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ベトナム・ホーチミン市短訪
Short visit to Ho Chi Minh City in Vietnam
【5】戦争証跡博物館A

Vietnam War Remnants Museum 2
青山貞一・池田こみち Teiichi Aoyama & Komichi Ikeda
Environmental Research Institute, Tokyo

    
掲載月日 掲載月日:2011年2月24日2013年8月7-11日拡充
 
独立系メディア E-wave Tokyo 無断転載禁

内容目次
1 活気溢れる社会主義都市    7 べとちゃんとどくちゃん    13 市民劇場とその周辺
2 ホーチミン市の概要    8 統一公堂、旧大統領府   14 ホーチミン市革命博物館
3 ホーチミン市のエポック2つ    9 ホーチミン動植物園   15 ベトナム歴史博物館@
4 戦争証跡博物館@    10 ホーチミン市人民委員会   16 ベトナム歴史博物館A
5 戦争証跡博物館A    11 中央郵便局と大聖堂   17 ベンタイン市場
6 戦争証跡博物館B 12 ホーチミン作戦博物館 18 トン・ドック・タン博物館

ベトナム戦争証跡博物館A


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

ミセス Nguyen Thi Ui とその息子は米軍のリン爆弾によって傷つけられました。



ミセス Thi Ui とその息子はリン爆弾によって傷つけられた
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

 また、その後、Nguyen Thi Ba とその息子の親子は1970年8月18日、米軍のナパーム弾によって殺害されました。



1970年8月18日、米軍のナパーム弾によって殺害された親子
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8



2歳児の Nguyen Hong Tamは、1965年10月15日、米軍によるナパーム弾
によって焼かれた
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

◆ナパーム弾( Napalm bomb)

 ナパーム弾は、主燃焼材のナフサにナパーム剤と呼ばれる増粘剤を添加してゼリー状にしたものを充填した油脂焼夷弾である。アメリカ軍が開発したもので、きわめて高温(900 - 1,300度)で燃焼し、広範囲を焼尽・破壊する。

 初期に開発されたナパーム弾の構造は主燃焼材のナフサ、粘稠剤としてパーム油から抽出したパルミチン酸のアルミニウム塩、乳化剤としてのナフテン酸 などを混合したものを落下燃料タンクに充填したもの。これに信管をつけて航空機から投下した物である。 また、同じ混合液体は火炎放射器の噴射剤としても用いられた。

 ナパーム弾の充填物は人体や木材などに付着するとその親油性のために落ちにくく、水をかけても消火が困難である。消火するためには界面活性剤を含む水か、ガソリン火災用の消火器が必要である。また、ナパーム弾の燃焼の際には大量の酸素が使われるため、着弾地点から離れていても酸欠によって窒息死、あるいは一酸化炭素中毒死することがある。

 もともと「ナパーム」(Napalm) とは、ナフテン酸 (naphthenic acid) とパルミチン酸 (palmitic acid) のアルミニウム塩 (Aluminum Salts) の略語で、ガソリンやジェット燃料などの石油類と混合するとゼリー状にゲル化する性質を持った増粘剤である「ナパーム剤」のことである。ナパーム剤というのは俗称であり、正規名称は増粘剤 (Thickener) である。


ベトナム戦争でナパーム弾を投下するアメリカ軍

 だが、これを使用したゲル化油脂焼夷弾の主原料がナフサとパーム油だったため、ナフサの「ナ」+パーム油の「パーム」で「ナパーム」という説が一般に信じられるようになった。

 火炎放射器などに使用するナパームは現地で製造できるようにM2混合装置が開発され現在でも使用されている。使い方は簡単で、材料となるナフサかガソリンと粉末の増粘剤を入れてかき混ぜた後、タンクに注入するだけである。

 このような現地製造装置が必要なのは、工場などで大型タンクで混ぜて大量に生産してしまうと、粘性が高いため小さいタンクに移すのに通常のポンプでは注入出来ないためである。そのため製品の状態で前線へ輸送するよりも、現地で製造してタンクに移す方が効率が良い。

 この方法なら専用ポンプは最終の充填用の小型ポンプだけで済む。増粘剤は重量比で2%程度の混合なので、20キロあれば1トンのナパームが作れる。ナフサを使用しているのは工場で充填されるナパーム弾で、火炎放射器は燃料用のガソリンから現地で製造と充填を行っている。

 出典:Wikipedia

りん弾

 爆発によって黄燐を飛散させる爆弾。爆弾や砲弾に使用された。 黄燐は空気中で自然発火するため、皮膚につくとその場でやけどを起こす上、 体内に爆弾破片として入ると筋肉壊死、内臓の障害の原因となる。



米軍のリン爆弾による犠牲者
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8



1970年1月、Nguyen Thi Tu Oanh は、Quang Bihn州において、
米軍のナパーム弾で傷つけられた
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8



1966年8月17日、My Thuan 村のVung Lien 地区から来た
Sau Chau(男性)は、焼却された
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


米軍がベトナムで使った爆弾、地雷の数々
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


戦争証跡博物館展示写真
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


戦争証跡博物館展示写真
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


戦争証跡博物館展示写真
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


戦争証跡博物館展示写真
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

ホー チ ミン市の写真
ホー チ ミン市 (トリップアドバイザー提供)

?戦争証跡博物館の写真
戦争証跡博物館 (トリップアドバイザー提供)


戦争証跡博物館展示写真
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

 今、ホーチミン近郊の観光名所となっているクチ・トンネルは、実に250kmにも及ぶ地下トンネルを人海戦術で掘り、サイゴン陥落の一端を担っています。

ホー チ ミン市の写真
今や観光名所となっているクチトンネルの出口
ホー チ ミン市 (トリップアドバイザー提供)

ホー チ ミン市の写真
今や観光名所となっているクチトンネルの出口
ホー チ ミン市 (トリップアドバイザー提供)


空から落ちる米軍機の残骸 戦争証跡博物館展示写真
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


米軍の兵士が落下するヘリコプターとともに地上に起ちてくるところの写真
戦争証跡博物館展示写真
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

 現在、最新鋭の武器、銃器で武装した米軍がアフガンでてんてこ舞いしている史実と重ね合わせると、人間を人間とも思わない米軍的な戦争が結局、人間の精神力には勝てない証左であると思えました。


ホーチミン市の戦争証跡博物館 に展示された写真より
戦争証跡博物館展示写真
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

 今回、写真撮影は、ホーチミン作戦博物館以外は原則OKでした。

 ベトナム歴史博物館は事前許可制(有料制)でしたが、、戦争証跡博物館は、世界のより多くの人々にベトナム戦争やベトナムの苦難を知ってもらう姿勢が強く感じられました。

つづく