環境と共生するインド洋の小国
セーシェル共和国への旅

Republic of Seychelles
青山貞一
  このコラムは、1992年秋にセーシェル共和国に行った時のものです。この後、モリシャス、コモロ、マヨッテなどインド洋諸国に足をはこぶことになりました。



エアセーシェルのB767の前に立つ青山


日本からまる1日の旅
 ひょんなことから、1992年9月、持病の気管支喘息の転地療養をかねて、インド洋に浮かぶセーシェル共和国(Republic of Seychelles)に行ってきた。

 日本からセーシェルまでの経路だが、成田から約7時間、ノースウエスト航空のボーイング747でシンガポールまで飛んだ。シンガポールのチャンギ国際空港で深夜3時間の待ち合わせ(トランジット)を行い、エア・セーシェルという国営航空のボーイング767でさらに7時間インド洋上を飛び、珊瑚礁に囲まれた美しいマエ(Mahe)国際空港に到着した。到着時刻は明け方である。成田までのアクセス時間を含めるとまる1日の旅となる。
 旅行して分かったのだが、セーシェルへの日本やアメリカからの旅行客は観光を含めほとんどいない。その理由は、ハワイ、グアムなど、いわゆるアメリカ型の観光リゾート地でないのに加え、週にわずか1便しかシンガポールから現地にゆく航空便がないことがある。それも、行きが3時間、帰りが実に6時間深夜の空港での待ち時間があり、到底、パッケージツアーになれた日本人には耐えられない、という背景があるからだ。
 週一便しかないから、最低でも9日間程度の時間が必要となる。忙しい日本人にはそのような時間がなかなかとれないこともある。
セーシェル共和国とは
 セーシェル共和国は、南緯4度、インド洋のちょうど真ん中、多数の島からなる島諸国で首都はマエ島の国際空港の北にあるビクトリアだ。
 バスコダガマが1499年にセーシェル群島を発見した後、1742年からフランス領、イギリス領を経て、1977年に完全独立している。共和国は、右図に示すように多数の島から構成さている。人口は全島で約6万7千人、主島であるマエ島にその過半が生活している。人種的には、アフリカのネイティブな黒人もいるが、大部分がイギリス、フランス、インド、スリランカ
人らとの混血で東南アジア以東のひとびとはきわめて少ない。
 人口6万人(現在7万6千人)と言えば、日本では小さな自治体だが、れっきとした国家、それも国際空港もある社会主義国家であるという。大部分の社会主義国が崩壊した後、このインド洋の小国の政治、産業経済、生活、環境はどうなのかにあった。

 セーシェルには、日本など東方面からの入国はシンガポール経由のみだが、西からはフランス、イギリス、南アフリカ、ケニア、モーリシャスなどのアフリカ諸国から航空機が入っている。いずれも便数は多くないが、そのことが、セーシェルが最後の楽園としてめずらしく環境、文化が保たれてきた大きな理由となっていると思われる。

 言語は英語、フランス語そして現地語であるクレオ語の3つが通用する。クレオ語は、フランス語を簡易化したような言語で、現地の人々の日常言語はこのクレオ語が中心となっているが、観光客などには英語、フランス語を大体誰でも話す。宗教は80%以上の国民がカソリックだと言う。



セーシェル共和国の構
セーシェルの概況(最新情報)
  首都:ビクトリア
  主な言語:セーシェル語
  最大都市:ビクトリア
  国際連合加盟日:1976年9月21日
  最大都市の人口(1995年現在):4万人
  緯度/経度(最大都市):南緯04度40分/東経55度31分
  通貨:セーシェル・ルピー
  国内総生産(GDP)(1997年現在):5億4800万米ドル
  面積:455km2
  総人口(1999年現在):7万6000人
  人口密度(1997年現在):165人/ km2
  国民1人当たりGDP(1997年現在):7304米ドル


地形と気候
 セーシェル共和国の本島であるマエ島は、南北が27km、東西は8kmの小さな島だが、最高900mの山があり、全体としても北部を中心に100m〜500mの山が海にせせりでている。したがって、平地は少なく、道路も首都ビクトリア以外は起伏、勾配が激しい。さらに、地形に併せて曲がりくねっているから、運転はかなり難しいようだ。現地のひとは、その道をかなりのスピードで運転する。
 他の島は、大部分が熱帯雨林と珊瑚礁から出来ており、プラルン島(人口5000人)など一部をのぞき地形は平坦である。
 気候は、熱帯性気候で気温は統計によると最低が24.4度、最高が29.8度と赤道直下の割には低い。平均湿度は79.7%、12月から2月が雨期となっている。一方、最も雨の少ないのは7月である。
 訪れた10月下旬は、雨期以前だが、毎日シャワーと呼ばれる豪雨が明け方に降っていたが、その後は、快晴となることが多かった。熱帯性ハリケーンや台風もない。また、マラリアはない。



