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2018年・東日本大震災
復旧実態調査(岩手県県編)

釜石市鵜住居沿岸域3

青山貞一・池田こみち 
環境総合研究所顧問
掲載:2019年6月20日 2020年3月11日第2次公開
 独立系メディア E-wave Tokyo
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釜石小白浜1  釜石小白浜2  釜石小白浜3  釜石小白浜4  釜石1
釜石2  釜石3  釜石湾口防潮堤1 釜石湾口防潮堤2  釜石湾口防潮堤3
釜石両石1 釜石両石2  釜石両石3 釜石鵜住居1 釜石鵜住居2 
釜石鵜住居3  釜石鵜住居4  釜石鵜住居5  補遺・宮沢賢治


◆釜石市鵜住居沿岸域3



出典:東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に
関する専門調査会配付資料

■釜石市鵜住居町における過去の津波被害

 釜石市鵜住居町では、明治三陸津波(1896)で波高6.7mの津波が押し寄せ死者1045人(鵜住居村) 、流失倒壊戸数が227戸(同上)に及んだ。 また昭和三陸津波(1933) では波高5.5mの津波が押し寄せ2名が死亡、流失倒壊戸数91戸となった。

 なお、「全村が29、8年と再度の津浪で殆ど流出したやうな、被害甚大な村にあっては、災害は悲惨を極めただけに、村人が協力して移動復興を遂げたのが多い。」また「144戸中被害を免れたものはただ2戸のみ、總人口の九割に近い殆んどが死亡したのであるが、高地に移らうと言ひ出した人もなく、當局の方でも特に移動に就いて注意もされなかったと言ふ。實は移動すべき適地もない程の谷底の灣頭に占拠した準漁村であったので、當局の補助金並びに義損金の一部を當ててバラックを建て、それが漸次木屋に改造されていって、何時か原位置に、略略災害以前の様な形の聚落が再興し、再び八年の災害に遭ったことになる。」という記録がある。


 以下は過去の鵜住居地区調査時に撮影した動画である。

 2011年11月20日日曜日、私たちは前回の岩手県現地調査では瓦礫処理の作業中で現地への立ち入りが禁止されていた地域に入ることができた。

 下の動画は、大槌町から国道45号線で釜石市に入った鵜住居地区(うのすまい)である。第一次調査で詳細を報じたように、この地域は大槌湾から河川沿いに津波が遡上し、壊滅的な被害を受けている。


 
今回、瓦礫が撤去されるなど復旧作業は第一次調査時より進んでいるものの、まちの復興は依然として進んでいなかった。


大槌町から国道45号線で釜石市に入った鵜住居地区
動画撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2011.11.20


 下は、釜石市の鵜住居地区から同じく釜石市の両石地区に向かう途中で撮影した動画である。


国道45号線で釜石市の鵜住居地区から両石地区に

動画撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2011.11.20


 




 以下は2011年8月現地調査時に遠野市から鵜住居を経由して大槌街に行く途中に撮影した写真である。


遠野市から鵜住居を経由して大槌に向かう途中に撮影
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8



遠野市から鵜住居を経由して大槌に向かう途中に撮影
撮影:池田こみち Nikon Coolpix



遠野市から鵜住居を経由して大槌に向かう途中に撮影
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8



遠野市から鵜住居を経由して大槌に向かう途中に撮影
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8



遠野市から鵜住居を経由して大槌に向かう途中に撮影
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8



遠野市から鵜住居を経由して大槌に向かう途中に撮影
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


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つづく