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日航機事故再解明の課題 5

墜落前後の時系列整理


青山貞一 Teiichi Aoyama *1,*2
池田こみち Komichi Ikeda *2
鷹取 敦 Atsushi Takatori *2
*1 東京都市大学名誉教授
*2
環境総合研究所(東京都目黒区)

August 12, 2015, August 12, 2016
独立系メディア
E-wave Tokyo
無断転載禁
課題 1  課題 2  課題 3  課題 4  課題 5

 
参考 日航機墜落事故後の時間経過と起きた内容

表4は、日航機墜落事故の時間経過と起きた内容である。

 この表は@米田憲司氏が作成した表に、A「墜落現場確認」、B生存者発見までの状況と経過「JAL123便 C日航機墜落事故の真相」、Dなんでも研究室 1985年のジャンボ機事故と放射性物質などにある記述を加え、さらに、ENHKスペシャル日航ジャンボ機事故:空白の16時間〜"墜落の夜"30年目の真実、放映美2015年7月30日の情報をもとに作成したものである。


表4  日航機墜落事故の時間経過と起きた内容 1985年(昭和60年)8月12日から13日
時 間 内    容
18時12分 JL(日航)123便、羽田を離陸
18時24分 「ドーン」というような音
18時24分 123便、スコーク7700(EMG=緊急遭難信号)発信
18時25分 空自峯岡山基地(千葉・丸山町)第44警戒群123便をレーダーで確認
18時25分 高浜雅己機長が東京航空交通管制部(東京ACC)にトラブル発生を告げる
18時30分 米空軍C130H輸送機 123便のEMG補足
18時30分 沖縄の米空軍嘉手納基地から横田基地に向かっていたC130ハーキュリーズ輸送機、123便のエマージェンシースコークをキャッチ。
18時51分 C-130で「横田基地が123便に緊急着陸の許可を出したのが聞こえた」
18時31分 日航オペレーションセンターに緊急連絡
18時35分 「R5ドアブロークン いまディセント(降下)しております」
18時55分 1985年8月12日19時05分、長野県川上村梓山の農婦から110番通報(臼田署)「18時55分頃、埼玉県方面から飛んできたセスナ機より大きな飛行機が、大きく旋回しながら、南相木村(長野県)と群馬県との県境付近に落ちたらしく、赤い閃光がして、その後、黒い煙が上がった」その他、梓山地区の多くの住人による目撃情報として「高天原山1978.6mの東を越えて(群馬県側に)飛んで行った」


長野県臼田警察への第一通報者、中嶋初女さん(川上村居住、67歳)の
畑から見た墜落現場方向と日航ジャンボジェット機
出典:NHKスペシャル日航ジャンボ機事故:空白の16時間〜"墜落の夜"30年目の真実