セーシェルの海辺


産業と生活
 右の地図はセーシェル共和国の首都があるマエ島を示している。首都ビクトリアは、マエ島北部にある。首都とはいっても、人口が1992年当時約2万人(現在でも4万人)だ。
 セーシェルの産業は、ホテル、レストランを含めた滞在型リゾート産業以外は漁業くらいで農業は土地が狭いせいもあってあまり盛んとは言えないようだ。年間の観光客は、統計によると約10万人である。ホテルのベッド数は、全島で3,600である。一人当たりのGNPは、24,145ルピー、日本円に換算して約60万円であるから単なる数字からみた産業経済は貧しいが、実際にみたものはこれよりはるかに豊かだ。
 現地に長く生活している山本さんから聞いたところによると、島からすぐのところで大きな魚が簡単につれることもあり、「食うには困らない」とのことで、一般国民の主食は、魚と米ということだった。それも、独特の香辛料をまぶした魚あるいはチキンと野菜のシチューは、非常においしい。また、スリランカから輸入されるカレーパウダーは風味があり日本のカレーとはまったく別の味が楽しめる。一般島民の食事は、昼食が中心で夜は非常に簡単ということだった。どこの国にもある、日本のインスタント食品はほとんどなく、シンガポールなど東南アジアからの輸入食品がわずかながらある程度だ。
 乗り物は、マエ島内はバスが巡回している他、タクシーも数は少ないもののある。また、レンタカーもある。レンタカーは、イギリス製のリッターカーが多い。また、現地の自動車の圧倒的大部分は日本製自動車の中古である。そのような理由からか、自動車は左側通行となっている。
 セーシェルは、社会主義国であるが、土地の所有や商店、ビジネスの私的な経営が認められている。一方、義務教育の9年間と医療はすべて無料となっており、どこの途上国にも見られる”物乞い”は一人もみられなかった。ソ連東欧の西欧化の影響か、複数政党が認められており、言論もほとんど自由であった。第一回選挙では、従来から社会主義を進めてきた大統領が当選したという。ひとびとの表情はあかるい。旧ソ連東欧のような極度な貧富の差も見受けられない。
 もちろん、白人など富裕層の高等教育などへの不満はあるようだが、総じて世界でも社会主義がうまく機能している数少ない国のひとつと見えた。

セーシェルの首都ビクトリア(マエ島)



海外との関係
 現地には、中国、キューバ、フランス、インド、イギリス、米国、旧ソ連の大使館それにベルギー、デンマーク、モリシャス、ノルウェー、スイス、マダガスカル、モナコなどの領事館があるが、日本の大使館、領事館はない。
 そのような理由もあり、セーシェル共和国は日本人には殆ど知られていない。実際、日本人は、観光客を除くと全部で8人ほどがいるだけで、どこの国にもいる商社マンはいない。さらに、何と領事館、大使館もない。独立した国家でありながら、日本の領事館さえないのはめずらしい。わざわざ、ケニアのナイロビまで行かないと用が足せないと現地に嫁いだもと国際協力事業団の女性は話してくれた。
セーシェルには産業らしい産業はないが、カツオなどの遠洋漁業の基地となっていることもあり、日本の漁船が立ち寄る程度の関係しかなく、国際協力についても殆ど実績がないようだ。
 一方、かつての宗主国であるフランスやイギリスは、ミッテラン政権が社会党であることもあり、今なお相当の経済援助を行っている。また、イギリスは、BBCの中継基地をマエ島にもっているほか、フランスについで国際協力を行っているようだ。はっきりいって、これほど日本との関係の少ない共和国もめずらしいのではないかと思った。
 米国については、シェラトン・ホテルがある程度で日本同様ほとんど経済・文化を含め関係がないように思えた。結果として日本や米国と関係が薄い分だけ、独自の文化と自然環境が守れているのではないかと思われる。日本は領事館すら置いていないのが気になるが。



生物の宝庫
 ところで、セーシェル共和国には、「危機に瀕する種の保護」の対象となっているめずらしい鳥類はじめ数多くの鳥類、珊瑚、植物が生息している。
 本島は、首都ビクトリアを中心にかなり開発が進んでいる。しかし、アルダブラ群島、デスロチェス島、バード島はじめ本島から離れた孤島には、世界で25匹しな発見されていない鳥など生物、生態系の宝庫となっている。現在、アルダブラ島へは政府環境保護局の許可がないと上陸さえできない。
本島でも環境保護はかなり徹底している。港湾、空港、競技場などごく一部の公共施設建設のための埋立、それも珊瑚礁の生息地を避けた立地以外は、殆ど埋立は認められておらず、高層建築物もまったく許可されていない。見たところ、ビルも大部分が3階程度、民家は平屋が圧倒的である。聞くところによると、椰子の木以上の高層建築物は認められないとか。とはいえ、国際協力事業団の研修で日本にこられた現地の電気事業関係の技術者に聞いたところ、火力発電施設が首都、ビクトリアの中心地にあり煙突も低く、周囲に大気汚染の影響を与えているとのことだった。
また、セーシェルには、象亀と呼ばれる、貴重な亀が生息している。象亀は、本島では、植物園の一角に飼われているが、他の島では自然に生息している。日本の川崎市は、ビクトリア市と姉妹都市を結んでおり、夢見ケ崎動物公園にこの象亀がいる。また、写真のような鷹海亀など非常に貴重な海亀も生息している。



