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21世紀の愚行か!?


青山貞一


掲載月日:2007年8月14日

無断転載禁

◆青山貞一:21世紀の愚行か!?八ッ場ダム

 長野県知事の政策アドバイザーをしていた3年前の夏、群馬県北軽井沢に20人泊まれる別荘を株式会社環境総合研究所の保養所として購入した。購入したまではよかったが、その後、以前にも増して忙がしくなり、ほとんど別荘に行く機会がなくなってしまった。

 また別荘の維持・管理がかなり面倒、メンテナンス会社に年間メンテ契約をしてメンテを依頼したが、それでも実際に使うだんになると、いろいろ不具合が発生した。

 私自身、もとはといえば理工系の技術職人、自分で電気、ガス、水道、浄化槽、ボイラー、灯油タンクなどのメンテができないことはない。が、せっかく別荘にゆくたびにメンテをしているのでは、何のための別荘か、ということになる。

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 他方、環境総合研究所の保養所(別荘)ということもあり、単なる保養だけでなく、環境教育や専門家・研究者の議論の場にできればと、考えてきた。

 その一環として、昨年から青山ゼミ(武藏工業大学環境情報学部)の学生や院生を連れ、毎年8月上旬に北軽井沢に行っている。今年も8月上旬、10名を連れてでかけた。

 今年は非常勤講師をしている東京工業大学大学院の女子学生も参加した。私自身、車を運転しないので、研究所の同僚、池田こみちさん、そして青山ゼミの大学院生に運転をお願いしている。

 北軽井沢は「軽井沢」というから長野県だと思われがちだ。しかし、いわゆる長野県の軽井沢から北に20kmほど行った群馬県吾妻郡嬬恋村にある。浅間高原と嬬恋高原の間、標高1200mの高原のちょうどフラットとなった真ん中にある。


◆夏の浅間山全景

◆冬の浅間山全景

 いわゆる北軽井沢地域は、長野県の軽井沢より標高で数100m高く、気温は3〜5度低い。湿度も軽井沢に比べ格段に低く、すごしやすい。

 この場所に研究所の保養所を購入した直接的な理由は、@中古物件ということもあり非常にリーズナブルな価格であったこと、Aありとあらゆる家財道具、すなわち家具、設備、道具、家電など生活必需品をすべて<居抜き>として提供してらったこと、B別荘のすぐ隣に軽井沢の老舗ホテル、万平ホテルの社長の自宅があったからである。

 長野県の軽井沢随一のホテルの社長が群馬県の北軽井沢に自宅をもっているのなら、立地条件に間違いないと私なりの評価を下し、即決した。

 以下はその別荘の外観である。別荘がある一体は、いわゆる軽井沢と違い、造成はほとんどしていない。自然林の木立のなかに立地している。





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◆川原湯温泉からはじまった 

 ところで別荘から車を使えば世界的な温泉?として知られる草津温泉や冬はスキーで有名な万座・鹿沢温泉、さらに足を伸ばせば伊香保温泉、もっと足を伸ばせば別所温泉などに容易に行ける。大の温泉好きの同僚、池田さん(環境総合研究所副所長)にとって別荘は温泉めぐりの一大拠点である。


◆夏の嬬恋高原

◆夏の白根高原

◆嬬恋高原にて  前列は池田こみちさん 2007年8月8日

 青山ゼミの夏合宿の拠点として別荘を使うことを決めた後、合宿の探索コースを決めることになった。

 別荘の周辺を地図などでいろいろ調べていたら、源頼朝も入ったという川原湯温泉が浅間山と白根山の中間にある吾妻川の中域にあることが分かった。しかも、吾妻渓谷とはいえば、今世紀最大の我が国の巨大公共事業、八ツ場ダムの現場でもある。

 この建設中の巨大ダムはダム本体から数kmも吾妻川ぞいにつづく。

 私は大学で公共政策論、環境アセスメントなどの環境政策、そして環境法を担当している。学生や大学院生に吾妻渓谷を歩くのは自然環境の保全や環境アセスメントなど環境問題的観点だけでなく、必要性に乏しい公共事業、しかも巨額を投入して行われているダム建設の現場を歩くことは、座学にはない現場実習となると考えた。


