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北朝鮮を嗤えない
やらせタウンミーティング
〜百年の計を誤らせる教育基本法の改悪〜

青山貞一

2006年11月23日


無断転載禁

 石原慎太郎東京都知事が東京都教育委員会を経由して、国旗掲揚・国歌斉唱を教職員に実質的に強制し、膨大な数の訴訟が教員から提起されている。

 この2006年9月21日、東京都立高校などの教職員が入学式や卒業式で「国旗・国歌」を不当に強制されたとして、東京都の教育委員会を訴えていた裁判の判決が東京地方裁判所であった。

 東京地裁、難波孝一裁判長は、違反者を処分するとした東京都教育委員会の通達や職務命令は違憲、違法と判断し、日の丸に対面しての起立、君が代斉唱の義務はないことを確認するとともに、違反者の処分を禁止した。さらに401人の原告全員に1人3万円の慰謝料を支払うよう東京都に命じた

 私はこの問題について、独立系メディア「今日のコラム」「教育」で2004年4月から「忍び寄る国家主義」なる連載をしてきた。

 詳しくは以下をご覧いただきたい。

■教育 青山貞一忍び寄る国家主義
@国旗・国歌の強要  
A職務命令  
Bひとつの根源
Cポストにビラ入れただけで2ヶ月拘留  
D柏村議員の「異常な発言」を批判する  
E東京教師養成塾
F中学生の証言   
G都立高校の教育現場
H都教育委員、米長氏の資質を問う声
I東京都教育庁OBが要請状!

 上記の問題に関連し、政策学校一新塾の塾生で教育問題に詳しい藤森修一氏が以下のような世界各国の国旗掲揚、国歌斉唱に関する判例・事例を調べてくれ2004年6月22日に報告してくれた。ただし、後述するように調査対象年は1985年と古い。

 ・諸外国における国旗,国歌の取扱い 文部科学省HP

■アメリカにおける判例

1943年 バーネット事件 連邦最高裁判決

「国旗に対する敬礼および宣誓を強制する場合、その地方教育当局の行為は、自らの限界を超えるものである。しかも、あらゆる公の統制から留保されることが憲法修正第1条の目的であるところの知性および精神の領域を侵犯するものである」(ウエスト・バージニア州 vs エホバの証人)

1970年 バンクス事件 フロリダ地裁判決
「国旗への宣誓式での起立拒否は、合衆国憲法で保障された権利」

1977年 マサチューセッツ州最高裁

「公立学校の教師に毎朝、始業時に行われる国旗への宣誓の際、教師が子どもを指導するよう義務づけられた州法は、合衆国憲法にもとづく教師の権利を侵す。バーネット事件で認められた子どもの権利は、教師にも適用される。教師は、信仰と表現の自由に基づき、宣誓に対して沈黙する権利を有する。」

1977年 ニューヨーク連邦地裁

「国歌吹奏の中で、星条旗が掲揚されるとき、立とうが座っていようが、個人の自由である」

1989年 最高裁判決(国旗焼却事件)

「我々は国旗への冒涜行為を罰することによって、国旗を聖化するものではない。これを罰することは、この大切な象徴が表すところの自由を損なうことになる」

1989年 最高裁判決

上院で可決された国旗規制法を却下。「国旗を床に敷いたり、踏みつけることも、表現の自由として保護されるものであり、国旗の上を歩く自由も保証される」

1990年 最高裁判決

「連邦議会が、89年秋に成立させた、国旗を焼いたりする行為を処罰する国旗法は言論の自由を定めた憲法修正1条に違反する。

■世界各国の状況

(内閣総理大臣官房審議室、および外務大臣官房儀典官室による1985年資料「諸外国における国旗国歌について」から)

1)学校教育での国旗国歌の取扱い(主要40ケ国在外公館調査)

