ギリシャ旅行記 アクロポリスの丘 鷹取 敦 掲載月日:2013年12月25日
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この日に写真を撮った場所(Sony DSC-HX50VのGPSデータより Picasaで表示) ギリシャに到着した初日は、新アクロポリス博物館とアクロポリスの丘を訪れました。 ■アテネ市街空港から新アクロポリス博物館に直行しました。車窓からみるアテネ市街は、建物等の壁に落書きが多く、狭い道には両側いっぱいに駐車車両が並んでおり、控えめに言ってもよく維持されているという印象ではありませんでした。アテネ大学近くの通り(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) 新アクロポリス博物館前の通り(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) ■新アクロポリス博物館新アクロポリス博物館は2009年6月21日に開館されたばかりの新しい博物館です。アクロポリスの発掘が進み、出土品が旧博物館の収蔵容量を超えてしまったことに加え、19世紀オスマン帝国時代にイギリスによって持ち去られた(当時のスルタン・セリム3世の許可を得て持ち帰ったとされている)エルギン・マーブル(パルテノン神殿を飾った諸彫刻)の返還をギリシャ政府が求めた際、たとえ返還しても展示に適した博物館がないとイギリスに示唆されたことが理由ということです。新アクロポリス博物館(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) 博物館は遺跡の上の柱を建て、その上に建設されています。建物の下の遺跡は写真のように上や横から見えるようになっています。 新アクロポリス博物館の下の遺跡(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) 博物館はアクロポリスの丘の南西斜面に位置し、パルテノン神殿から約300メートルの位置にあります。 博物館の窓から見るパルテノン神殿(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) 博物館には、アクロポリスの丘にある遺跡のミニチュア、アクロポリスの丘から発掘された出土品、イギリスに持ち去られた彫刻のレプリカ、アクロポリスの現地に残してある彫刻のレプリカ等が展示されています。博物館内は1階の一部が撮影禁止となっている他は礼節を保っていれば自由に撮影できます。 プロピレア(入場門)のミニチュア(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) パルテノン神殿の彫刻は、実物、レプリカ、昔のスケッチ等が神殿の向きと位置に合わせて展示されています。 パルテノン神殿の彫刻、レプリカ等(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) パルテノン神殿は紀元前447年に建設され、その後、ビザンツ帝国時代には教会として、オスマン帝国時代にはモスクとして使用されていました。1687年には神殿内に保管されていた火薬がベネチア軍の砲撃により爆発し、大部分が破壊されてしまいました。 アクロポリスの丘には、パルテノン神殿の他にも複数の建築物等の遺跡があります。現存するプロピレア(入場門)、アテネ・ニケ神殿、エレクテイオンなど以外にも時代によってさまざまな建築物が作られてきました。博物館にはその変遷がミニチュアとして再現されています。 ■アクロポリスの丘博物館から徒歩10分ほどでアクロポリスの丘の入り口に到着します。大きな地図で見る アクロポリスの丘 アクロポリスの丘の入り口(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) 入り口付近に犬がいました。アテネでは、野良犬は予防注射と去勢をしたらそのまま放しているのだそうで、街中で時々大型犬が自由にしているのを見かけました。 アクロポリスの丘の入り口付近にいた犬(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) プロピレア(入場門)は丘の西側に位置しています。ここから古代アゴラ、ヘファイストス宮殿、裁判所の跡等が一望できます。 プロピレア(入場門)(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) 入場門から見るヘファイストス宮殿とアテネ市街(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) 左がエレクテイオン、右がパルテノン神殿です。パルテノン神殿では修復作業が行われているのが分かります。 エレクテイオンとパルテノン神殿(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) エレクテイオンとパルテノン神殿の前の鷹取敦(撮影 鷹取美加 CASIO EXILIM ZR-700) 修復中のパルテノン神殿の西側(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) 修復中のパルテノン神殿の東側(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) パルテノン神殿の前のガイドさんの説明(撮影 鷹取美加 CASIO EXILIM ZR-700) ライトアップされたパルテノン神殿(カライスカキ広場付近より) (撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) エレクテイオンは乙女の像の柱で知られています。現地の遺跡にある乙女の像はレプリカで、本物は新アクロポリス博物館に収納されています。 エレクテイオン(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) 新アクロポリス博物館に収納されている乙女の像(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) アクロポリスの丘の北東端からアテネで一番高いリカヴィトスの丘(標高約270m)が見えます。頂上には19世紀に立てられた聖ゲオルギオス教会が見えます。 リカヴィトスの丘(写真中央左の山)(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) リカヴィトスの丘頂上の聖ゲオルギオス協会(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) 北西方向にはゼウス神殿とハドリアヌス帝の凱旋門が見えます。 ゼウス神殿(中央)とハドリアヌス帝の凱旋門(手前左寄り) (撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) アクロポリスの丘に限らず、ギリシャの遺跡では多くのネコに出会いました。中にはひとなつこく自分から観光客の膝に登っていく子猫もいました。 遺跡にいたネコ(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) アクロポリスの丘から800メートルほど離れたところに、1896年に第一回近代オリンピックが行われたパナティナイコ・スタジアムがあります。平和の祭典オリンピックですが、1896年はクレタ島でギリシャ王国への統合を求める蜂起が怒り、ギリシャ王国の民族主義者の集団は武器や資金を送り、非正規軍がかけつけるような時代でした。翌年にはギリシャはクレタに派兵し、その後、ギリシャ軍はオスマン帝国に大敗北に終わった時代です。また、ギリシャ王国の財政は火の車で破産状態に陥り、国民も経済的な困難に直面していました。 パナティナイコ・スタジアム(撮影 鷹取敦 Sony DSC-HX50V) つづく |