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最後の楽園
タスマニア
M四日目 オッポッサムベイ
Opossum Bay
青山貞一 池田こみち
掲載月日:2012年3月7日
独立系メディア E−wave Tokyo
無断転載禁

◆地球「最後の楽園」タスマニア現地予備調査報告
@全体概要 F中北部大自然 L希有な自然海浜
A州都ホバート Gグレートレーク Mオッポッサムベイ
B北部ロンセストンへ H376人の村ボスウェル Nシドニーウォータフロント
Cタスマニア動物園-1 I森林大伐採の元凶 Oシドニーハイドパーク
Dタスマニア動物園-2 Jポートアーサー刑務所
Eタマール川と渓谷 Kタスマニアデビル保護公園

 2012年2月20日から25日、オーストラリア南端にあるタスマニア島(Tasmania State)に現地調査の予備調査で訪問した。

5. 第四日目 オポッサムベイへ

5−1 オポッサムベイへ 

 タスマニア最終日の2012年2月24日、ホバート空港から飛び立つ前の数時間、私たちはホバートからほど近い複雑な形をした半島の先にあるオポッサムベイを現地視察した。

 オポッサムベイまでの行きのルートは以下の地図の赤の道路を使い、帰りは途中から茶色の道路を使いホバート空港でレンタカーを返却し、バージンオーストラリア航空でシドニーに移動した。



 以下は最終日の朝、宿泊先ホテルの庭からホバート市街を臨む。


宿泊先ホテルの庭からホバート市街を望む
撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2012.2.24


オポッサムベイまであと4kmの標識
撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2012.2.24


途中の景観
撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2012.2.24

 オポッサムは、以下にあるように有袋類オポッサム目 Didelphimorphia オポッサム科 Didelphidae の総称であり、ネズミに似ているが、フクロネズミとも呼ばれる。しかし、どうもオーストラリア大陸では、それとは別にカンガルー目のポッサム(すでに紹介)のことをオッポッサムということがあるらしい。

 調べてみると、ネズミに近いオポッサムは大部分がアメリカ大陸に分布しており、やはりタスマニアでいうオポッサムはタヌキなどに似ているポッサムを指しているようだ。

 非常に可哀想なことだが、ポッサムはタスマニア各地の路上で自動車にひき殺されている現場を見た。それだけタスマニアでは日本のタヌキ並に、人里に出てくることを意味するのだろう。

オポッサム

 オポッサム (Opossum) は、有袋類オポッサム目 Didelphimorphia オポッサム科 Didelphidae の総称である。1目1科。アメリカ大陸に分布する。ただしオーストラリアでは、カンガルー目のポッサムのことをオポッサムということがある。

 オポッサムは、外見は少しネズミに似ているが、カンガルーやコアラなどと同様に腹に育児嚢(いくじのう)という袋をもつ有袋類であり、ネズミに似た外見をしていることから、フクロネズミとも呼ばれる。

 フクロネズミは12〜14日程度という非常に短い妊娠期間を経て、胎児の状態で出産される。生まれた子は、ただちに這って育児嚢にたどり着き、嚢の内部にある乳首から乳を吸って過ごすようになる。しばらくは育児嚢で育てられるが、大きくなると育児嚢から出て、親の背中で過ごすことが多くなる。親が子を背負う姿から、コモリネズミの別名が使われることもある。

 シロミミオポッサムは鳥・カエルを食べる。 また、死んだふりをする動物として有名である。

 私たちは無料高速道路のA3から一般道のB33に入った後、ひたすら南下し、ラウダデール、サンドフォード、サウスアームを経由してオポッサムベイの突端まで行った。


オポッサムベイ
撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2012.2.24

 オポッサムベイは、タスマニアでは何ら観光地ではなく、キングストン、さらには遠くホバートを対岸にもつ湾であり、陸地側は一般の住宅地であることが分かった。

 しかし、好天にも恵まれオポッサムベイから湾を隔てキングストンやホバートの町並みが遠望できた。


オポッサムベイの海浜。波打ち際まで民家が立っている
撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2012.2.24


撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2012.2.24

 オポッサムベイからの帰途、現地で家庭ゴミの回収車を見ることが出来た。私たちがゼロウエイスト政策調査でよく行ったカナダ・ノバスコシア州ハリファックスの回収とよく似ている。


ポッサムベイからの帰途、現地で家庭ゴミの回収車を見ることが出来た
動画撮影:青山貞一 YASHICA ADV-1025HD 2012.2.24

 この後、私たちはホバート空港まで車を飛ばし、ヴァージン・オーストラリア航空で一路、オーストラリア本土のシドニーに向かった。帰り道はB33で北上した後、途中から空港に近い道路を使い大幅に時間を短縮、レンタカーを返却し、LCCに搭乗することができた。

 ヴァージン・オーストラリア航空は有名な英国のヴァージン・アトランティックの子会社でLCCである。


ヴァージンオーストラリア航空のカウンター
撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2012.2.24

ヴァージン アトランティック航空

 イギリスの航空会社で、大陸間の長距離国際線をメインに運航している。日本へは成田国際空港へ乗り入れている。

 ヴァージン・アトランティック航空はヴァージン・グループを率いるリチャード・ブランソンが、大西洋横断路線を運航する格安航空会社として知られたものの、大手航空会社による圧力を受けて1982年に破産したイギリスのレイカー航空のフレデリック・レイカーや、同じく格安航空会社として同路線に参入したピープル・エキスプレス航空の成功にインスピレーションを受けて、ヴァージン・アトランティック航空を設立し、1984年6月22日にロンドン・ガトウィック空港-ニューアーク国際空港線で運航を開始した。

 なお運航開始当初は、中古のボーイング747-200型機1機のみでの運航であった。その後、さまざまな機内サービスを積極的に導入したことが多くの乗客からの好評を受けて業績を伸ばしたが、レイカー航空同様にイギリスのフラッグ・キャリアであるブリティッシュ・エアウェイズから執拗な妨害を受けた。しかしその後も乗客数は伸び続け、機材を買い足すとともに、ロサンゼルスや東京などの主要都市にも路線網を拡大した。

 さらに1991年にはヒースロー空港への乗り入れも開始したほか、ボーイング747-400やエアバスA340などの当時の最新機材を導入した。なお、世界初のエコノミークラスへの個人用テレビの導入やプレミアムエコノミークラスの導入を行ったほか、バーや理髪店も設けた空港ラウンジ、オートバイによるロンドン市内と空港間の移動サービスの提供など、様々なサービスを積極的に導入することでも知られるようになった。

出典:Wikipedia

 下はホバートからシドニーまで乗ったヴァージン・オーストラリアのB737。


ヴァージン・オーストラリア航空のB737航空機
撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2012.2.24

 こうして、私たちのタスマニア現地予備調査がすべて終了し、シドニーで一泊し、帰途につくことになった。

タスマニア終了!

シドニーへ