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メアリー・ステュアートの足跡を追って
スコットランド
2200km走破


スターリング城の内部2


青山貞一 Teiichi Aoyama  池田こみち Komichi Ikeda
2017年12月10日公開予定
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・王の旧建物

 内側囲い(Inner Close)の最も古い部分は、1497年頃に完成した西側の
King's Old Building(王の旧建物)です。ジェームス4世の新しい居住範囲と
して使用されはじめ、元々はL字型の建物でした。

 主要な部屋は地下室の上の1階にあり、二つの部屋には西側が広く眺望できる大きな窓がありましたが、内装は大きく改変されていました。

 突き出た階段塔は、上部が八角形となっており、同じ建物の第二階段塔をを模したデザインでした。

 1855年、建物の北端が焼失し、建築家で歴史家のロバート・ウィリアム・ビリングスによって貴族様式(Baronial Style)に再建されました。居室空間の南西端には、以前台所として使用されていた繋ぎの建物があり、王の旧建物や隣接する王宮とは異なる配置となっていました。

 これはジェームス1世の治世から始まっており、より早い15世紀の構造であることが示唆されています。 1998年のこの建物内の発掘調査では、埋葬のあとが発見されており、これが教会や礼拝堂の場所であったかもしれないことを示唆しています。


大ホール Great Hall


スコットランド、スターリング城大ホール内部(北向)の写真
Source:Wikimedia Commons


This photo of Stirling Castle is courtesy of TripAdvisor


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 インナークローズ(Inner Close)の東側には大ホール(Great Hall)、または議会ホール(Parliament Hall)があります。これは、1497年に王の古い建物が完成したのに続いて、ジェームス4世によって造られ、1503年までに漆喰が塗られました。

 そこには、伝統的な中世様式の中に、飾り窓のトレーサリー(ゴシック式窓上方の装飾的骨組み)といったような繊細なルネッサンス模様が取り込まれていました。

 多くのスコットランドの職人が手がけ、1470年代後半に建設されたエルサム宮殿のエドワード四世のホールに匹敵するスコットランドのデザインアイデアを取り入れています。これには、従来の中世の計画の中で、窓に交差する文房具のようなルネッサンスの詳細が含まれます。

 室内には5つの暖炉があり、壁の側面の大きな窓からは光が差し込み、王の高座の端を照らしています。部屋の広さは42×14.25メートル、スコットランドで最大のホールになります。

 元々のハンマービーム屋根(柱のない広い空間を作るための英国ゴシック建築の木造トラス)は、1800年に取り除かれました。その際、装飾的な銃眼付き胸壁も合わせて取り外され、このホールは狭い部屋に区分され兵舎として利用されました。

 二面の床と5つの交差する壁が差し込まれ、窓も取り替えられました。早くも1893年には、大ホール修復のための呼びかけが行われましたが、修復の機会は、1965年に軍隊が退去するまでありませんでした。

 その後、歴史的に正統な修復を行うため、1999年に作業が始まりました。ハンマービーム屋根とパラペットが取り替えられ、窓が再開され、外壁が石灰洗浄されています。


王宮内部 Royal Palace

 門の左側にあり、インナークローズの南側を形成しているのが王宮です。ブリテン島の最初のルネッサンスの宮殿です。これはジェームズ五世の作品です。ルネサンス建築と豊かな後期ゴシック様式を兼ね備えたこの建物は、スコットランドで最も建築的に印象的な建物の一つです。


スターリング城宮殿(1539〜42年)
Source:Wikimedia Commons


Stirling Castle
Source:Wikimedia Commons

 建築は1530年代に始まり、1540年代後半までにはおおかた完成しました。この作業の責任者は1540年に処刑されるまで、フィナートのジェームス・ハミルトン卿でした。(建築家である)彼も、王様から受けた土地と恩に報いるため、建築費の一部を負担しました。さらに、建築工事は、マリー・ド・ギースの摂政時代に行われ、18世紀には上層階は城の管理者の住居に改装されることとなりました。

 王からの土地と恩恵のため、メアリーの摂政ギース(メアリーの母親)とジェームス・ハミルトン卿により更なる作業が行われました。さらに18世紀には上層階が城のガバナーのためにアパートに改築されました。

 建築はフランス風のものですが(ギースはフランスから嫁いでいます)、装飾はドイツ風という印象です。彫刻の原点はドイツの彫刻家ハンス・ブルクマイヤーの作品にあります。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


This photo of Stirling Castle is courtesy of TripAdvisor


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


This photo of Stirling Castle is courtesy of TripAdvisor



王の謁見室の復元された天井の一部で、16世紀の丸い樫の木を彫られた「スターリングの頭」として知られる円形のラウンデル(ロゴタイプやシンボル)で飾られています。
Source:Wikimedia Commons


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


This photo of Stirling Castle is courtesy of TripAdvisor


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