全保障」への積極的な寄与が望まれるのです。


つづく