東通村の漁業と原発開発の歴史 池田こみち 環境総合研究所(東京都目黒区) 掲載日:2014年5月26日 独立系メディア E-wave Tokyo 無断転載禁 |
東北電力東通原子力発電所の位置 出典:グーグルマップ 現在、東通村には、東北電力による東通原子力発電所(1号機停止中、2号機計画中)と東京電力による東通原子量発電所(1号機建設中、2号機計画中)と合計4機の原子炉が名目上存在している。 その歴史は古く、青森県が当時の通産省の委託を受けて、東通村内の原野を対象に原発立地調査を開始したのは昭和39年、今から半世紀前のことである。東通村での原発開発は当初から東北電力と東京電力が一体となって進めてきた。 ここでは、現在4機中完成しているのは東北電力の1号炉のみであるが、この間に村内の漁協との間でどのような漁業補償交渉が行われてきたのかについてスポットを当て、原発開発の経過を追ってみた。この交渉の過程で、漁業、なかんずく漁港や漁業協同組合、そして個人個人の組合員の生活がどのように変化していくことになったのか、を考えると複雑な気持ちになる。 まず、東通村は、北は津軽海峡、東は太平洋に面し、長い海岸線を有している。そこには、8つの港湾に漁業協同組合(略して漁協と言う)と1つの内水面漁協が存在している。加えて、隣接する六ヶ所村の最北端に位置する泊漁協も漁業補償交渉の対象となっていた。 各漁協の位置及び組合員数、主要魚種について、青森県漁業協同組合連合会(県漁連)のWebサイトから以下にとりまとめた。 <<東通村の漁港と漁協:北〜南へ>> A〜Gは 地図上の位置 出典:グーグルマップ ●尻屋漁港(尻屋漁協)..B(漁業補償対象外) 組合員73名で、釣り、採介藻、定置網が中心です。 主要魚種はマイカ、 コンブ、サケ、 タコ、フノリなどです。以前はアワビが多く獲れましたが、 資源が激減し、取扱量も大幅に減少しました。 外来船の水揚げもあります。 ●野牛漁港(野牛漁協)..A(漁業補償対象外) 組合員177名で、釣り、定置網、篭が中心です。 主要魚種はマイカ、サケ、 タコ、カレイ類ですが、自営の桁網漁によるホタテの採捕量も多くなっています。 ホームページを開設していますが、ネット上でホタテの販売もしています。 ●石持漁港(石持漁協)(漁業補償対象外) 組合員85名で、定置網、採介藻、刺網を中心としますが、自営で桁網漁も行い ます。主要魚種はサケ、ヒラメ、コンブ、タコ等ですが、桁網では主にホタテを採 捕します。 ●岩屋漁港(岩屋漁協)..C(漁業補償対象外) 組合員82名で、釣り、定置網、篭が中心です。 主要魚種はマイカ、サケ、タコ などです。活魚の取扱も多くなっています。 ●尻労漁港(尻労漁協)..D 組合員135名で、定置網、釣りが中心です。主要魚種はサケ、マイカ、ヒラメ、 ブリ類、マグロなどです。大型定置の経営体3者の水揚げが多く、それぞれ 東京などの中央市場にも名前を知られています。 ●小田野沢漁港(小田野沢漁協)..F 組合員243名で、定置網、採介藻が中心です。 主要魚種はサケ、ヒラメ、コンブ、 メバルなどです。自営事業としてウニ、アワビなどを潜水により採取しています。 小田野沢漁協事務所 http://www.amgyoren.or.jp/member/shimokita/detail.php?no=44 ●白糠漁港(白糠漁協)..E 組合員654名で、釣り、定置網、棒受網が中心です。 主要魚種はマイカ、サケ、 コウナゴ、マス、カレイ類、ヒラメなどですが、コンブ、コウナゴなどを乾燥・加工 した水産製品も取扱っています。 白糠漁協事務所 http://www.amgyoren.or.jp/member/shimokita/detail.php?no=45 ●老部川内水面漁業協同組合...G 組合員数221名。当漁協では、老部川に漁業権を有し、サケ、サクラマス、ヤマメ を増殖するため、これらのふ化放流を行っている。(中略)長年サクラマスのふ化 や幼魚放流に取り組んで来た功績により、平成19年度に「青森県水産大賞」を受 賞した。 出典:自河川卵の増大でサケ資源を増大−東通村 老部川内水面漁業協同組合− http://www.applenet.jp/~simokita-nousui/kannnaijirei/jirei094.pdf ●猿ヶ森漁協(県道248号沿い) 組合員39名で、定置網が中心です。 主要魚種はサケ、ヒラメ、マスなどですが、 ほとんどが近隣の他港に水揚げされます。自営事業としてウニ・アワビの潜水獲 りもしています。 ●泊漁協(六ヶ所村) 組合員842名で、釣り、定置網、棒受網、採介藻が中心です。 