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がん診断と自殺リスク


鷹取敦

掲載月日:2014年4月24日
 独立系メディア E−wave
無断転載禁

医療

 2014年4月22日、国立がん研究センターが「がんの診断と自殺および他の外因死との関連について」論文発表を行った。下記のURLが論文発表のお知らせと、論文の概要版である。

◆国立がん研究センター がん予防・検診研究センター 予防研究グループ
 がんの診断と自殺および他の外因死との関連について
 JPHC研究からの論文発表のお知らせ

 http://epi.ncc.go.jp/jphc/732/3400.html

◆国立がん研究センター がん予防・検診研究センター 予防研究グループ
 がんの診断と自殺および他の外因死との関連について・概要版

 http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/3399.html

 この論文は「がん診断から1年以内は自殺のリスクが高い」こと、「がん診断から1年以内は心理的ストレスなどが最も強い期間」であること、診断から1年以上たつと自殺リスクが「罹患無し」に近いレベルに低下していることを示している。

 つまりがんであると診断されることによりストレスが大きく高まり、そのストレスを要因として自殺が増えるということである。がんそのものにもリスクがあるが、診断ストレスも大きなリスク要因である、ということになる。

 上記の「概要版」のページに掲載されている図1※1(下に引用)をみると、多変量調整相対リスクは罹患なし1.0に対して、自殺リスクは診断1年以内 23.9、1年以上1.1、他の外因死※2リスクは診断1年以内 18.8、1年以上 1.2である。


出典:国立がん研究センター がん予防・検診研究センター 予防研究グループ
 がんの診断と自殺および他の外因死との関連について・概要版
 http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/3399.html
※1 図1のグラフをみると統計の不確実性の幅を示すバーがついている。このバーの幅をみても診断1年以内はあきらかに増加、診断1年以上は罹患なしと同程度であることが分かる。リスクの比較をする際には不確実性の幅を示すことが必要である。ちなみに、福島県内で行われている甲状腺検査の結果も単純に人数を比較するのではなく、統計的な不確実性を考慮した比較が必要だが、国の発表している資料にはそのような配慮がないため、誤解されやすいものとなっている。

※2 外因死には不慮の事故や、死因が自殺であるかどうかの判断が極めて難しいケースが見受けられ、自殺と同様に様々な心理社会的要因との関連が示唆されている、と概要版で説明されている。
 下記はこの論文発表について共同通信が配信した記事を日経新聞が掲載したものである。

◆日経新聞・がん診断後、自殺・事故死の危険20倍に 1年以内の患者
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2204P_T20C14A4CR0000/
2014/4/23 10:19

 がんと診断されて1年以内の患者が自殺や事故で死亡する危険性は、がん患者以外と比べて約20倍になるとの研究結果を国立がん研究センターなどのチームが23日までにまとめた。診断が原因の心理的ストレスのほか、病気や治療による生活の変化、体力や注意力の低下などが影響していると考えられるという。

 研究に参加した国立精神・神経医療研究センターの山内貴史研究員は「自殺や事故死は防げる死と考え、危険性の高い時期は、患者の支援を充実させることが必要だ」と話している。

 チームは、1990年代に全国9府県に住んでいた40〜69歳の約10万3千人を2010年まで追跡調査し、解析した。期間中に約1万1千人ががんと診断され、1年以内に13人が自殺、16人が事故で死亡した。

 診断から1年以内の人は、がんではない人に比べ、自殺の危険性が23.9倍になった。また、交通事故や高い所からの落下、溺れたなど、自殺かどうかは分からない事故での死亡が18.8倍になった。一方、診断から1年以上たった人の場合は、がんでない人と差がなかった。〔共同〕

 がんの診断により自殺リスクが高まったとしても、がんの進行によるリスクの方が大きく、治療によりそのリスクが改善されるのであれば、診断して治療した方が全体的なリスクが低下するので診断すべき、ということになる。一方、検査をしてもしなくても、がん死のリスクが変わらないのであれば、診断することにより、自殺するリスクを高めるだけなので、がん診断のための検査はしない方がよいということになる。

