上州みなかみ町、自然と歴史短訪 一ノ倉沢1 Ichinokurasawa, Tanigawa-dake in Minakami Town Gunma pref. 青山貞一・池田こみち 独立系メディア E-wave Tokyo 2022年7月26日 |
一ノ倉沢1 一ノ倉沢2 一ノ倉沢3 一ノ倉沢4 一ノ倉沢5 「魔の山」「人喰い山」「死の山」 谷川岳 私達は17年ほど前の春、谷川岳ロープウェーで天神平まで登ったことがある。 谷川岳ロープウェーは、群馬県利根郡みなかみ町湯檜曾字湯吹山国有林にあるロープウェー、東日本旅客鉄道(JR東日本)上越線の駅である土合駅から天神平駅までの2,300メートルを結んでいる。 この谷川岳ロープウェーは、2005年(平成17年)9月13日に複式単線自動循環式 (DLM) フニテルを用いた新索道新型ロープウェーに切り替えられ、旧路線施設は撤去された。 谷川岳ロープウェーがあることで、JR北陸線土合駅から谷川岳の標高2,300mもある天神平駅まで、一気にのぼれるようになったのは、画期的なことであった。 だが、遭難者数で世界有数(第一位とも)の谷川岳は、上記の天神平を含む、谷川岳全体のものであり、歴史的には、一ノ倉沢と言われる衝立岩などの絶壁における滑落、遭難事故が圧倒的に多いのである。 谷川岳の地形図 Source: WikimediaCommons パブリック・ドメイン, リンクによる 以下は、その滑落、遭難が多い一ノ倉沢のロッククライミングの難所ルートである。 ルート(ロッククライミング) 東尾根 一ノ倉沢・一ノ沢左稜 一ノ倉沢・一ノ沢 一ノ倉沢・一、二ノ沢中間稜 一ノ倉沢・二ノ沢 一ノ倉沢・滝沢リッジ 一ノ倉沢・滝沢本谷 一ノ倉沢・滝沢マイナースラブ 一ノ倉沢・滝沢第一スラブ 一ノ倉沢・滝沢第二スラブ 一ノ倉沢・滝沢第三スラブ 一ノ倉沢・滝沢ルンゼ状スラブ 一ノ倉沢・滝沢Aルンゼ 一ノ倉沢・滝沢Bルンゼ 一ノ倉沢・滝沢ドーム 一ノ倉沢・マッターホルン状岩壁 一ノ倉沢・2ルンゼ 一ノ倉沢・中央奥壁 一ノ倉沢・3ルンゼ 一ノ倉沢・4ルンゼ 一ノ倉沢・南稜 一ノ倉沢・烏帽子沢奥壁 一ノ倉沢・中央稜 一ノ倉沢・衝立岩正面壁 一ノ倉沢・コップ状岩壁 一ノ倉尾根 幽ノ沢中央壁 幽ノ沢右俣リンネ 幽ノ沢V字状岩壁 幽ノ沢左俣中央ルンゼ 石楠花尾根 堅炭岩 南面幕岩 一ノ倉沢・衝立岩正面壁 写真:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2022年7月26日 遭難・滑落 遭難という観点から見ると、谷川岳の標高は2,000mにも満たないが、急峻な岩壁と複雑な地形に加えて、中央分水嶺のために天候の変化も激しく、過去の遭難者の数は群を抜いて多い。 ただし、遭難者の多くは一ノ倉沢などの岩壁からの登頂によるもので、一般的なルート(天神尾根)はほとんど危険な箇所もなく遭難者も少ない。また、平成28年からは毎年2名以下の死者しか出ていない。 死者数のギネス記録では、1931年(昭和6年)から統計が開始された谷川岳遭難事故記録によると、2012年(平成24年)までに805名の死者が出ている。世界各国の8000メートル峰14座の死者を合計しても637名であり、この飛び抜けた数は日本のみならず「世界の山のワースト記録」としてギネス世界記録に記載されている。 こうしたところから、谷川岳は「魔の山」「人喰い山」「死の山」とも呼ばれている。遭難の防止のために群馬県谷川岳遭難防止条例まで制定されている。 滑落の具体例 たとえば、1943年(昭和18年)9月8日に一ノ倉沢で2人の登山者が絶壁の岩場で遭難死。しかし遭難場所が分からず行方不明として処理され、遺体はそのまま岩場に放置された。30年後の1973年(昭和48年)5月13日に、偶然この場所にたどり着いた登山者が白骨化した遺体を発見。ポケットに残されていた10銭硬貨や過去の記録から、1943年の遭難者と判明した。5月25日に山岳クラブと地元警察により、30年ぶりに下山して親族の元に帰った。 1960年(昭和35年)には、岩壁での遭難事故で宙吊りになった遺体に救助隊が近づけず、災害派遣された陸上自衛隊の狙撃部隊が一斉射撃してザイルを切断、遺体を収容した(谷川岳宙吊り遺体収容)。これについては、ニュースの映像が残されており、自衛隊・警察の一斉射撃後、弾丸がザイルに命中し、遺体が衝立岩を落下する様子が写されている様子を見ることができる。 当事故の宙吊り遺体 Source: WikimediaCommons 不明 - 朝日新聞社「アルバム戦後25年」より。, パブリック・ドメイン, リンクによる 以下は自衛隊らがザイルを目掛け軽機関銃、ライフルなどで一斉射撃後している様子のニュース映像の青山貞一によるスクリーンショット。 自衛隊らがザイルを目掛け軽機関銃、ライフルなどで一斉射撃後している様子のニュース映像の青山貞一によるスクリーンショット。 この後、一発がザイルに命中し、2人の遺体は数100m落下し、それを遺体収容したところまでの映像が残されている。以下は、そのスクリーンショットの一部である。 自衛隊らがザイルを目掛け軽機関銃、ライフルなどで一斉射撃後命中し、遺体が落下している様子のニュース映像の青山貞一によるスクリーンショット。 2へつづく |