エントランスへはここをクリック      
メアリー・ステュアートの足跡を追って
スコットランド
2200km走破


グレンコー

Glencoe
青山貞一
Teiichi Aoyama  
池田こみち Komichi Ikeda
2017年12月10日公開予定
独立系メディア E-Wave Tokyo 無断転載禁
スコットランド総目次へ

 ネス湖  アーカート城  アーカート城博物館  フォート・オーガスタス
 フォート・ウィリアム1   フォート・ウィリアム2   グレンコー  
 グレンコーの大虐殺1  グレンコーの大虐殺2  グレンコーの大虐殺3
 グレンコーの大虐殺4  グレンコーの大虐殺5
  ※ジャコバイトについて1  ※ ジャコバイトについて2


 この日は、宿泊先の ニュートンモア を朝出発し、インヴァネス → ネス川・ネス湖・ネッシー → アーカート城 → フォート・オーガスタス⇒フォート・ウィリアム とネス湖沿いを西に進みました。

 今日の宿泊地は大虐殺で有名なグレンコー(Glencoe )です。200km近くのロングドライブとなり、グレンコー近くに到着したのは夕方でした。

 昼間は素晴らしい快晴でしたが、フォルト・オーガスタスあたりからどんよりしてきて、グレンコー近くでは完全に雨となりました。ところが、目的の宿泊地、B&Bの場所がなかなかわからず、現地の近くで行ったり来たりを繰り返す羽目になりました。

 もともと、グーグルマップにはグレンコー近くの集落の詳細な地図はなく、番地はあってもナビもなかったことから、宿泊地探しは本当に大変でした。

 というのも、地図上でのグレンコーと(Glencoe)宿泊地のキンロックリーバン(Kinlochleven)は下の地図のように、8kmほど東にはなれていたのです。この辺りは深い山と森の中にあり、ホテルはなく、やっとのことで見つけたB&Bがキンロックリーバン(Kinlochleven)だったのです。これはグレンコーから8kmも離れていたからです。


グレンコーと宿泊地のキンロックリーバンの位置関係
出典:グーグルマップ


グレンコー
出典:グーグルマップ

 私たちは雨の中、リーバン湖の北側のノース・バラチュリッシュで迷いはじめ、最終的に右(東)はじのキンロックリーバン(Kinlochleven)にあるB&Bに到着したのは、すでに薄暗くなった夕方でした。しかもその間、雨はやみません。

 下は最初に道を間違った場所にあった鉄橋です。この鉄橋は、、細長いリーバン湖にかかっており、行き先は翌日行く予定のグレンコーでした。


出典:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2012-7


出典:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2012-7

 ところで、なぜ、私たちがスコットランドの山奥の僻地に来たかといえば、それは1692年にイングランドによるスコットランドの村(スコットランド)で歴史上の虐殺事件が起きた場所からです。

 やっとのことで、私たちはその日宿泊するB&Bを見つけ、近くにあった村にあったレストランのひとつで夕食をとりました。レストランとはいっても、名ばかりでメニューは数種しかありません。おそらく村の寄り合いや会合の時以外は、客はいないという感じでした。

 以下は、キンロックリーバン(Kinlochleven)のまちの風景です。


キンロックリーバン(Kinlochleven)
出典:グーグルストリートビュー

 翌日、B&Bを朝早く出発し、グレンコーから フォルト・ウィリアム → ダンスタッフネイジ城 → オーバン* → キルカーン城 → インバラレイ → ロッホ・ローモンド → ペイズリー を経由して次の宿泊地 グラスゴー まで進みます。 この日の午前、グレンコーは 雨でした。


つづく     スコットランド総目次へ