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第2節 福祉国家あるいは20世紀の国家体制
1 夜警国家あるいは19世紀の国家体制
19世紀、市民革命により成立した国民国家では、その経緯から、国家は国防や治安等の秩序維持を除いて、個人の活動に極力介入すべきではないという考えが支配的でした。
生産された多量の商品を購買できる中間層を生み出すことでその体制は維持されていきます。
ところが、私有財産権の不可侵と契約の自由の原則に基づく自由放任主義の経済により、絶望的なまでに貧富の格差が広がり、劣悪の環境で扱き使われる労働者が街に溢れる一方で、チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』に出てくるエベネーザ・スクルージーのような守銭奴が実在する社会が到来してしまったのです。
社会の階層が固定化していく程、ヒエラルキーの下位に不満が高まり、健康を損なう人や犯罪が増加しますから、社会の不安定化は増します。自由は富めるブルジョアジーにしかなく、貧しいプロレタリアートは新たな奴隷でしかありません。
当時の合衆国に至っては、所得税すらなかったのです。ドイツの社会主義者フェルディナント・ラッサールはそれを「夜警国家」と揶揄しました。
ギャンブルでは、勝者と敗者しかいません。
引き分けはないのです。アンドレイ・ニコラエヴィチ・コルモゴロフが切り開いた20世紀の確率論を持ち出すまでもなく、そのギャンブルは金に余裕のある方が有利です。
金持ちは少々負けてもゲームを続けられますが、貧乏人は負けられません。余裕がないため、勝ち続けるしかないのです。
ギャンブル性の高い社会では、貧富の格差が広がり、それが固定化される可能性が大きくなります。
20世紀に入ると、独占禁止法も十分でなかったことによって競争に破れた中小業者や潜在的に失業の危険に脅かされる労働者と市場を独占する大手企業の資本家との間の対立が激化します。
その上、恐慌が繰り返して起きたため、資本の自律的な拡大再生産自体が困難になっていったのです。
資本主義は身分から解放された平等な個人が自由に移動して、職業を選択し、自由に商品・サービスを売買する世界ですから、社会の流動性が不可欠です。
もはや夜警国家が機能するための前提が崩れ、政府による市場への積極的介入により、経済的・社会的矛盾の解決が各方面で検討され始めます。流動性を復活させるため、夜警国家と交代する次の体制が必要になったのです。
つづく