東南アジア最後の秘境 ミャンマー アーナンダ寺院(2) AnandaTemple 青山貞一 Teiichi Aoyama 池田こみち Komichi Ikeda 掲載月日:2016年8月4日 独立系メディア E−wave Tokyo 無断転載禁 |
(103) 王宮からアーナンダ寺院へ (104) アーナンダ寺院(1) (105) アーナンダ寺院(2) (106) アーナンダ寺院(3) (107) アーナンダ寺院(4) アーナンダ寺院の外観についてもう少し紹介しましょう。 下は南北を撮影したものです。先にアーナンダ寺院の正方形の外壁が130mあると言いましたが、下の写真を見るとに中央にある仏塔から一方向に、これだけの仏教施設があることが分かります。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2016-6-7 Source: Wikipedia 下はアーナンダ寺院の西側、すなわち正面から見た立面図です。 Source:http://bagan.travelmyanmar.net/ananda-temple.htm 以下はアーナンダ寺院建築の歴史的考察です。 ◆アーナンダ寺院建築の歴史 Architectural history アーナンダ寺院の建築の歴史については、多面的に分析されています。ビルマのモン族の建築様式を起源とすると指摘されている一方、多くのベンガルやオリッサの寺院からインドの建築様式の影響を強く受けていることも明らかとなっています。この点に関して、考古学者であるDuroiselle氏は、次のような見解を示しています。「アーナンダ寺院を設計し建築した建築家は間違いなくインド人であろう。」と。 この寺院の塔(Shikara:サンスクリット語)から基礎まで、また、通路内の沢山の彫刻、底盤部やテラスを飾る赤褐色の漆喰にいたるまで、多くのものが疑いなく、インドの非凡な才能と職人の技能によるものであるという証拠を示しています。 従って、アーナンダはビルマの首都に建設されてはいるものの、これはインドの建築物であると考えられているのです。また、この寺院の建築は、インドのオリッサ州(Orissa)ウダヤギリ(Udayagiri)の丘にあるAnanta洞窟寺院と非常に良く似ている(大々的に表したもの)と言われています。 注)ウダヤギリの丘(コトバンクより) 東インド,オリッサ州ブバネーシュワルの南西約6kmの相接する二つの丘カンダギリ(南西,15の石窟と19世紀初期再建の石積寺院)とウダヤギリ(北東,18の石窟と頂上に後円の石積寺院址)にあるジャイナ教遺跡。ウダヤギリ第14窟にあるカーラベーラ王の刻文は前1世紀末期と考えるのが有力で,おもな石窟はそれから2世紀ころまでに掘られた。ウダヤギリ第1・3・9・10窟,カンダギリ第3窟などの正面廊壁面上部の浮彫は,柔らかで動きのある人体表現を特色としている。 下はアーナンダ寺院の仏塔部分です。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2016-6-7 下の写真は仏塔から四隅に降りる傾斜部分の伽藍につけられた小さな仏舎利です。これ一つとっても稀有で秀逸な仏教分野の伝統工芸といるでしょう。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900 2016-6-7 以下の四枚もアーナンダ寺院の全体像を示すトリップアドバイザーの写真です。 アナンダ寺院 (トリップアドバイザー提供) アナンダ寺院 (トリップアドバイザー提供) アナンダ寺院 (トリップアドバイザー提供) つづく |