a.ヨーロッパの立憲君主国では学校での国旗掲揚や国歌斉唱をすることが殆ど無い。

イギリス: 普通の歴史と音楽の授業で取扱い、学校行事では掲揚せず歌わない。

オランダ: 特に教育する事はない。学校行事で掲揚や歌唱という事も特にない。

ベルギー: 国旗掲揚の義務はなく慣例もまちまち。国歌は教育されていない。

スペイン: 学校での規定はない。

デンマーク: 特別の教育はしない。普通の授業で言及。国歌は行事で殆ど歌わない。

ノールウエー:特別な教育はしていない。両親が教えて子供はすでに歌っている。

スウエーデン:教科書に無い。国旗は教師に一任。国歌は学校で特別に教えない。

b.ヨーロッパの共和国ではむしろ革命をおぼえて国旗国歌を強調する。

しかし、例外がいくつもある。次のとおりである。

ギリシャ:学校での規定はない

イタリア:教科書には書かれず、それによる儀式は行われない。

スイス: 学校内で実際に国歌を歌う事は殆ど無い。

ドイツ: 各州の権限で決められる。

オーストリア:国旗は学校で特に扱われない。

ハンガリー:教科書では取り扱われていない。

旧ユーゴ:強制はない。教科書での取扱いも学校行事での使用もなかった。

c.アジア・アフリカ地区では、学校での教育を求めている事が多い。

d.米州・オセアニア各国での例

カナダ: 国旗も国歌も学校と特定の関係が見られ無い。

アメリカ:国旗が掲揚されるが儀式強制はない。国歌は学校と特定の関係が無い。

キューバ:国歌は学校での規定はない。

オーストラリア:国旗を政府が提供。掲揚も国歌も各学校に委ねられている。
ニュージーランド:学校のための統一された規準はない。


2)国歌を国民の慣習に任せ、政府が追認指示するのみで正式の法律・勅令・大統領決定・最高議会決定で制定していないおもな国

大韓民国、インドネシア、タイ、イスラエル、エチオピア、エジプト、イギリス、オランダ、イタリア、スイス、デンマーク、ノールウエー、スエーデン、フィンランド、オーストリア、ハンガリー、ブルガリア、キューバ、ニュージーランド、旧チェコ、旧ルーマニア

(40ケ国中21ケ国:1975年調査を1985年修正)

 わが国が追随、従属するアメリカ合衆国における各種裁判判例やEU、アジア諸国の実例を見るまでもなく、国旗、国歌を東京都のように強制している国はほとんない。

 慣例として掲揚することはあっても、東京都の教育委員会のように、通達や職務命令によって強制し、それに従わない教職員を処罰するような国はほとんどないのである。

 しかし、わが国では昨年夏の衆議院議員選挙での大勝を契機に、自民党を中心に、子供たちに愛国心を強制するため教育基本法を改正する挙に出てきた。この改正は小泉政権から安部政権に受け継がれ、この秋の国会では数に物を言わせ採決しようとしている。

 ところで政府案には「伝統と文化を尊重し、我が国と郷土を愛する」との文章が盛り込まれたが、いまなぜ、子供たちに愛国心を強制する必要があるのか、国家が個人のこころに立ち入っていいのか。

 これは、言うまでもなく憲法19条の『思想及び良心の自由』に反する恐れがある改正である。同時に、今回の教育基本法の改悪は、現行法が禁じている「教育への不当な介入」を認めていることだ。

 わが国では、戦前における国民学校の軍国教育の反省から、教育を国家権力の圧力から守ってきた。今回の教育基本法の改悪は、その精神を踏みにじるものである。

 いずれにしても教育基本法は、憲法同様、国家百年の計と言われる法律であり、時の政権がもつ国家主義と言う恣意的、思想的感情で改悪されてはならないものである。上記の世界各国における国旗、国歌に関わる動向、状況はそれを私たちに教えている。

 にもかかわらず、すでに衆議院議員は野党議員欠席のなか自民党と公明党の議員らにより採決が行われ、現在、参議院の委員会で教育基本法の審議が行われている。

 国会で教育基本法改正の審議が行われているさなか、文部科学省ぐるみで、教育基本法改正に関連し「やらせタウンミーティング」が全国各地で行われていることが判明した。以下はそれを伝える日刊ゲンダイの速報である。
 

 小泉内閣が「国民との直接対話」をうたい文句に導入したタウンミーティングの化けの皮が次々とはがされている。

 今度は政府演出による“やらせ”が発覚した「教育改革タウンミーティング」で、教育基本法を所管する文科省が質問案を作るなど深く関与し世論を誘導していた実態が明るみになった。

 2003年から全国で8回開かれたタウンミーティングのうち5回が“やらせ質問”があったことが判明。それら8回すべて文科省から内閣府へ出向した3人が交代で仕切っていたという。

