メアリー・ステュアートの足跡を追って スコットランド2200km走破 スコーン(スクーン)の石 青山貞一 Teiichi Aoyama 池田こみち Komichi Ikeda 2018年12月10日公開 独立系メディア E-Wave Tokyo 無断転載禁 |
スコットランド総目次へ* バルハウジー城 スクーン(スコーン)城 スクーン(スコーン)の石 ここでは「スクーン(あるいはスコーン)の石」について解説します。 ◆スクーン(スコーン)の石) 以下本文はWikipedia 写真は Wikimedia Commonsです。 スクーン宮殿(英語版)に設置された、スクーンの石のレプリカ Source:Wikimedia Commons CC BY-SA 2.0, Link 代々のスコットランド王が、この石の上で戴冠式を挙げたとされる石。運命の石(Stone of Destiny)と呼ばれることも多い。聖地パレスチナにあって聖ヤコブが頭に乗せたという伝承がある。重量は、およそ230kgある。 運命の石は、500年ごろ、スコット人(英語版)ファーガス・モー・マク・エルクによってアイルランドから持ち込まれた。ファーガスはキンタイア半島付近に上陸し、ダルリアダ王国を建国、ファーガス1世となった。以来この石は、スコットランド王家の守護石とされた。 846年にケネス1世がオールバ王国の王を兼ねるようになると、運命の石もダルリアダ王国の首都ダンスタフニッジより新首都スクーン(現在のパース近郊)のスクーン宮殿に移された。これ以降、スクーンの石と呼ばれるようになる。 スクーンの石は、1296年にエドワード1世によってイングランドに戦利品として奪い去られた。その後この石は木製の椅子にはめ込まれ、ウェストミンスター寺院に置かれることになった。その後、このエドワード王の椅子(英語版)は戴冠式に用いられるようになり、代々のイングランド王は、スコットランド王の象徴であるこの石を尻に敷いて即位することになる。 スクーンの石がはめこまれたエドワード王の椅子を描いた1855年の絵画 Source:Wikimedia Commons Public Domain, Link スクーンの石がイングランドに奪われたことは、スコットランドの人々にとってはイングランドへの敵対意識を高めることになり、1950年にはスコットランド民族主義者による盗難事件が発生している(1950年のスクーンの石の除去)。最終的に石は発見され回収されたが、犯人グループによる運搬中に、2つに割れてしまっていた。 1996年、トニー・ブレア政権によりスクーンの石は700年ぶりにスコットランドに返還され た。現在は、エディンバラ城に保管されている。---- 「ニュートンモア」につづきます スコットランド総目次へ |