2018年・東日本大震災 復旧実態調査(宮城県北部編) 南三陸町沿岸2歌津2 青山貞一・池田こみち 環境総合研究所顧問 掲載:2019年5月20日 2020年3月11日第2次公開 独立系メディア E-wave Tokyo 無断転載禁 |
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漁家民宿やすらぎから見て海側にも、下のように似たような民家があったが、これらの家は津波被害にあったという。車庫と家の間に海(漁港)が見える。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-30 下の写真は上の写真うち、右側の家のものである。なかなかどうして立派な家である。旅館の女将によると、この家の一階は浸水したとのことである。一階は天井まで浸水し、今も内部は使えない状態だという。女将から東日本大震災時の貴重なお話が聞くことができた。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-30 以下は、この家から見た海(漁港)である。おそらく+8mTP前後はあると推察できる。したがって、3.11の津波はTPで8-9mの高さがあったことになる。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-30 民宿のよいところは、ご主人や女将といろいろ話ができることである。 「漁家民宿やすらぎ」でも、女将から東日本大震災時の貴重なお話が聞くことができた、また南三陸町の復旧、復興計画、事業の在り方についても忌憚のない話を伺うことができた。 夕食は漁師の民宿だけあって、魚介尽くしの磯料理だった。肝心な夕食は写真を撮り忘れたので、民宿のフェイスブックから以下を転載する。ただし、私たちが磯料理とは異なります。ただし、私たちが食べた磯料理とは異なります。 この辺りは海鞘(ほや)が有名とのことで、夕飯には地元でとれた新鮮なほやがたくさん出されました。 民宿のフェイスブックから転載 以下は朝食である。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-30 下は女将(左)の三浦千恵子さんと骨董品の鎧である。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2018-6-30 南三陸3歌津3につづく |