エントランスへはここをクリック     <全体メニュー・中央アジア> 

   ウズベキスタン現地予備調査
サマルカンド2日目

考古学博物館B
Arxeologik Muzey Visit in Samarkand

青山貞一 Teiichi Aoyama  池田こみち Komichi Ikeda

掲載月日:2015年3月20日  独立系メディア E−wave Tokyo
無断転載禁  Copyright by T.Aoyama & K.Ikeda

 以下はおそらく時代区分が異なりそうです。着物、着付けなどから、中国の唐時代のものと推察されます。

◆唐(Tang、618年 - 690年,705年 - 907年)

 中国の王朝です。李淵が隋を滅ぼして建国しました。7世紀の最盛期には、中央アジアの砂漠地帯も支配する大帝国で、朝鮮半島や渤海、日本などに、政制・文化などの面で多大な影響を与えました。

 日本の場合は遣唐使などを送り、894年(寛平6年)に菅原道真の意見で停止されるまで、積極的に交流を続けた。首都は長安に置かれた。

 690年に唐王朝は廃されて武周王朝が建てられたが、705年に武則天が失脚して唐が復活したことにより、この時代も唐の歴史に含めて叙述することが通例である。

 日本では唐の滅亡後も唐、唐土の語はそれ以降の王朝、さらには外国全般を漠然と指す語として用いられた。しかし、天竺同様昔の呼称のため、正確に対応するわけではない。

出典:Wikipadia

 上の記述の中に、中国の王朝は、7世紀の最盛期、中央アジアの砂漠地帯も支配する大帝国で、朝鮮半島や渤海、日本などに、政制・文化などの面で多大な影響を与えました、とあり、中央アジアも支配の範囲に入っていたことが分かります。

 発掘された以下の絵は、ひょっとするとマルカンド(旧サマルカンド地域)が唐の支配を受けていた頃のものかも知れません。


中国の唐時代の絵画?
出典:サマルカンド考古学博物館(Afrosiab)入手資料


中国の唐時代の絵画?          中国の唐時代の絵画?
出典:サマルカンド考古学博物館(Afrosiab)入手資料

 以下は発掘された土器類です。これらの土器は、紀元前7世紀前後のものと推察されます。日本で言えば、縄文、弥生以降の古墳時代です。


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1

 下も発掘現場の再現ジオラマです。みぎがわには煉瓦がありますが、ウズベキスタンなど兆王アジアではアフリカのような日干し煉瓦ではなく、焼いた煉瓦が圧倒的であると、ブハラの「私立学芸員」に聞いています。


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1

 下は、ソグト人らの矢、ヤジリなどの兵器、また土器、さらにそれらを焼く窯などです。


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1

 下は素焼きの器です。


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1

 下の絵も有名なもので、上の土器の写真の上にあるソグド人の兵士の姿があります。あちこちの博物館でみたのものです。


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1

 下は地図は、Samarqand Qadimiy Shahalar Tizimida、すなわち サマルカンドの古代都市とあります。地図にあります小豆色の勢力版図から判断すると、ウマイヤ朝(西暦661年 - 680年、744年 - 750年)時代のものと推察されます。


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1


This photo of Afrasiab is courtesy of TripAdvisor

 以下は造形、装飾、がん具の文物です。記述によれば、アフロシャブで発掘された以下の装飾物は、トルコ汗国とテュルク・ソグドが共生したオートクチュールの新しい民族文化の特徴をもっており、その時代の芸術として登場したと述べられています。

 New ethno-cultural characteristics of Turkic-Sogdian symbiosis, elite fasion of the Turk-Khanate appeared in the art of that era. The compositions of carved alabasterand wood sculputers and reliefs on the ossuaries with Zoroastran motifs.

 また次の写真は、ゾロアスターをモチーフにしたossuariesに刻まれたアラバスターと木彫刻やレリーフの組成物です。

 The compositions of carved alabaster and wood sculptures and reliefs on the ossuaries with Zoroastran motifs.


出典:サマルカンド考古学博物館(Afrosiab)入手資料

 また、象牙で作らた完全に保存されてきたチェスセットの工芸技術のレベルは古代世界にあって独特なものとして評価されます。

 The level of culture can be judged by the unique, the oldest in the world fully preserved chese set made of ivory.


出典:サマルカンド考古学博物館(Afrosiab)入手資料

 以下はアブラシャブの発掘に関わった人々の写真や資料です。さぞかし神秘的でワクワクしたものと推察できます。エジプトなどと比べても、格段に歴史の幅、すなわち紀元前+紀元後=1720年間もあり、考古学者にとってはこれ以上無い発掘作業となったことと思います。


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1

 サマルカンド シルクロード 交易路


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-1




現在のアフラシャブの丘。サマルカンド歴史博物館の裏手にあります
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


現在のアフラシャブの丘。サマルカンド歴史博物館の裏手にあります
撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-3-3


衛星写真で見た現在のアフラシヤブ(Afrosiab)の丘
ほぼ旧サマルカンドがそのまま保全、保存されています
出典:グーグルアース


つづく