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その後の諫早干拓事業
〜現地視察報告〜

鷹取敦

22 Apr. 2010
独立系メディア「今日のコラム」


 有明海の一部である諫早湾の湾奥に潮受け堤防と干拓地を作る巨大な公共事業である諫早干拓事業は、現政権が野党時代から問題のある公共事業のトップに挙げてきた。1997年4月14日に潮受け堤防が締め切られてから今月で13年を迎える。

 諫早干拓事業が有明海の生態系、漁業に与えた影響が大きいと指摘されており、2008年6月27日には、沿岸4県の漁業者ら約2500人が潮受け堤防の撤去や排水門の常時開門を求めた訴訟で、佐賀地裁は5年間の開門調査を命じる判決を出した。自公政権であった国は、この判決に控訴する一方で、開門調査が環境に与える影響について「環境アセスメント」を実施するとしていた。

 この4月10日には現地で干潟を守る日2010in諫早シンポジウムが開催され、4月12日には与党開門調査検討委員会のメンバー7人が諫早湾を現地視察、4月14日には現地で第13回諫早湾干潟慰霊祭が行われた。さらに4月16日には政権交代後の赤松広隆農水大臣が現地諫早湾、新干拓地を視察し、漁業者等地元の意見を聞いたことが大きく報じられた。

 筆者はその直後である4月20日に現地を訪れる機会を得て「諫早湾シオマネキの会」の大島弘三氏(環境行政改革フォーラム幹事)に現地を案内していただいた。大島氏はこの問題に30年以上に渡り取り組んでこられた方である。環境行政改革フォーラムの論文集、発表会ではいつもこの問題について経過を報告されている。

 前回、諫早湾を訪れたのは2001年1月28日である。ちょうど潮受け堤防締め切り以来の海苔の大凶作に抗議するために、佐賀県、福岡県、熊本県の漁業者および長崎県の一部の漁業者が海上デモを行った日であった。なお、この時期に、環境総合研究所として諫早干拓事業に関わる自主研究(水質データの解析、潮流シミュレーションによる常時開門の効果検討など)を実施した。その一部は以下に掲載されている。

http://eritokyo.jp/independent/gulf/isahaya/isahaya1/index.html
http://eritokyo.jp/independent/gulf/isahaya/isahaya2/index.html
http://eritokyo.jp/independent/gulf/isahaya/isahaya3/index.html
http://eritokyo.jp/independent/gulf/isahaya/isahaya4/index.html
http://eritokyo.jp/independent/gulf/isahaya/isahaya5/index.html
http://eritokyo.jp/independent/gulf/isahaya/isahaya6/index.html
http://eritokyo.jp/independent/gulf/isahaya/isahaya7/index.html

 4月20日は福岡空港から高速バスで大村インターチェンジまで移動し、大島氏と合流し、車で諫早湾に移動した。

 ちなみに高速バスは福岡空港の国際ターミナル前から出発している。大村市には長崎空港があるためこれを利用するのが一般的だが、福岡空港経由の方が航空運賃と高速バスを含めても一番安い便で比較して片道で約1万円、往復で約2万円安い。高速バスの所要時間は約1時間40分であるから、1時間あたり6千円に相当し、費用対効果を考えると福岡空港の方が有利である。さらに同じ長崎県内でも佐世保市からだと便数の差もあるため時間的にも福岡空港の利用が一般的だそうである。なおANAについて両空港の便数を比較すると、4月の定期便で羽田−福岡が18便、羽田−長崎は8便でうち4便がSNA運航便である。時間からみても運賃からみても1県1つの地方空港の経営の厳しさが垣間見えた。


国際線ターミナルの高速バス乗り場

 大村市は人口約9万2千人(2010年3月末)。長崎市と佐世保市の中間に位置し、両市のベッドタウンとして、地方都市としては珍しく人口が増加傾向にある。 諫早湾は大村市の東側に隣接している諫早市(人口約14万1千人)と、雲仙市(人口約4万8千人)に面している。

 諫早市中心部から諫早湾に流れ込んでいる最も大きな河川である本明川(一級河川)に沿って国道207号を車で東に移動し、五家原岳の裾の高台に登った。天候に恵まれれば潮受け堤防、干拓地が一望できるところであるが、残念ながら雲が低くたれ込める雨がちの日であったため、湾に近いところまで降りてもかすかに影が見えるだけだった。2001年に撮影したものをみると全景が一望できるのが分かる。


高台からの写真


高台からの写真(2001年撮影)

 再び国道207号に沿って東に向かった。調整地の北側にある「小江干拓」の横を通過して潮受け堤防の北端にある堤防管理事務所と北部排水門に向かった。国道207号線は、以前は海岸がすぐ近くまで迫っていたそうである。その名残で国道沿いでは今でも、牡蠣の看板が立っている。元々はこの地域では農業を行いながら、海では海産物を取って食べていたところだそうである。今では干拓地と調整池になってしまった。


牡蠣の看板

 国道207号線から右折して潮受け堤防の堤防道路に向かい、管理事務所の横を通って北部排水門で車を駐めた。


管理事務所


北部排水門・諫早湾側


北部排水門・調整池側

 排水門の調整池側は基本的には一定の水位(−1m)に保たれており、干潮時に湾側の水位が調整池より低くなった時に、調整池内の淡水が海水側に排水される。上記で紹介した環境総合研究所の自主研究のデータにも示されているように、調整池内は閉鎖性水域となっているために水質汚濁が極めて悪化している。(写真の櫓のような建物は水質等を観測している施設)