長野県臼田警察への第一通報者、中嶋初女さん(川上村居住、67歳)が
書かれた墜落後の高原天山の尾根に立ち上がった煙と火の手
出典:NHKスペシャル日航ジャンボ機事故:空白の16時間〜"墜落の夜"30年目の真実
18時56分 123便 御巣鷹の尾根に墜落
18時56分 123便は高度9700フィート(約2950メートル)、速度300ノット(約560キロ)の表示を残して、東京ACC(運輸省航空交通管制部)のレーダー画面から消える。(墜落推定時刻)
18時56分 墜落推定時刻
18時57分 (C-130の)「レーダーから消えた」
18時57分 峯岡山基地の吉田祥勝一尉123便消滅を中部航空方面隊司令部防衛部長の大中康生一佐を通じて松永貞昭司令官に伝達「北緯36度02分東経138度41分」
18時
57分頃
ほぼこの時刻、現在の長野県東御市にいたK氏が上空を長野県上野村から新潟方向に飛ぶ自衛隊のジェット機を目撃。東御市は、2004年4月1日 - 小県郡東部町・北佐久郡北御牧村が合併して発足している。2016年春、独立系メディア E-wave Tokyo によるKさんへの独占インタビュー実施。映像・音声確認
18時59分 羽田の航空機救難調整本部(RCC)123便消滅情報入手 自衛隊 警察 空自 海保 航空局に連絡
19時01分 大中一佐 松永空将の了解を得てスクランブル発進命令
19時01分 第305飛行隊、式地豊二尉をリーダーとするF4EJ、2機が発進
19時05分 1985年8月12日19時05分、長野県川上村梓山の農婦から110番通報(臼田署)「18時55分頃、埼玉県方面から飛んできたセスナ機より大きな飛行機が、大きく旋回しながら、南相木村(長野県)と群馬県との県境付近に落ちたらしく、赤い閃光がして、その後、黒い煙が上がった」その他、梓山地区の多くの住人による目撃情報として「高天原山1978.6mの東を越えて(群馬県側に)飛んで行った」
19時05分 空自百里F4Eファントム戦闘機2機(第305飛行隊=式地豊二尉ら)発進
19時13分 時事ファクス「東京発大阪行きの日航123便がレーダーから消えた」の至急報
19時13分 海上保安庁が米軍横田基地に確認した情報発表。「同基地の北西61キロ付近の山中で、同機らしい炎上がある。
19時15分 米空軍C130H輸送機 雲の下に煙を発見
19時15分 在日米軍C130ハーキュリーズ輸送機(アントヌッチ中尉搭乗)、雲の下に煙を発見。同機は、事故当時沖縄から横田に移動中で、伊豆上空を飛行中であった 。横田司令部の指示により、事故機の追跡(墜落現場の特定)に向かい、現場到着第1号機となる。
19時19分 C-130乗員が墜落現場発見。埼玉県・入間の航空自衛隊中央救難調整所(RCC)を経て、米軍輸送機C130からの連絡が、防衛庁空幕に入った。「1919(午後7時19分)、ラージ・ファイア。フロム・ヨコタ、305(度)、34(マイル)」、 航空自衛隊中央救難調整所(埼玉県入間市)を経て防衛庁空幕に伝わる 。
19時19分 米空軍C130H「ラージファイア フロム ヨコタ 305度34マイル」
19時20分 空自百里基地でV107ヘリとMU2S救難捜索機待機
19時21分 茨城県・百里基地を緊急発進していたF4ファントム戦闘機、2機が現場上空に到着した。やはり米軍機同様、タカンによる現場位置の報告をした。いずれも長野、群馬、埼玉の三県境付近(御巣鷹の尾根もここにある)で炎を確認したものであった。
19時21分 空自百里基地でF4E「横田タカン300度32マイル炎上中」
19時26分 NHKテレビが速報を流す。
19時30分 航空幕僚監部広報室にC130の情報が入る。横田から305度、34マイル
19時30分 航空自衛隊F4EJ戦闘機式地二尉からの報告「炎を確認、横田タカン(TACAN=戦術電波航法標識)から300度、32マイル」
19時30分 中村守雄陸上幕僚長 東部方面総監部(増岡鼎総監)に災害派遣要請
19時35分 長野県警警備二課に「日航機墜落事故対策連絡本部」設置
19時40分 C-130は発見から約20分上空600メートルで旋回し正確な位置を割り出し横田基地に連絡する
19時45分 運輸省航空局長室に「JAL123便対策本部」設置
19時45分 藤波官房長官が首相公邸に戻る。
19時45分 運輸省が「救難対策本部」、警察庁が「日航機事故総合対策本部」を設置
19時47分 中曽根康弘首相が軽井沢の静養先から公邸に着いた。
19時50分 長野県警 臼田署内に「日航機墜落事故対策本部」を設置。
19時50分 長野県警 北相木村役場内に「日航機墜落事故現地指揮本部」を設置。
19時50分 長野県警 警備二課内「日航機墜落事故対策連絡本部」を設置。
19時54分 自衛隊・百里基地救難隊のV107ヘリコプター(林璋三佐機長)が救難および位置特定を目的に離陸。