 小泉政権が推し進めた計174回のタウンミーティングは世論操作の場であった疑いが浮上した。


 以下は、そのやらせタウンミーティングの冒頭質問者らに国から謝礼金を払っていたことを報じる読売新聞の記事である。

タウンミーティング冒頭質問者へ、
謝礼金5千円の契約
 2006年11月15日1時43分  読売新聞

 政府主催のタウンミーティングで、内閣府が質問を依頼した相手に謝礼を払ったケースがあることが、14日の衆院教育基本法特別委員会で明らかになった。ただ、内閣府では、ひそかに質問を頼んだケースと異なり、冒頭質問者として正式に依頼したもので、問題はないとしている。

 保坂展人氏(社民)が同日の委員会で提示した資料によると、内閣府は参加者のうち、「民間人有識者」には3万円、「依頼登壇者」には2万円、「その他の協力者」には5000円の謝礼金を支払う契約を結んでいたという。保坂氏は「やらせ質問を依頼し、その人に『協力者』として金銭を支払ったのではないか」と追及した。

 これに対し、内閣府の山本信一郎官房長は「タウンミーティングが始まった当初、発言の口火を切るため、キックオフ的に、名前を明示し、代表質問として一番最初に発言をお願いしていた。(「その他の協力者」という分類は)そのことを想定していたのではないか」と答弁した。

 内閣府幹部は14日、保坂氏が指摘したような謝礼制度があることを認めたうえで、「このころの冒頭質問者は、主催者が肩書や名前を紹介して指名することで、会場の人にもこちらが依頼していると分かるようになっていた。一般の人を装わせる『質問依頼』や、質問内容を指定する『やらせ』とは違う」としている。

 安倍首相は同日、首相官邸で記者団に、「報告を受けていないが、その問題も含め、調査を指示している」と述べた。


 ところで、以下の図が何かと言うと、米国の社会学者、シェリー・アーンシュタインが考案した「市民参加梯子(はしご)」である。通常、8段で示されるが5段階あるいはさらに細かく11段階などで示されることもある。

 私も10年前から8年間講師を務めた早稲田大学教育学部の授業、「市民参加の環境評価」などでアーンシュタイン氏の「参加の梯子」を使わせてもらった。

 日本でいわれている市民参加の実態は、せいぜい3(一方的な情報提供)〜4(形式的な意見聴取)、大部分は2か3であると。

 世に言うパブリックコメントはまさに、4(形式的な意見聴取)に過ぎない。

■シェリー・アーンシュタインによる「参加の梯子」
8 市民による自主管理 Citizen Control 市民権利としての参加・
市民権力の段階

Degrees of
Citizen Power
   ↑
7 部分的な権限委譲 Delegated Power
   ↑
6 官民による共同作業 Partnership
   ↑
5 形式的な参加機会の増加 Placation 形式参加の段階
Degrees of
Tokenism  
   
4 形式的な意見聴取 Consultation
   ↑
3 一方的な情報提供 Informing
   ↑
2 不満をそらす操作 Therapy 非参加・実質的な
市民無視

Nonparticipation
   
1 情報操作による世論誘導 Manipulation
出典:シェリー・アーンシュタイン(米国の社会学者)

 今回の一連の「やらせタウンミーティング」は、間違いなく参加の梯子の第1段目、すなわち「情報操作による世論誘導」、英語でManipulationそのものである。

 私は授業のなかで、1番目は、ある発展途上国や北朝鮮(DPRK)を事例として第一階段を説明してきたものだが、政府がしてきたことはまさに情報操作による世論誘導そのものであり、北朝鮮を笑えない。

 すでに多くの識者が述べているように、これがNHKや民放テレビやその下請けプロダクションが製作した番組であれば、当事者らは懲戒解雇か契約打ち切りとなり、損害賠償ものとなるだろう。

 こともあろうか、教育基本法の改正に際し、その主務官庁である文部科学省が国税を使い「やらせタウンミーティング」を行ったこと、またそれを政府自民党が結果的に今まで看過してきたことは、取り返しがつかないほど民度の低さを示すものである。

 このような政治家、官僚、官庁に百年の計たる教育基本法や憲法の改正をさせては断じてならない。

 総じて、アーンシュタインの「参加の梯子」の最下位の民度しかもたない今の日本の政治家や官僚らは、北朝鮮を嗤えない。

 教育は、国家について行く「ヒツジの群れ」、また上ばかりを見る「ヒラメ人間」をつくるためにあるのでは断じてない。