 診断により上がる自殺リスクと、診断によって下がるがん死リスクは、一方を下げれば、もう一方が上がる関係にある。これを「トレードオフ」という。リスクの低下を目指す場合には、トレードオフの関係にあるものを認識しないと、全体としてのリスクが却って高くなり、生命や健康に対するリスクが大きくなるおそれがあること認識するべきである。

 ところで、がんの種類によって、診断、治療後することによりリスク(生存率)が低下するかどうか大きな違いが見られる。下記のデータはこの点について考える際の参考となる。

◆全がん協 部位別 臨床病期別 5年相対生存率(2001〜2003年手術例)
 日本で用いられているがんの進展度(ステージ)W
http://www.gunma-cc.jp/sarukihan/seizonritu/seizonritu2003c.html

 以下は、上記からIとWの生存率を抜粋し、ステージWにおける生存率が高い順に並び替えたものである。

部位別 臨床病期別 5年相対生存率(抜粋)単位:%
ステージT ステージW
甲状腺癌 100.0 80.4
前立腺癌 100.0 66.7
咽頭癌 94.8 47.9
乳癌(女) 99.0 43.5
膀胱癌 93.1 34.3
卵巣癌 89.0 31.4
子宮体癌 95.6 30.3
腎臓癌など 98.5 29.7
乳癌(男) 97.4 27.5
食道癌 81.5 22.6
肝臓癌 70.3 19.9
子宮頸癌 93.6 18.2
大腸癌 99.2 17.9
胃がん 98.1 14.3
肺癌 83.5 11.6
胆嚢胆道癌 67.3 4.8
膵臓癌 40.7 3.7

 リストの下の方にあるがん、特に、ステージTに対して、ステージWの5年生存率が低いものは、進行してしまうと助からない可能性が高まるから、早期発見、早期治療が重要ということになる。一方、リストの上の方にあるがん、たとえば甲状腺がんは生存率が高いため、早期発見によって必ずしもリスクが下がらず、かえって自殺等のリスクが上がってしまう可能性(トレードオフ)について考慮する必要がある。

 福島県では、福島第一原発事故の後、子供のほぼ全数について甲状腺検査が行われている。2013年度までに1順目の検査がほぼ終了し、これから2巡目の検査が始まる段階である。1巡目の検査で、2013年12月31日現在75例の「悪性ないし悪性の疑い」が発見され、34例について手術が行われている。

 これらが福島第一原発事故により放出された放射性ヨウ素131によるものかどうかについては、統計的な不確実性も考慮した上で検討する必要があるが、この点については別の機会に検討したい。

 甲状腺がんのリスクは下記に述べられているように、一般に進行が遅く、末期に近いステージWでも5年生存率は80.4%と高い。従って、甲状腺癌などの場合には、検査による不利益(がん診断による自殺リスクを含む)について配慮が必要となる。また検査で見つかった場合でも、手術のリスクとがんのリスクを比較して、定期的な検査による経過観察とした方がリスクが小さいということにもなり得る。

◆青山貞一・甲状腺(ホルモン)システムと甲状腺がんについて
http://eritokyo.jp/independent/aoyama-col53888.htm

 福島県で行われている子供の甲状腺検査は、当事者である子供の生命・健康のために行われるべきである。当事者にとっての検査の利益と不利益、手術の利益と不利益のトレードオフを考慮すると、希望するしないに関わらず全員検査をするべきかどうか、比較のために他県で大規模な調査を行うべきかどうか、その是非について議論があるのは、今回、国立がん研究センターが公表した診断による自殺リスクに象徴されるようなトレードオフが存在するからである。

 福島第一原発事故以降、子供の甲状腺がんのリスクについて強調される傾向があるが、甲状腺がんの特徴を正しく伝えず、がんのリスクばかりを伝えることによって、当事者である子供達の生命・健康リスクを高めてしまうおそれがあることに注意しなければならない、ということを今回のがんセンターの調査は示唆している。