主要魚種はマイカ、 コウナゴ、サケ、ヒラメ、カレイ類、ヤリイカなどですが、コンブ、コウナゴなどの水産 製品も取扱っています。自営事業でアワビの採捕・販売もしています。 出典:青森県漁連Webサイト http://www.amgyoren.or.jp/index.php 原発立地調査を終え、用地取得がほぼ完了したのが10年後の昭和48年暮れであるがそこから東北・東京両電力は、立地に向けて法的・行政的な手続きを進め、さらに10年後の昭和57年の春、東通村原発の影響を受けることになる主要漁協に対して漁業補償交渉を開始する。その時の交渉対象漁協は、白糠、小田野沢、老部川内水面、尻労、猿ヶ森、泊の各漁協であり、各漁協はすぐに交渉申し入れを受諾し対策委員会を設置する。 両電力は、まず主要漁協である白糠・小田野沢漁協への交渉を申し入れ、翌年の昭和58年には交渉を開始する。交渉の途中で双方当事者は漁業補償額について県知事の斡旋・仲介を要請し、知事がそれに応え、数回の提示額の見直し(上乗せ)を経て最終的に平成4年6月に知事斡旋額で合意し、協定を締結した。この間、8年が経過していた。この妥結を契機とし、両漁協は次々と他の漁協とも漁業補償交渉を開始し、数回の提示額の見直しを経て妥結し協定締結へと進んでいく。 詳細な経過は以下の年表を参照していただくが、最終的にどのような額で決着したかというと、平成7年までに概ね関係する漁協との交渉は成立するが、その後、各電力の出力変更等に伴い、追加的な補償が必要となり、それぞれの漁協と追加補償の交渉を始める。最終的な漁業補償額は以下の通り、白糠・小田野沢両漁協に対して提供された二つの基金を加えて304億3600万円となる。 最後となった六ヶ所村の泊漁協との追加漁業補償額の交渉が終わったのは平成20年5月である。 当初額 追加額 合計補償額 白糠・小田野沢両漁協 @漁業補償額 130億円 + 70億円 = 200億円 A漁業振興基金 40億円 → 40億円 B村の磯資源等倍増基金 10億円 → 10億円 尻労・猿ヶ森両漁協 4億1500万円 + 12億円 = 16億1500万円 老部川内水面漁協 1億6200万円 + 1500万円 = 1億7700万円 泊漁協 15億6400万円 + 5億円 = 20億円 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 合計(基金を含め) 201億4100万円 +87億1500万円 = 288億5600万円 昭和58年に白糠・小田野沢漁協と漁業補償交渉を開始してから実に30年の歳月が流れていた。これら漁業補償対象となった漁協の組合員数は約2100名ほどと推定される。各組合員への補償金の支払い状況などについては、明らかになっていないが、単純平均しても1組合員あたり1000万円程度の補償を受けたこととなる。 漁業権の補償を得たからと言って漁業を廃業するわけではなく、ましてや現時点で4機中1機しか完成しておらず、3.11以降はそれも稼働停止中、他の3機の計画や工事も停止したままの状態が続いているので、具体的に漁業への影響がどの程度であるかは不明だが、ほぼ50年にわたり、漁業組合や組合員を翻弄してきたことは間違いない。 改めて、すべての原発が海岸地域に立地している我が国の原発の直面する地域産業との整合の難しさを感じざるを得ない。 −−−−東通村原子力発電所の主な経緯 より抜粋 出典:青森県資料 http://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/energy/g-richi/files/siryou1.pdf 昭和39年10月 青森県は、国(通産省)の委託を受け、東通村前坂下原野を 対象に原発立地調査を実施 昭和40年5月 東通村議会 原発誘致を決議 昭和48年12月 東北・東京両電力、県に委託し、用地取得ほぼ完了 昭和56年 4月 東北・東京両電力 昭和56年度電力施設計画概要を発表 同 9月 総合エネルギー対策推進閣僚会議 下北夏至力発電所1号機を 要対策重要電源に追加指定 同 12月 東北・東京両電力 第一次開発計画の概要を発表 昭和57年4月 東北・東京両電力 名称を東通原子力発電所に改称 同 5月 東北・東京両電力 関係6漁協に漁業補償交渉を申し入れ 関係6漁協:白糠、小田野沢、老部川内水面、尻労、猿ヶ森、泊 〜58年6月 関係6漁協 漁業交渉申し入れを受諾 原発対策委員会を設置 昭和58年8月 東北・東京両電力 白糠・小田野沢両漁協対策委員会と漁業補償 交渉開始 59年8月 電力側と漁協側双方が県知事に漁業補償交渉の斡旋を要請、 