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日本変革のブループリント





第一章 官僚主義を脱して(8)


佐藤清文
Seibun Satow

掲載日:2007年1月元旦


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すべて執筆者である佐藤清文氏にあります。



全体目次



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 コモンズによる新たな公共性の形成


 言うまでもなく、伝統的な入会地をそのまま復活させることには無理があります。

 現代ドイツ最高の哲学者と賞賛されるユルゲン・ハーバーマスは、各種著作の中で、新たな公共性の形成には新しいコミュニケーションが不可欠だと指摘しています。

 情報革命を通じ、今まさにワールド・ワイドなコミュニケーション網が浸透しています。

 こうした社会的・時代的背景を踏まえ、新しいコモンズは開かれた入会地でなければならないのです。

 活用すべきなのは制度以上に、むしろ、その知恵の方です。

 「二十一世紀において、社会的共通資本の持続的な利用と、そこから生み出されるサービスの最適な配分とを実現するために、最も適した社会の仕組みやその行動原則を模索するとき、『コモンズの考え方』を今日的な社会のあり方のなかで再構成することは重要な意味をもつのではないだろうか。」

                 
『未来への提言』


 コモンズは新しい公共性に基づく開かれたコミュニティです。


 すでにこうしたコモンズの実践は日本でも始まっています。札幌市では、有明の森・常盤の森・西野の森等で新しい入会地が取り組まれています。

 また、長野県でも、
CW・ニコル「アファンの森財団」代表は1984年に地元の放置林を購入し、「アファンの森」と名付け、地元の人と協力して、野生動物の棲める森の再生活動を続けています。

 かつてのメンバーシップ制に代わり、これらの森は所有・管理・利用が重層的・複合的です。

 コモンズの可能性はこうした森の保全活動に限定されません。コモンズは、国家と異なり、規模が小さいために、全体を見渡すことが容易です。

 コミュニティに関わる産業連関が把握でき、真の需要に基づく供給の提供が可能であり、決断も修正も素早くできます。

 鯨と同じ大きさの鰯の群れでは、
Uターンするのは後者の方がはるかに迅速です。住民の政治に対する大きな不満に、不透明な意思決定のプロセスがあります。

 国家はあまりに巨大で、一般の人々はなかなか意思決定に参加できません。官僚や利益団体の意向によって、政策が決定され、頭越しに決められていると憤りや諦めが蔓延します。

 規模の小さいコモンズであれば、住民が意思決定に関与できますから、不平というものは非常に少なくなります。また、現代人は数多くの社会的ジレンマに囲まれて生きています。

 コモンズであれば、そのジレンマへの対処がよりシンプルになります。コモンズの可能性は極めて大きいのです。国家はこういったコモンズの補完機構となるべきです。


 「小さな政府」ではなく、「小さな国家」を目指さなければなりません。真の自律に向け、行政に集中していた機能をコモンズへと戻すのです。

 言うまでもなく、今日の社会では相互依存・相互浸透が進んでいますから、フリードリヒ・フォン・シラーが『素朴文学と感傷文学について』で言及している通り、「素朴」な時代のような自律はありえません。

 小日本主義者が望むのは相互作用する諸コモンズが連合した「小さな国家」です。


 コモンズは世界的なコミュニケーション・ネットワークの中に置かれています。

 直接的に関係する人数の少なさをこのネットワークによって補うことができます。国内に限定することなく、世界規模で有名無名を問わずに発信されるアイデアや情報を参考にできるのです。

 すでに実行されて、成果を挙げたものもあれば、失敗したものもあるでしょう。

 それらを検討し、コモンズの実情に即して、修正した上で採用する方が効率的であるだけでなく、規制をちらつかせる官を説得しやすいものです。

 コモンズを生かすには、情報の検索・活用・発信の能力を発揮すればよいのです。

 それを通じて、元々の発案したコモンズにも刺激を与え、各コモンズが相互作用し、さらなる可能性を見出して、実現化していくことは間違いありません。コモンズは世界と共にあるのです。


 企業もこうしたコモンズを尊重する傾向を強めています。

 かつて企業城下町と呼ばれる大手の製造業の工場を抱える地域が日本各地に多くみられました。

 けれども、企業業績が悪化すると、工場は撤退し、その町は活気がなくなり、寂れていきました。企業も町も相互にただ依存し合っていただけだったのです。

 企業あっての町でしかなく、企業も町の文化や環境に寄与しようとはしません。

 一方、福原義春資生堂名誉会長は、『文化資本の経営』
(1999年)において、

「経済資本、経済生産。経済市場」という単一の経済システムに従っているだけでは企業は生き残れず、「文化資本、文化生産、文化市場」と「環境資本、環境生産、環境市場」の三領域を総合的に考えなくてはならない。」

と言っています。

 銀座あっての資生堂であって、その逆ではないのです。資生堂は銀座の文化や環境に寄与させていただくのであり、それを損ねることは決してしないし、そもそも、銀座というコモンズの文化や環境があるからこそ、資生堂は企業としてやっていけるというわけです。

 こういった理念がなければ、小泉自民党が典型ですけれども、コモンズあっての自分たちであることを忘れ、たんにマーケティング戦略に走ってしまうのです。

 そこには公共性への意志はまったくありません。何事にもやっていいことと悪いことはあるものです。これからの企業倫理には、むしろ、コモンズ尊重が欠かせないのです。


つづく