◆夏の吾妻渓谷

 以来、青山ゼミ合宿の現地視察のコースに八ツ場ダムの建設現場を入れることになった。鄙びた川原湯の温泉現地体験?もコースに入れた。


◆滝を背景にご満悦の青山研究室の学生

◆上信越国立公園を歩く青山研究室の学生ら

◆鄙びた川原湯温泉の歴史文化的資産<王湯>

◆やんばダム

 八ツ場ダムの計画は、利根川改定改修計画の一環として昭和27年に調査に着手されている。私が生まれたのが昭和21年、現在60歳だから54年も前のことである。

 一時中断を経て昭和42年に実施計画調査を開始した。昭和45年に建設に移行し、平成13年6月に補償基準の調印が行われている。まさに、巨大公共事業にありがちな半世紀に及ぶ建設の歴史がある。

 ダムの諸元だが、規模は@流域面積/湛水面積が707.9Ku/304haA総貯水容量有効貯水容量107500千m3/90000千m3、B堤高/堤頂長/堤体積が131m/336m/1600千m3といずれも巨大である。

 以下は八ツ場ダムのパンフレットにある説明写真である。川原湯温泉はダム本体の上流、写真では渓谷の左側にある。ダム湖ができると、以下の写真の点線内側全域が水没することになっている。

 水没するのは歴史的資産である川原湯温泉だけではない、信じられないことだが、現在のJR吾妻鉄道の軌道、国道145号線などの道路も水没する。


 出典:八ツ場ダム、国土交通省

◆群馬県内における八ツ場ダムの位置  出典:八ツ場ダム、国土交通省

◆小さく産んで大きく育てる!?

 八ツ場ダムの建設工事費は、最近になって大幅な増額案を発表した。これにより、当初2110億円だった建設費は、4600億円へと増額され、関連事業も含めると国民の総負担額は9000億円近くにも上るという。

 日本の公共事業は、「小さく産んで大きく育てる」のたとえの通り、最終予算が当初予算の数倍となることはざらである。おそらく一兆円を超す可能性もある。

 八ッ場ダムの課題だが、私は常々、公共事業や環境アセスメントについて、(1)必要性、(2)妥当性、(3)正当性 の3つを評価の基準としている。

 必要性は、社会経済的にみて本当に費用かどうかだ。仮に必要性がある場合でも、計画、事業に妥当性が問題となる。

 立地の妥当性、環境配慮の妥当性などである。

 そして正当性はいうまでもなく、情報公開や市民参加などの適正手続(Due Process)がしっかり行われているかである。

 まず、必要性だ。今の首都圏にこれほど巨大なダムをつくる必要性がどこにあるのか、が問われる。これは諫早湾干拓事業などでも同じだが、計画当初と現在とでは状況が一変しているからだ。

 八ツ場ダムからの導水は、地元群馬にはじまり茨城、千葉、埼玉、東京などに及ぶ。事業者である国土交通省関東地方建設局で、国直轄の公共事業だが、上記各自治体にも分担事業予算が割り振られている。


◆吾妻川流域のあちこちで進む土木工事

 そんなこともあり、地方自治法にある住民訴訟制度により現在、各自治体に対して首都圏の市民オンブズマンに参加する弁護士が住民訴訟(第四号訴訟)を提起している。周知のように住民訴訟は、税金などの公金の不正、不当を問う行政訴訟である。差し止め訴訟(第一号訴訟)から損害賠償請求(第四号訴訟)まである。

 その裁判にかかわっている知人の弁護士が非常に興味深い資料をくれた。

 それは東京都の水需要を数年にさかのぼり調べたものだ。その資料(グラフ)によると、東京都による将来水需要計画は絶えず右上がりとなっているが、実際の水重要は途中まで横ばい、現在は下降の一途をたどっていることが一目瞭然でわかる。

 東京都は10回以上、水需要の長期計画を策定しているが、いずれも右肩上がりの予測となっているが、現実の水重要実績は1960年代をのぞき、すべて予測値より大幅にしたまわっていることが分かる。


