Boka Kotorska Bay, Montenegro

世界一美しいコトル湾を行く
Boka Kotorska Bay is the
Most Beautiful Bay in the World

@コトル湾沿岸の概要

Introdution

青山貞一・池田こみち
Teiichi Aoyama & Komichi Ikeda

2007.12.15 転載禁
その(1) その(2) その(3) その(4) その(5)

 日本人は地中海やエーゲ海沿岸諸国のことはよく知っている。しかし、ことアドリア海沿岸諸国となるとほとんど知らない。ヨーロッパの歴史をひもとくとき、アドリア海沿岸諸国の歴史はきわめて意味深いものがある。

 アドリア海には「都市国家」が多い。それだけをとってもこの地域が歴史上いかに要所であったかが分かる。アドリア海の沿岸都市で最も有名なのはアドリア海の北端、どん詰まりに位置するベネツィア(現在のイタリアの一部)である。ベネツィアは商業と海運、造船で力と富を蓄え、十字軍の遠征拠点にもなっている。ベニスは日本からの観光客数でも、おそらく最上位にあると思う。

 下の図は、1789年の中央ヨーロッパの勢力図である。アドリア海の都市国家、ベニス共和国、ドブロブニク共和国(=ラグーサ)、モンテネグロは、いずれもれっきした都市国家として地図にその名を記している。よくみれば、西は神聖ローマ帝国、北はハップスブルグ家、東はオスマントルコという巨大な帝国や国家と併存していることも分かる。

 とくにバルカン半島全体がオスマントルコに席巻されているなかで、モンテネグロやドブロブニク共和国(=ラグーサ)などの小国(都市国家)が堂々と独立を保っていたのには驚かされる。

 以下に示すように、欧州の歴史のなかでそれらの小国は数々の侵略により、時として独立が脅かされたり大国に従属させられることもあった。しかし、なぜ、かくも小国(都市国家)が欧州の歴史に名を記すことができたのかは研究に値することであろう。 


1789年のヨーロッパにおけるベニス、ドブロブニク(=ラグーサ)、モンテネグロ。
Source::Europe 1789-1914、Scribner Library of Modern Europe, Thomson、Gale

 以下は1815年のヨーロッパである。この時代は、アドリア海側を含むバルカン半島南部はオスマントルコに占有され、北部はオーストリア・ハンガリー二重帝国が支配した。この時代には、ラグーサ共和国(ドブロブニク共和国)、モンテネグロはいずれもオスマントルコの軍門に下ることになる。


1815年のヨーロッパ。
出典:Europe 1789-1914、Scribner Livrary of Modern Europe, Thomson、Gale

 さらに以下の地図は1914年のヨーロッパを示している。以下ではヴェニス共和国、ラグーサ(ドブロブニク共和国)はいずれもオーストリア・ハンガリー二重帝国の配下となっている。だがコトルを含むモンテネグロは国家として再興していることが分かる。


1914年のヨーロッパ。 
出典:Europe 1789-1914、Scribner Livrary of Modern Europe, Thomson、Gale

 以下は現在のアドリア海沿岸諸国地図である。ラグーサ共和国はドブロブニクと名を変えたがクロアチア共和国の一部としてアドリア海沿岸にキラリと光る都市として存在し、モンテネグロも2006年国家として独立した。これらの小国、都市国家は、ベネツィアのような軍事大国を目指さず、専守防衛のまちづくり進め、今日に至っている点で世界史的にも注目に値する。


現在のアドリア海と沿岸諸国地図
Source:Wikipedia English version

 私たちは、2006年3月からアドリア海沿岸の都市国家に現地調査を開始した。同年3年、アドリア海最大の都市国家であったイタリアのベネツィアを現地調査し、2007年3月には、欧州人に「アドリア海の真珠」と呼ばれるクロアチアのドブロブニク、さらに日本人には存在そのものもほとんど知られていないモンテネグロのヘルセグ・ノビ、ペラスト、コトルに都市国家に関する現地調査に出かけた。

■(参考)モンテネグロ関連地図集
Source:http://www.montenegromap.net/all-montenegro-maps.html


Source:http://www.sailmontenegro.com/images/sm_map_adriatic.jpg
 
 ヘルセグ・ノビは、下の図にあるコトル湾(Boka Kotorska Bay)の入り口に位置している。おそらく南フランスのニースや南イタリアのアマルフィに負けず劣らぬ秀逸な保養地である。

コトル湾沿岸主要地点の位置(ヘルセグノビ、パラスト、コトル等)
Source:http://www.montenegromap.net/montenegro_maps/boka_kotorska_map_big.JPG

■参考:コトル湾(Boka Kotorska Bay)沿岸地域地図
Source:
http://www.montenegromap.net/montenegro_maps/montenegro_coast_big.JPG

 以下の図は、モンテネグロのコトル湾沿岸地域の全体立体図である。図より分かるように、この地域は黒い山(=モンテネグロ)に囲まれたカルデラ湖のようになっており、地形、地質学的にみても非常に興味深い。


コトル湾沿岸三次元立体地図
出典:モンテネグロのアドリア沿岸地域大地図

Source:
http://www.montenegromap.net/montenegro_maps/montenegrocoast_map_big.JPG
     MontenegroMap.com

 以下は、2007年3月10日から14日の間に現地調査を行った主要地点図である。本現地調査はクロアチアのドブロブニクを主眼としていたが、コトルなどモンテネグロのコトル湾沿岸地域も対象としている。


コトル湾沿岸主要地名一覧
Original Source:http://www.sindcentar.cg.yu/location.html

 以下は2007年3月10日から14日の間に現地調査を行った地域及び通過地点に番号をつけたものである。以下のブログでは、@のように番号と対比して写真及び文を書いている。


コトル湾地域(Boka Kotorska Bay)全図
<主な凡例>
@、Aヘルセグノビ(Herceg Novi)、B、CDenovlcl、DBijela、EKamenarl(フェリー乗り場)、G古都ペラスト(Perast)、I,J:古都コトル(Kotor)、Lチバット空港(Tivat Airport)、M友人の別荘がある山頂、Nコトル湾入り口、Oアドリア海方面、P山岳地域、ボスニア・ヘルツェゴビナ方面

つづく