 セーシェルの希少生物「象亀」


ピカイチの珊瑚礁
 あちこちの珊瑚礁を見てきたが、セーシェル島の珊瑚は、今まで見てきた珊瑚礁のなかでもピカ一だ。一日を通じて海の色が次々に変化するのが最もすばらしかった。とくに、エメラルドグリーンが濃紺に変わる午前中、また日没前などが美しい。
 今回は時間の関係から離島に行けなかったが、本島だけでもその種の豊富さ量の多さが分かる。空港近くの高台からみるサンゴの海は、まさに「この世のものとは思えない美しさ」である。山本さんはこれをひとめ見てこの国に定住を決めたというほどだ。その背景には、汚濁源がなく、水質がよいこと、物理的な改変がほどんどないこと、海洋生態系全体が保全されていること、国が生態系の保護に力を入れていることなどがある。
 政府のパンフレットには、「珊瑚は写真にとるだけで、いっさい持ち帰らないように!」と書いてある。そのため、スキューバ・ダイバーへのきめの細かい注意や教育訓練がゆきとどいているようだ。太平洋の珊瑚礁が、心ないダイバーや観光客によって瀕しに直面しているのと対象的である。
 セーシェル共和国を見ると、いかに環境資源と観光資源が共存し、しかも環境資源がひとびとの毎日の暮らしと密接に関連しているかが分かる。滞在型リゾートしかり、漁業しかりである。したがって、セーシェルでは、環境を保護することが国益につながり、生活につながることを誰でも体験的に分かっている。だから、「持続可能な開発」などという分かったようで分からない概念は必要ないようだ。


セーシェルの珊瑚礁
Courtesy of Banyan Tree, Seychelles



メディア及び電力事情
 電波メディアは、国営テレビ局が一局、ラジオ局が一局、英国BBCの中継局が一局だけで、それも一日6時間程度の放送である。ひとびとは、いわゆるレンタルビデオで映画などの娯楽を楽しんでいる。旅行中、一度もテレビは見なかったが、日本のテレビに毒されている?ひとびとも、これほど自然が豊かで美しい土地にくれば、ほとんどテレビなどいらなくなるのではないか。
 家庭やオフィスに供給されている電気は240Vの交流である。電力事情はよくない。週に数回は停電するという。それも、予告なく停電するから、日本的に考えると一大事だが、現地では年中行事となっており、それほどひとびとは驚かない。停電は、朝から夕方の間に3〜4時間単位で起こる。夜はめったの起こらないと言う。
 停電の原因は、オフィスを中心としたクーラー利用によるピークロードの発生、フランスから導入している火力発電の故障、椰子の木が倒れ電柱がショートしたなどさまざまだ。
滞在した場所は、マエ島(本島)北端のマカビー地区のゲストハウス(民宿)で南に100mほどの山を背にしている。


おわりに
 セーシェル共和国は日本から距離的にも文化的にも、さらにライフスタイルからも、あまりにも遠い国というのが率直な印象である。しかし、逆説すると、現在の日本人にもっとも足りない部分をすべて持ち合わせている国であるとも言える。質素で素朴でシンプルで自然と共生したライフスライル、定常的で循環的な物や経済の流れ、そして何よりもこころが豊かなひとびとなど。 よく考えれば、これからの地球環境時代にあって、セーシェル共和国は最良の国家選択をしているとも言える。また、今や死語とさえなっている社会主義がこの国ではそれなりに機能しているのではないかと思われた。
 経済は市場化されており、土地の私的な所有も認められている。しかし、重要な公共施設や教育・医療と言ったインフラストラクチャーは国家が提供しており、米国やソ連で見られる「物乞い」は滞在中にひとりも見ることがなかった。
 むろん、市場化とは言っても、小国のセーシェルでは、日本で言う入り会いもやい、中宿といった、本来の意味でのマーケットが生きている。そこでは、貨幣と物の交流だけでない、さまざまな文化・生活の情報交流が日々なされている、という印象を強くもった。ちなみに、出国前に、オープンマーケットでカレーやサフランの粉をおみやげで買わせて頂いた。
 一方、経済の市場化や土地の私的な所有も無制限というわけではなく、たとえば、土地の利用は環境保護や公的な利用との間で一定の制限がもうけられているという。しかし、これも国家権力による一方的な制限ではなく、住民相互、自然保護団体との話し合いが前提にあるのだという。
 なお、最後に、現地まで同行して頂いた草野利一さんそして現地での各種の案内その他ご協力頂いた山本浩二さんにこの場をかりて感謝の意を表したい。