航空自衛隊・捜索/救難ヘリ 第一陣
出典:NHKスペシャル日航ジャンボ機事故:空白の16時間
   〜"墜落の夜"30年目の真実〜
19時58分 空自百里MU2S発進
20時00分 群馬県警が警備二課に「日本航空機行方不明事故対策室」を設置。
20時08分 長野県警に氏名不詳の人物「北相木村のぶどう峠付近に飛行機が落ちたらしい」と110番通報
20時16分 藤波官房長官が首相と事故の対応策について協議し政府対策本部の設置を決めた。
20時21分 長野県警臼田署のパトカーから「埼玉県と群馬県境あたり(峠から見て南東の方向)に黒煙が見える」と長野県警本部に報告があった。
20時21分 長野県警臼田署パトカー「ぶどう峠南東方向に黒煙が見える」と県警に報告
20時30分 米空軍C130H上空旋回 同陸軍UH1救難ヘリ(※厚木の海兵隊ヘリと見られていたが後日、米陸軍座間基地のヘリと判明)を誘導
20時30分 朝日ヘリ「ちよどり」羽田発進
20時30分 空自MU2S墜落現場到着(?) (21時03分着という情報もあり)
20時30分 このときまでC-130は上空を旋回
20時33分 是枝孝航空長(事務所長)航空自衛隊に災害派遣要請
20時33分 羽田空港の空港航務課に常設の「航空機救難調整本部」(本部長・是枝空港事務所長)から、航空自衛隊中部航空方面隊司令部(入間基地)に災害派遣を要請。
20時35分 藤波官房長官が政府対策本部の設置と第一回会合の開催を指示。
20時40分 日本航空が羽田のオペレーションセンター内に「対策本部」を設置。この頃、防衛庁内に対策本部が設けられた。
20時40分 中空司令松永空将 入間基地を非常招集30人先遣隊として出発
20時42分 空自百里V107「横田タカン299度35・5マイル」高度5500フィート
空自V107 米空軍C130Hや同陸軍UHIとコンタクト UH1と入れ替わり
20時42分 航空自衛隊・百里基地から捜策に向かったV−107ヘリが、現場上空から無線連絡。「150〜200メートルにわたって山腹炎上。位置は横田タカン(横田基地内の無線航空標識名)から299度、35・5マイル」と現場位置の測定結果を知らせて来た。
20時50分 米陸軍UHI 現場で降下準備
20時50分 C-130は海軍の救助隊のヘリの明かりを確認
21時00分 長野県警「群馬県側だ」と確信
21時00分 群馬県警 上野村の藤村輔二郎猟友会長に道案内を要請
21時05分
NHK
長野県警臼田警察署の内部資料を見たところ、21時05分に隣接する埼玉県警から「御座山」という情報がもたらされていたことが分かった。その30分後の21時35分に警察から、自衛隊に「御座山」と いう情報が伝えられていた。
  警 察  21:05 御座山
          ↓
  自衛隊  22:03 御座山
          ↓
  日航・報道機関 22:33 御座山
と間違った情報が伝わった。
21時05分 米陸軍UHI 乗員 ロープを巻きつけて降下開始
21時05分 横田基地司令部よりUHICと130Hに帰還命令
21時05分 ヘリは「煙と炎が濃過ぎて着陸できない」といってきた。