水質等の観測施設

 調整池の内側の水面をみると4月であるにもかかわらずすでにアオコが発生していた。夏場にはアオコが大発生することがあるという。アオコは太陽光を遮光することにより水生植物の光合成を阻害したり、夜間の呼吸により酸素を消費し、水中の酸素が欠乏することによる魚介類等の水生生物への影響、アオコの毒素(マイクロシスチン等)による影響等がよく知られている。


アオコ

 このアオコを含み水質汚濁濃度が高く、貧酸素塊を含む調整地内の水が干潮の度に湾内に排水されており、これが有明海の生態系に影響を与え、漁業被害の一因にでもあると言われている。

 また夏場にはユスリカが大量発生することがあるという。小さくて写真には写らなかったが、4月時点で既に相当の数のユスリカが発生していた。

 北部排水門から堤防道路を南下し、潮受け堤防の中央にある展望所の駐車場に車を駐めた。展望所には駐車場、トイレの他に排水施設がある。排水施設は調整池内の水を常時、湾側に排水する施設である。当初はこの施設はなかったが、北部、南部の排水門から干潮の度に汚染された水が湾内に排水されることに対する漁業者からの抗議に対応するために、少しでも排水量を減らすために設置されたものだそうである。見たところでは、本明川等から調整池内に流入する水量と比べると微々たるものと思われ、効果のほどはよく分からなかった。


展望所


調整池から常時排水

 なお、駐車場の調整池側の斜面は花畑となっていた。沖縄の公共事業による施設でも似たような花畑があったが、周辺の環境、景観とも全く調和しないものである点が共通している。


花畑

 駐車場には諫早干拓事業の説明のための看板が3つたっていたが、1つは後付で増設されたものである。そこには、「潮受け堤防を開門した時場合の考えらる影響」などが書かれており、明らかに常時開門調査に対する反論を意図したものである。


増設された看板


堤防道路・北部水門側

 堤防道路展望所を後にして再度、再度北部水門を通り、干拓地へ向かった。干拓地には以前からのものもあるが、ここでは諫早干拓事業によって新たに作られた干拓地である。

 写真は旧干拓地と新干拓地の境である。大島さんによると以前は無かったという、防風柵のようなものが境界に立っていた。ベルリンの壁のようでもある。新干拓地(以降単に「干拓地」)にはビニールハウスが立っているのが見える。


旧干拓地との境界

 干拓地では、トマト、レタス、にんじん、タマネギ、ニンニク、じゃがいもなどの野菜、飼料作物、緑肥、花等を栽培しているそうである。平成21年4月以降の延べ作付面積は788haで、個人、法人等が農地を借りて営農している。以前からの干拓地では稲作を行っており、米であれば塩害等に比較的強いが、減反をしなければならない今日では稲作を干拓地で行うという選択はありえない。一方でこれらの作物は塩害に弱いため、排水門を常時開門して海水を調整池に導入すると塩害が心配だということになる。干拓地は買い手がつかず、借地としているそうであるが、それらの点からみると需要と無関係に干拓地先にありきで、無理に耕作地にしているようにしかみえない。

干拓地内

ニンニク畑

タマネギ畑


 干拓地の突端、内部堤防(調整池と干拓地の間の堤防)にも、展望所のような施設があった。堤防の施設と同様、花畑が作られている。ここにも干拓事業をPRする看板があり、「広大な調整池の水辺環境」と称して、調整池にいかにゆたかな生態系があるかをアピールしていた。調整池を作ることによって失われたもっと貴重で豊かな生態系への言及は一切無い。干拓地の外側にはこれ見よがしに木道が設置されている。一見、自然豊かなようであるが、ここは以前は干潟で、ムツゴロウをはじめとする多くの生物が棲み、水も浄化されていたのである。


干拓地の展望所


木道


 干拓地の北東端には用排水施設がある。ここから本明川の水を取り入れ、余分な水を調整池に排水するのである。写真手前は、調整池に排水する水の汚濁を浄化する実験である。まともな浄化施設の建設はコストが到底合わないため、簡易な方法で浄化しようとしているものと考えられる。


干拓地の用排水施設

 開門調査に反対していた漁協のうち雲仙市の瑞穂漁協は開門賛成に転じたと言う。また諫早湾内3漁協の組合員のうち6割が開門を求める署名に応じたという。漁業をつづけている限りは、調整池から干潮の度に湾内に流される水の影響と向き合わざるを得ない現実がある。

 自公政権時代に農水省が実施を言明した、開門調査に関する環境アセスメントの目的は、開門調査を実施するかどうか判断するためのアセスメントだという。つまり結果によっては開門調査は行わないという結論がありうることになる。日本の環境アセスメントでは、事業の実施が大前提でアセスメントによって事業の実施の可否が問われたことはない。皮肉なことに農水省が実施するといっているアセスメントは日本では極めて例外的なもの、ということになる。

 環境に影響を与えるダム・堰、道路、焼却炉等の公共事業こそ、事業を実施しないという案を含めた代替案について検討すべきであろう。


視察ルート