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中大教授刺殺事件と
大学のリスク管理

青山貞一

掲載月日:2009年1月16日
独立系メディア「今日のコラム」


 中央大学理工学部の高窪 統 ( はじめ ) 教授(45)が何者かによって刺殺された。報道記事を読む限りでは、なぜ教授が殺されたのか、今のところ理由、原因はまったく分からない。だが、刺殺の状況証拠から見ると非常に残忍だ。

 ※中大教授刺殺:教授の行動、把握 待ち伏せ、周到に準備か 毎日新聞 

 ここ数年、尊属殺人や猟奇殺人など非常に残忍でかつ動機、原因が分かりにくい刑事事件が多発化している。卑劣な車のひき逃げも多い。世界各国のなかで比較的治安、安全を誇ってきた日本社会だが、誰しもが刑事犯罪のリスクを意識し、自ら対応しなければならない時代に入っている。

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 ところで私は今の大学に着任する以前、プロフィールにあるように環境総合研究所と兼務でいろいろな大学の非常勤講師をしていた。早大、東京農工大、東京工大、法政大、慶應大、東洋大などなど。いずれも環境科学、環境政策などを担当していた。 

 非常勤講師を務めていた大学のなかに実は中央大学理工学部もあった。後楽園近くにある中央大学理工学部で約7年間、土木と環境をテーマに非常勤の講師をしていた。中央大学理工学部では私も理事をしている環境アセスメント学会の総会がよく開催されたこともあり、校舎は異なるものの近くの建物にある教室をよく使っていた。

 そんなこともあって、今回の刺殺事件には本当に驚いた。ショックも受けた。

 たまたま事件があった日、学部の教授会があり、私は全学リスク管理委員長をしていることもあって、大学に関連する刑事事件などに係わるリスク管理の話しをしていた。

 ちょうどその話しが終わったとき、同僚の教員がホームページに掲載された中大教授刺殺事件について連絡してきたのである。

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 ところで、大学というところは、日本の大学に限らず世界中どこの大学でもキャンパス内への出入りは一般的に自由である。アメリカの大学を例にとれば、ハーバード大学でもマサチューセッツ工科大学でも、カリフォルニア大学バークレー校でも出入りは自由である。

 直近で行ったローマ大学(イタリア)、武漢大学(中国)、カリフォルニア大学サクラメント校などでもすべてキャンパス内への出入りは自由であり、トイレはもとより教室や研究室、実験室などへの出入りも比較的自由なものが多い。

 研究室や実験施設などは管理責任者がいて、施錠しているが、たとえば教授らがトイレに行くとき、昼食をとるとき研究室や実験室に必ず施錠して行くかといえば、イエスとは言えない。

 私がいる学部では休日や夜から朝までは教室、研究室などがある施設への出入りは許可制となっているが、多くの大学ではそれすらない場合が多いようだ。すなわち常時キャンパスだけなく大学の各種施設も出入り自由ということだ。

 少々大げさに言えば、キャンパスや施設への出入りが自由なことが、大学のひとつのシンボルであり自由、自治、自律の誇りであるとさえ思われているところがある。

 しかし、リスク管理、しかも窃盗、盗難、殺人など刑事事件との関連でみると、大学はまったく無防備であると言えないこともない。

 事実、その昔、ハーバード大学大学院のケネディー・スクール・オブ・ガバメントにいた知人の教授を訪問したとき、研究室からパソコン一式がそっくり盗まれたと騒ぎになっていた。

 比較的最近の例ではジョージア工科大学で拳銃乱射事件があり、第一回目の乱射のあとに投稿してきた学生らに対し、第二回目の乱射があり、多数の学生等が犠牲になった事件が生々しい。

 私の大学ではジョージア工科大学の拳銃乱射事件を大きな教訓として、学生、大学院生の携帯電話を対象に、大学から学生・院生に緊急連絡を送るネットワークシステムを考え、実行に移している。

 また学生・院生が刑事的リスクに遭遇した場合、携帯からすぐさまリスク管理委員会にメールを送るシステムも開発した。さらに学生、教員が持参する学生手帳などにも刑事事件対応マニュアルを加えた。

 大学の一部では固定の防犯カメラ、Webカメラを要所に取り付け、それらをアーカイブしているところもあるが、上述のように自由、自治、自律を旨とする大学にあって、この種の監視カメラを設置することには反対、異論もある。

 今回の事件に関連し、コンビニのレジに取り付けられているような防犯カメラなどがあればと思う人もいるだろうが、上述のようにことはそう簡単に行かない。

 上記はすべて、いわばハード、物理的施設に係わるものだ。また刺殺があくまで学外の者を想定してのことだが、もし、学内関連の怨恨、アカハラ、論文盗用や内部の人間関係などが原因、遠因だとすれば、なかなか当事者以外、外部からは見えないことになる。

 いずれにせよ、大学の場合、ハードとは別にリスクに関する「意識」、「認識」など気持ちの上での備えが高いとは言えない。自分たちだけは窃盗、盗難、殺人など刑事事件に遭遇したり、巻き込まれることはない、ということである。

 もちろん、大学教授が通勤途中の痴漢騒動などが新聞記事となるが、それでも自分は関係ない、あり得ないと思っている節がある、と思える。

 いずれにしても、今回の事件をきっかけとして、私達大学人が刑事事件のリスクにもっと強い関心、意識をもち、認識を新たにし、日頃から自らリスク管理を徹底することが望まれる。