長野県警臼田警察署の内部資料 埼玉県警情報
出典:NHKスペシャル日航ジャンボ機事故:空白の16時間
    〜"墜落の夜"30年目の真実〜

出典:NHKスペシャル日航ジャンボ機事故:空白の16時間
    〜"墜落の夜"30年目の真実〜
21時06分 朝日「ちよどり」右斜め下に赤い火発見 前方に数機の飛行機・ヘリの衝突防止灯確認
21時06分 朝日新聞社の取材ヘリが現場の炎を確認。このとき炎の上で超低空飛行をしている捜索ヘリも見ている。これについては一九九五年になって米海兵隊救難チームのヘリであことが判明した。
21時10分 朝日「ちよどり」現場撮影
21時15分 日航現地派遣第1陣 羽田出発
21時20分 日航、搭乗者名簿(カタカナ)を発表。羽田につめかけた家族を羽田東急ホテルへ案内。
21時20分 司令部よりC-130及び海軍に帰還の命令が出る。
21時20分 横田司令部からC130Hに「日本の救難機が現場に向かっている」と連絡
21時20分 C-130の上空900メートル上空に日本の飛行機が旋回しているのを認めた。
21時25分 朝日「ちよどり」計測「羽田から304度方向60マイル群馬側」
21時25分 日航、藤野昇運送本部長を団長とする、社員、医師、看護婦ら計85人の救助隊が、バス3台で羽田を出発。中央高速道を西へ向かうがお盆の帰省ラッシュで、大渋滞に巻き込まれる。
21時30分 群馬県警が「日本航空機行方不明事故対策本部」を設置。
21時30分 読売ヘリ127号機 墜落現場撮影
21時30分 是枝空港長 東部方面総監部に災害派遣要請
21時30分 陸自第12偵察隊(相馬原)と第13普通科連隊情報小隊(松本・小川二尉)計14人出発
21時30分 空自先遣隊 熊谷基地から10人派遣
21時30分 陸上自衛隊に災害派遣出動要請が出る。12偵察隊、13連隊情報小隊が出動。航空自衛隊熊谷基地の地上部隊先遣隊10人もこの頃出発している。
21時35分 日航・渡会広報部長「事故は間違いありません」と認める
21時39分 埼玉・長野の両県警のパトカーが三国峠から西北西の方向に赤い炎を確認する。
21時39分 長野・埼玉両県警パトカー三国峠西北西で赤い煙発見
21時39分 群馬県警対策本部に「群馬・長野県境のぶどう峠で白煙があがっている」目撃談
21時39分 NHK−TV「御座山(おぐらやま)中腹で煙を見た」とぶどう峠からの目撃談を報道 同情報は 日航 県警 警察庁へ 現場の警察官らは御座山へ移動開始
21時39分 埼玉・長野の両県警のパトカーが三国峠から西北西の方向に赤い炎を確認する。
21時50分 空自百里MU2S現場写真撮影(後に報道関係に提供)
21時50分 NHKテレビは目撃証言として北相木村・御座山(おぐらやま)に落ちたと報道。他局も長野県佐久地方の山中と報道。
21時56分 空幕が運輸省運用課に峯岡山のレーダーから消滅した「北緯36度02分東経138度41分」の位置を「御座山北斜面」と連絡
21時59分 自衛隊空幕から運輸省運用課に現場の位置が「長野県北相木村御座山(おぐらやま)北斜面」との連絡が入り捜索隊の多くがこの方向に向かった。この位置は千葉県嶺岡山のレーダーから消えた位置(北緯36度02分、東経138度41分)であった。
22時03分 NHK−TV「御座山北斜面で炎上中」と報道
22時03分 航空自衛隊偵察機によると、長野県北相木村御座山北斜面で炎上中という情報が日航に入る
22時03分 日航が「御座山北斜面」を正式に発表
22時05分 朝日「ちよどり」羽田の格納庫で墜落地点の計測「三国山の北方5km群馬側」
22時30分 政府対策本部設置
22時30分 政府対策本部が設置される。本部長、山下運輸相。副本部長は二人の官房副長官と運輸省の政務、事務両次官。本部員に、内閣審議室長、厚生省社会局長、運輸省航空局長(代理)警察庁警備局長、総務庁交通安全対策室長、防衛庁防衛局長、自治省消防庁長官、科学技術庁原子力安全局長、国土庁防災局長
22時33分 JALが「御座山」を公式発表、その情報をNHKを含め各報道機関が発表 

出典:NHKスペシャル日航ジャンボ機事故:空白の16時間
    〜"墜落の夜"30年目の真実〜
22時40分 高木日航社長が、対策本部を出て羽田東急ホテルに入った。集まった家族たちの前で、高木社長は「まだ、はっきりした状況はわかりませんが、長野県警から『落ちた』という連絡を受けました。関係者の方には、ただただ申し訳ありません」と頭を下げた。
22時50分 朝日「ちよどり」羽田発進 再度現場へ
23時00分 政府第1回対策本部会議 現場はまだ未確定