知事が受諾 同 9月 知事、斡旋額を提示 同 11月 小田野沢漁協 臨時総会で建設同意・知事斡旋額の受諾を決定 昭和60年2月 白糠漁協 臨時総会で建設同意・知事斡旋額を否決 平成2年12月 白糠漁協 県に対し斡旋額見直しを要請/両電力も知事に斡旋額 見直しを要請 平成3年1月 小田野沢漁協 臨時総会で知事斡旋額見直しの受入及び東通原発 対策委員会を設置 同 1月 県 白糠・小田野沢両漁協と両電力に対し、59年知事斡旋額の見直し を表明 平成4年6月 県 知事斡旋額を提示(合計180億円) @漁業補償額 130億円 A漁業振興基金 40億円 B村の磯資源等倍増基金 10億円 同 8月 白糠漁協 臨時総会で建設同意、知事斡旋額の受諾を決定 小田野沢漁協 臨時総会で建設同意、知事斡旋額の受諾等を決定 両者(漁協と電力)東通村村長立ち会いのもと、漁業補償協定を締結 同 10月 両電力 周辺漁協に対し、漁業補償交渉再開を申し入れ 周辺漁協:泊、尻労、猿ヶ森、老部川内水面 平成5年3月 両電力 尻労・猿ヶ森両漁協合同原発対策委員会に対し漁業補償額 を提示 3億1900万円 5月 両電力 尻労・猿ヶ森両漁協共同原発対策委員会に対し漁業補償額を 最終提示 4億1500万円 6月 尻労、猿ヶ森両漁協 最終提示額を満場一致で受諾 小田野沢漁協 臨時総会で尻労・猿ヶ森共同漁業権内の入漁権に 対する漁業補償額の受諾等を満場一致で受諾 7月 両電力及び尻労・猿ヶ森・小田野沢の3漁協、東通村村長立ち会いの 下、漁業補償協定を締結 8月 両電力 老部川内水面漁業補償交渉委員会に漁業補償額を提示 1億3700万円 9月 上記補償額を見直し、最終提示 1億6200万円 10月 老部川内水面漁協 建設同意及び漁業補償額を受諾 11月 両者 東通村村長立ち会いの下、漁業補償協定を締結 両電力 泊漁協漁業補償交渉委員会に対し、補償額を提示 8億7900万円 12月 上記補償額を見直し、再提示 9億8100万円 平成6年10月 泊漁協漁業補償交渉委員会 六ヶ所村村長に仲介要請。 村長これを受諾 12月 両電力 六ヶ所村村長の仲介を受け、再度、泊漁協に補償額を 提示 15億6400万円 平成7年1月 泊漁協 臨時総会で賛成多数で提示額の受諾を可決、両電力との 間で漁業補償協定を締結 −−ここまでで関係6漁協との漁業補償協定はすべて締結されるが、その後出力 変更に伴う追加補償交渉へと進む。 平成11年7月 両電力 東北電力1号機を除く3基について、出力変更に伴う 追加漁業補償交渉を東通村内5漁協に申し入れ 平成12年5月 両電力 泊漁協に対し、出力変更及び追加漁業補償交渉を申し入れ 同 7月 泊漁協 追加漁業補償交渉の申し入れを受諾、交渉委員会を設置 平成13年10月 両電力 白糠、小田野沢両漁協交渉委員会に追加漁業補償につい て説明 同 12月 両電力 両漁協に追加漁業補償額を提示(37億2000万円) 平成14年4月 両電力 両漁協に追加漁業補償額を提示(48億円) 同 11月 両電力 両漁協に追加漁業補償額を提示(55億円) 平成15年3月 両漁協 東通村村長に仲介を要請、村長これを受諾 同 3月 村長 両漁協交渉委員会に対し、仲介額を提示(70億円) 同 4月 両漁協 臨時総会で仲介額の受諾を可決 同 5月 両電力 村長立ち会いのもと 両漁協と漁業補償協定を締結 同 10月 両電力 尻労・猿ヶ森両漁協交渉委員会に対し、追加漁業補償額を 提示(5億3000万円) 平成16年7月 両電力 上記提示額を見直し、両漁協交渉委員会に追加漁業補償 額を提示(10億円) 同 12月 東通村村長 尻労・猿ヶ森・小田野沢の3漁協交渉委員会に対し、 仲介額を提示(12億) 平成17年1月 尻労・鈴ヶ森両漁協は臨時総会で村長の仲介額の受諾を可決、 小田野沢漁協も可決 村長立ち会いの下 両電力と3漁協は漁業補償協定を締結 同 1月 東北電力1号機 初臨界 同 3月 東北電力1号機 発電開始 同 9月 両電力 老部川内水面漁協交渉委員会に追加漁業補償額を提示 (700万円) 同 12月 老部川内水面漁協 臨時総会で村長の仲介を要請? 同 12月 村長 老部川内水面漁協に仲介額を提示(1500万円) 平成18年1月 両電力、老部川内水面漁協は村長立ち会いの下、追加漁業補償 協定を締結 同 9月 両電力 泊漁協交渉委員会に対し、追加漁業補償額を提示 (4億4000万円) 平成20年3月 泊漁協 六ヶ所村村長に変更漁業補償の仲介を依頼 同 5月 泊漁協 村長の仲介額受入を決定 村長立ち会いの下、変更漁業 補償協定を締結(20億8000万円) |