◆工事現場のなかにある国土交通省の広報センターやんば館にて

 次に妥当性だ。この地域は環境省や自治体のレッドデータブックに掲載されている植物、昆虫、野鳥などがたくさん生息している。また吾妻渓谷の自然景観は首都圏はもとより全国的規模でみてもすばらしい。さらに、川原湯温泉はじめ歴史文化的な遺産、資産が多数ある。猛禽類などの野鳥も生息し、営巣も多数確認されている。

 私は数年前、長野県の環境保全研究所の所長を兼務していた。環境保全研究所は旧公害衛生研究所と旧自然保護研究所を統合してできた研究所である。研究員らは80名近くいる自治体では最大規模の環境研究所である。

 旧自然保護研は環境省とは別に立派なレッドデータブックをつくっているが、よみ見てみたら、長野県にもいない貴重な生物、植物が吾妻渓谷にいることも分かった。たまたま群馬県以南の自治体が八ツ場ダムに関与しているが、もし長野県にダム本体があったなら、間違いなく私たちはこんな計画に、明確にノンをつきつけていただろう。

 環境影響面からみても生物、生態系、自然景観はが著しく破壊される。実際、すで建設工事により、生物、生態系、自然景観、地形、植生などは破壊されている。

 下の写真はこの8月9日に現地で撮影したものだが、すばらしい自然景観のなかに、巨大な橋桁が林立している。すぐ隣には、不動の滝といって、景観的にもすばらしい滝もある。


◆渓谷に忽然と立ち並ぶコンクリートの橋桁

◆上記の橋桁のすぐそばにある不動の滝。
 どうですか!すばらしいでしょ。

 また水没予定の国道145線やJR吾妻線の鉄道がダム計画により付け替えされることになっている。すでに以下の写真にあるようにトンネル、高架橋梁などの大規模土木工事が連日進められ、生物、生態系が著しく破壊されている。


◆山肌をくりぬき作られる巨大なトンネル群(道路用)

 長期にわたる工事による大気汚染、騒音、振動なども著しい。そもそも数ある土木系公共事業のうち、ダムほど環境に著しい影響をもたらす事業はない。驚いたのは、数kmにわたり現状の国道と鉄道の軌道を水没を理由に付け替えることだ。いずれもトンネル工事となる。工事費も膨大だ。

 そしてなによりもこの55年間、ダム建設計画に翻弄されつづけて地元の住民たちへの影響こそ甚大である。毎年現地に行くたびに、川原湯温泉にある小さな食堂に学生とどももおじゃまする。

 昼食を食べながら、ご主人とその55年間の翻弄の苦労についてお話しをしてもらい、学生に聞かせながらその上で議論する。昨年は何と1時間30分も議論した。

 今年も同じ食堂に入ったら、ご主人が「青山さんですよね」と覚えていてくれ、すごくうれしかった。工事に巨額な費用を湯水に使いながら、事業者である国土交通省は、水没する住民や温泉事業者らへの配慮は後回しという感を強くする。

 バブル絶頂期、ゼネコン始め土木関係者は50万社、600万人と言われた。国土交通省は、それら事業者にばかり顔を向け、実際に被害受ける人々や物言わぬ自然環境には至極冷淡である。なんでこれが「美しい国づくり」なのだろう!

 私はいまでもお隣の長野県の環境審議会や公共事業評価監視委員会の委員をしている。これは長野県でも同じだ。国の環境計画では、循環、共生、参加、国際をキーワードとしているが、共生はいうまでもなく自然と人間との共生であり、国土交通省と土建業者との共生ではない。

 毎年現場を訪れるたびに、何で今の日本、それも東京に近い首都圏で、こんな巨大な公共事業が自然と人間をなぎ倒し実施されているのか、大いに疑問を感ずる。
 
 ある女子学生が、「先生、このダム止めてくださいよ!」といった。

 止めるのは私ではなく、国民である。先の参議院議員選挙では、不要な土木系公共事業を永年強行してきた政権政党に、国民はノンを突きつけた。政治の流れを変えること、今それが問われている、と強く感じた。

 つづく