出典:NHKスペシャル日航ジャンボ機事故:空白の16時間
    〜"墜落の夜"30年目の真実〜
23時00分 首相官邸で政府対策本部の第一回会合が開かれる。
23時30分 長野県警は御座山の捜索結果から「現場は群馬県内と判断している」との見解を正式発表する。
23時30分 長野県警「現場は群馬県内と判断している」と正式に発表 @御座山で残骸見つからずA臼田営林署員の菊原孝雄氏の「上野村のほうに飛んで行った」との報告 群馬県警は自衛隊情報の「北緯36度02分東経138度41分」を頼りに船坂山の「マムシ岳」付近を捜索開始
23時30分 陸自第13普通科連隊(松本)第12施設大体(相馬原)から1000人出発(指揮官 第12師団長・合原博見陸将)
23時30分 長野県警は御座山の捜索結果から「現場は群馬県内と判断している」との見解を正式発表する。
23時35分 朝日新聞社のヘリ「ちよどり」が二度目現場に着く。「はるか下方に自衛隊機と思われるヘリ一機。青と赤のライトが点滅している。」
23時35分 朝日「ちよどり」現場到着 下方に自衛隊らしきヘリ1機
23時45分 防衛庁に「御座山ではなく群馬県側の可能性」の情報が入る
0時00分 警視庁機動隊200人 埼玉県警機動隊222人が群馬県警に到着
0時05分 山下徳夫運輸大臣主宰の第1回日航機事故対策会議
0時05分 航空自衛隊のMU2救難機及び、V107ヘリコプターが再出動。
0時15分 朝日新聞社のヘリ「ちよどり」が引き返すことにする。二回目の計測をしたが一回目と変わらなかった。
0時15分 朝日「ちよどり」再度計測 1回目と同じ結果 群馬側確認
0時36分 空自入間V107(金子正博一尉)発進

