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東京大気汚染裁判
〜「和解」は「解決」ではない〜

鷹取 敦

掲載日:2007年8月10日


 8月9日、東京高等裁判所、東京地方裁判所で東京大気汚染の和解が正式に成立した。和解条項については別途入手したものがあるが、まずは各紙に報道されたものを引用する。
読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/
20070809-OYT8T00077.htm

 和解条項は、
〈1〉都が医療費助成制度を創設し、各被告が資金を拠出する
〈2〉国と都は連携して道路環境対策などに取り組み大気汚染の軽減を図る
〈3〉メーカー7社は原告に解決金12億円を支払う
〈4〉原告は請求権を放棄する
――などの内容。

日経新聞
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/
20070808AT1G0802K08082007.html

 和解条項は
(1)都内に1年以上住むぜんそく患者を対象とする医療費自己負担分の助成制度創設
(2)メーカー7社が解決金計12億円を原告側に支払う
(3)国、都などによる環境対策の実施
――が柱。合意事項に実効性を持たせるため、環境対策や医療費助成の実施状況を原告、被告側で協議する「連絡会」の設置も盛り込まれた。

朝日新聞
http://www.asahi.com/national/update/0808/
TKY200708080348.html

 新たな医療費助成制度の創設や公害対策の充実、メーカー7社による解決金12億円の支払いなどが和解条項の柱。
<中略>
 和解条項には、原告と国、都、首都高速道路会社が環境の改善状況などを意見交換する連絡会の設置が盛り込まれた。ぜんそくの原因と疑われる微小粒子状物質(PM2.5)については「環境基準の設定も含めて検討する」と国の役割が明示され、東京や名古屋など全国7カ所で新たにモニタリング調査を実施することが約束された。

東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/
news/CK2007080902039740.html

 六月に東京高裁が示した和解勧告に基づき、都の医療費助成制度創設や、メーカー七社からの十二億円の解決金支払いなどを柱とした和解条項がまとまり、原告と被告が合意した。提訴から十一年に及んだ裁判が決着した。
 和解条項はほかに▽国や都が環境対策を推進する▽被告と原告との連絡機関の設置−が柱。
 実際の和解条項を参照すると、第1に挙げられているのは、「医療費助成制度の創設」である。

 これは原告に限定されず都内在住の喘息患者(喫煙者除く)への医療費の自己負担分を助成する、これまでの患者のおかれた状況を考えれば画期的な内容である。喘息患者は、その健康が害され命が脅かされるだけでなく、医療費が重い負担となる一方で、喘息が理由で職を失う方が少なくない。医療費、生活費等、経済的にも極めて厳しい状況におかれている方が少なくないからだ。

 一方で、医療費制度への支出について、国は拠出額を60億円と限定し、5年後には見直すとしている。つまり、5年後もしくは拠出額が無くなった時点で、廃止されてしまうおそれがある。

 第2に挙げられているのが「環境対策の実施」である。

 国及び首都高の取り組みとして、「道路管理者による道路環境対策」、「自動車排ガス対策」、「PM2.5の健康影響評価の取りまとめとモニタリングの充実」が挙げられている。前二者は裁判以前から(実効性、実行性に問題があるものが多いものの)行われてきたので特段目新しいものではない。PM2.5については、国は「研究のための研究」を続けてきただけで、本格的なモニタリングも環境基準の設定も怠ってきたから、これを契機にまともな取り組みが始まれば喜ばしいことであるが、「環境基準の設定も含めて検討する」に止まっており、予断を許さない。

 東京都の取り組みとしては、「沿道の道路環境対策」、「踏切対策」、「自動車交通総量の削減対策」、「路上工事の縮減等の推進」、「低公害車等の導入促進」、「エコドライブの普及・推進」、「常時測定体制の強化」が挙げられている。

 国等の取り組み、東京都の取り組みのいずれも、筆者が国、自治体からの委託業務として自動車公害の政策・計画作りの最前線に関わっていた(そしてその実態に失望してきた)当時と変わらないものが列挙されているに止まっている。当時から問題はいかにして実効性、実行性を高めるのか、にあるのであって、今回の和解でもその点が全く担保されていないのが残念である。このままでは画に描いた餅にすぎない。

 第3は解決金の支払い、第4は連絡会の設置である。

 前述した医療費助成制度は今後の医療費負担に関するものであるから、最大600人以上に上る原告患者の過去の医療費、裁判に費やした費用を考えれば解決金は決して十分なものとは言えないかも知れないが、一定の評価はできる。

 連絡会については、どのように運営されていくかが重要である。以前のコラム「外環PIの教訓」で指摘したものと同様の問題が繰り返される可能性がある。形骸化されることがないよう注目する必要がある。

 和解条項をみると、具体性が高いのは、個別の事業(箇所名を挙げて列挙されている)である。ジャンクション間改良、立体交差、交差点改良、道路拡幅等で、かついずれも「事業中」と書いてあるものが多い。要するに、和解の有無に関わらず既に事業として行っているものを列挙しただけなのである。「事業中」ではないものは「道路緑化」と「大気汚染常時観測局の増設等」である。いずれも国(国土交通省)が公共事業として「喜んで」行いそうな内容であって、かつその内容も自動車公害問題を本質的に改善するものとは思えないものばかりである。

 以上のように、和解条項を検討してくると、原告である喘息患者が報われる可能性があるのは、当面5年間の医療費助成(と解決金)のみと言っても過言ではない。過去の公害裁判の和解後、実質的な公害対策が進められず、国にだまされたと感じているという声を聞く。今回の和解条項も医療費助成制度以外はこれらの過去の和解条項に似ている。

 一方、国や一部の研究者は、これらの裁判、和解条項を理由に新たな「公共事業」の予算や「研究費」を獲得することが少なくない。川崎公害訴訟の時には、道路工事には沢山の関連予算がついた一方、環境省にも当の川崎市では予算もつかず、実質的にはほとんどまともな対策が進んだとは考えられない。

 和解は解決ではない。解決に向かって少しでも前進できるかどうか、これからの国等の取り組みと国民の監視にかかっている。


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