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Now on the Silk Road

オスマン調文化

青山貞一 Teiichi Aoyama  池田こみち Komichi Ikeda 共編
掲載月日:2015年1月23日 更新:2019年4月~6月
独立系メディア E-wave Tokyo
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 次はトルコのイスタンブールです。

◆オスマン調の文化

 オスマン朝では、神学や哲学のような形而上の学問の分野では、当時のアラブ・イランのものを上回るものは表れなかったと言われます。しかし、それ以外の分野では数多くの優れた作品や文化を残しました。


イズニク陶器の水差し(16世紀頃)
Source:Wikimedia Commons

建築
 イスラムの伝統様式を発展させ、オスマン建築と呼ばれる独特の様式を生み出しました。モスクなどに現存する優れた作品が多く、17世紀に立てられたスルタンアフメット・モスク(ブルーモスク)がもっとも有名です。

 建築家はイスタンブールのスレイマニエ・モスクやエディルネのセリミエ・モスクを建てた16世紀前半のミマール・スィナンが代表的ですが、アルメニア人の建築家も数多く活躍しました。宮殿では、伝統的建築のトプカプ宮殿や、バロック様式とオスマン様式を折衷させたドルマバフチェ宮殿が名高いものとしてあります。

陶芸
 16 - 17世紀のイズニクで、鮮やかな彩色陶器が生産されました。この時代につくられたモスクや宮殿の壁を飾った色鮮やかな青色のイズニク・タイルは、現在の技術では再現できないといいます。18世紀以降は陶器生産の中心はキュタヒヤに移り、現在も美しい青色・緑色のタイルや皿が生産されています。

文学
 トルコ語にアラビア語・ペルシア語の語彙・語法をふんだんに取り入れて表現技法を発達させたオスマン語が生まれ、ディーワーン詩や散文の分野でペルシア文学の影響を受けた数多くの作品があらわされました。チューリップ時代の詩人ネディームはペルシア文学の模倣を脱したと評価されていますが、その後は次第に形式化してゆきます。


楽人(レヴニー画)
Source:Wikimedia Commons

美術

 イスラム世界から受け継いだアラビア文字の書道が発展し、絵画は、中国絵画の技法を取り入れたミニアチュール(細密画)が伝わり、写本に多くの美しい挿絵が描かれました。ヨーロッパ絵画の影響を受けて遠近法や陰影の技法が取り入れられ、特にチューリップ時代の画家レヴニーは写本の挿絵に留まらない、少年や少女の一枚絵を書いていました。 また、エーゲ海地方のウシャクでは絨毯の織物が有名です。

音楽

 アラブ音楽の影響を受けたリュート系統の弦楽器や笛を用いた繊細な宮廷音楽(オスマン古典音楽)と、チャルメラ・ラッパや太鼓の類によって構成された勇壮な軍楽(メフテル)とがオスマン帝国の遺産として受け継がれています。

園芸

 チューリップ、ヒアシンス、アネモネ、ラナンキュラスなどが庭園で栽培され園芸植物化され、多くの品種を世に出しました。

料理

 オスマン帝国の料理は、宮廷料理に向けて帝国全土から様々な料理や食材を持ち込んだ事で知られています。地中海の周辺で欧州、中東、アフリカの一部の料理にも影響を及ぼしました。


つづく