航空自衛隊二機目のヘリ飛び立つ(入間から)
出典:NHKスペシャル日航ジャンボ機事故:空白の16時間
    〜"墜落の夜"30年目の真実〜
0時36分 V-107より「入間から291度、36・1マイル」と現場位置の測定結果の連絡が入る。このとき、この機は車のヘッドライトの連なりを「ぶどう峠」と誤認し、そこからの方位と距離を測定して基地に戻った。
1時00分 群馬県警 上野村役場に現地対策本部設置
1時00分 空自入間V107「入間タカン291度36・3マイル」と報告 ランディングライトで長野県警のパトカーを誘導 現場確認できず
1時00分 空自静浜115人基地出発
1時05分 羽田東急ホテルから家族300人が長野県へ出発
1時05分 日航、乗客の家族ら39人を、先発の日航救難隊が仮設した長野県小海町の現地連絡本部へ向けてバスで出発させる。以降2時15分発の6号車まで、計222人の家族らが羽田を発った。
1時15分 空自入間本隊548人基地出発
1時30分 陸自第13普通科連隊情報小隊(松本)陸自第12偵察隊(相馬原)北相木村に到着
1時30分 中空司令部 空幕運用課に未確認情報として「ぶどう峠から210度3マイル御座山南斜面から1km」と連絡
1時35分 日航第1陣 南相木村到着 北相木村に向かう
1時35分 V-107機が持ち帰った情報を分析し、空幕は「ぶどう峠から210度、3マイルの位置。つまり長野県南相木村御座山南斜面、頂上から1キロ」と発表。
2時00分 防衛庁が「長野県南相木村御座山南斜面、頂上から1キロ」の情報を流した。(ぶどう峠から210度、3マイル)
2時00分 空自熊谷本隊91人基地出発
2時15分 朝日最終版「群馬・長野県境で炎上」(各社協定で最終版を30分延長)
2時15分 読売最終版「御巣鷹山(群馬・長野県境)付近に墜落」の見出し
2時20分 防衛庁 在京社会部に電話で「御座山南斜面頂上から1km」と連絡
2時37分 陸自立川HU1 映像伝送装置付きで駐屯地発進 相馬原へ
3時10分 陸自 北相木村に指揮所開設
3時25分 陸自第13普通科連隊 第12戦車大隊および第12施設大隊北相木村到着 第12師団長・合原陸将「夜明けを待って行動開始」決定 陸幕了承
3時30分 空自先遣隊10人北相木村到着
3時40分 日航救難隊の一部が社用車で北相木村に到着。「日航現地対策本部を役場内に設置。救難隊本隊(バス3台)は待機していた野辺山駅を出発。
3時45分 NHK−TV「御座山南斜面」と報道
3時49分 陸自立川HU1相馬原発進
3時50分 空自入間先遣隊30人北相木村小学到着
3時54分 陸自立川HU1駐屯地発進
3時56分 空自入間V107基地発進
3時59分 陸自立川OH6駐屯地発進
4時30分 朝日「ちよどり」三たび羽田発進
4時39分 墜落地点の確認
4時39分 防衛庁発表「空自入間V107三国山西約3km扇平山北1km」と報告
4時39分 航空自衛隊救難ヘリKVー107が群馬県上野村の御巣鷹山近くの尾根に激突している日航機の残骸を発見。
4時50分 入間本隊548人北相木村役場到着
4時55分 陸自立川HU1「三国山北西約2kmで機体視認」と報告
4時58分 関東地方日の出
5時00分 陸自立川HU1現場を映像撮影(〜05時15分)
5時05分 東部航空方面隊第十二飛行隊のヘリ偵察によって遭難現場が確認される。
5時10分 防衛庁 陸自立川OH6の「御座山東約5km」との報告を発表
5時10分 朝日「ちよどり」現場到着 立川OH6と同時刻 約10機のヘリ飛行中
5時10分 V-107ヘリより「三国山西3キロ、扇平山北1キロ」と現場位置を通報。自衛隊立川基地からOH6型ヘリが現場を測定。「御座山東方約5キロ」と報告。すでに日の出を迎え、山々が判別出来るはずのこの時刻に至っても両機の報告は混乱していた。
5時30分 陸自第13普連 約300人北相木村から出発
5時30分 役場でテレビを見ていた群馬県上野村、黒沢村長と消防団員が民放テレビ局のヘリを使った現場中継画面から「同村、本谷林道の奥」と確信。同村役場内の群馬県警現地本部に通報。
5時33分 空自入間V107「三国峠の340度から3〜4kmで機体確認」と報告
5時37分 長野県警ヘリ「やまびこ」が「御巣鷹山南南東約2km県境から東方700m長野側に残骸なくすべて群馬県側」と報告
5時37分 長野県警のヘリ「やまびこ」が「御巣鷹山南南東約2キロ、県境から東方700メートルに機体散乱。現場は群馬県側」と通報。
5時40分 空自熊谷本隊91人北相木村役場到着
5時45分 陸自12師団発表「御座山東7km南4kmで白い尾翼発見12師団1000人出動」
5時50分 空自百里RF4E偵察機2機写真撮影で発進
6時15分 陸自立川HU1東部方面総監部に映像伝送
6時30分 東部方面総監部に画像届く 急勾配でリベリング(懸垂降下)以外なし 陸幕第1空挺団投入決定
6時30分 自衛隊習志野駐屯地の降下専門の第一空挺団の編成を開始。
6時40分 空自静浜115人北相木村小学校到着
7時00分 群馬県機動部隊40人上野村猟友会の案内で現場へ出発
7時10分 海上保安庁航空機で海上捜索
7時25分 空自 北相木村に指揮所開設
7時30分 警察庁から日航に遺体は群馬県側に降ろす 検視は上野村小学校で 遺体は藤岡市民体育館と指示(後に検視 遺体はすべて藤岡市民体育館に)
7時54分 習志野空挺団(重高昭教一佐)73人発進
7時55分 長野県警ヘリ「やまびこ」のレスキュー隊員2人現場下流2〜3km先に降下
8時35分 警視庁ヘリ「おおとり」上野村からレンジャー8人乗せ現場へ
8時36分 大阪空港から乗客家族ら536人を乗せた日航臨時便が羽田に着く。この日、バス25台、計1020人の家族と50人の日航社員を藤岡に運んだ。
8時49分 V107ヘリで第一空挺団73人が現場上空着。約1時間を要して全員リベリング(懸垂降下)。現場一番乗りを果たす。
8時49分 陸上自衛隊の救援部隊が初めて現場に下りた
9時25分 長野県警のレスキュー隊の2名ヘリ「やまびこ」より現場下2・3キロの地点に降下。水平尾翼の落下現場に到着する。
8時49分 習志野空挺団 現場でリベリング開始
9時00分 山下運輸大臣主宰の日航機事故第2回対策会議
9時25分 長野県警レスキュー2人水平尾翼落下地点に到着
9時30分 自衛隊空挺団、無線で陸幕に対し「降下地域、目下生存者なし」と伝える。
9時30分 習志野空挺団「降下地域 目下生存者なし」陸幕に報告
9時30分 上野村消防団の5分団救助隊も陸路より現場到着。
9時30分 上野村消防団(黒沢武士・第5分団長)現場到着
9時30分 陸自松本連隊14人現場到着(長野側から到着)
9時54分 習志野空挺団73人現場に降下
10時00分 政府第2回対策本部会議
10時15分 立命館大学・深井純一教授ら4人長野側から現場到着
10時15分 群馬県警機動隊現場到着
10時15分 群馬県警機動隊が上野村猟友会の案内で現場到着。本谷林道から7時過ぎに入山しているので、約3時間で着いた事になる。
10時20分 警視庁ヘリ「おおとり」のレンジャー部隊8人 現場で遺体捜索
10時40分 長野県警レスキュー2人スゲノ沢で上野村消防団5、6人と合流
10時40分 空自YS11現場上空で管制活動開始
10時45分 第12師団の第3次偵察部隊(関根貞夫二尉 小林幹夫一曹)第1次隊4人到着
10時54分 レスキュー 落合由美さんの動いている手を発見
10時54分 上野村消防団と長野県警レスキュー隊合流。「生存者発見」
11時00分 自衛隊相馬原第12偵察部隊の2名が本谷林道より入山、現地着(10時45分)。消防団と合流し上方の空挺団に生存者発見を通報。
11時03分 レスキュー 吉崎博子さん 美紀子ちゃん発見
11時05分 上野村消防団 猟友会 川上慶子さん発見
11時30分 フジテレビ、現場より生存者救出を生中継
11時30分 北相木村より日航現地本部を藤岡市および上野村前進基地へ移動。藤岡に9時48分対策本部を置いた。
12時30分 日赤の医師 看護師が現場到着 応急処置開始
13時29分 生存者4人のヘリ収容開始
13時29分 生存者4人の自衛隊ヘリのつり上げ収容が始まる。
14時08分 落合由美さん(26歳)、吉崎博子さん(35歳)藤岡着。
14時08分 落合さん 吉崎さん 上野村経由で藤岡市立第一小学校到着 多野総合病院へ
14時12分 川上さん 美紀子ちゃん 同経由で多野総合病院へ
14時12分 吉崎美紀子ちゃん(8歳)、川上慶子さん(12歳)も藤岡着4人共、多野総合病院へ収容。
15時21分 川上さん 国立高崎病院へ移送
15時21分 比較的「軽傷」の川上慶子さん 国立高崎病院に移送 
17時30分 陸自第12師団 北相木村から上野村に指揮所移転
18時00分 相模湾で試運転中の海自「まつゆき」「相模湾の居島灯標から246度8・1カイリで航空機の破片発見」
18時30分 現場対策本部 捜索中止
18時55分 海自「まつゆき」尾翼の破片回収
19時30分 政府第3回対策本部会議
20時28分 巡視船「あきづき」破片を館山湾内で引き取り
22時40分 「あきづき」横浜港到着


本特集はこれで終わり!