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岩手県 歴史短訪
C金色堂覆堂とその周辺
青山貞一   池田こみち
掲載月日:2011年8月29日
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◆岩手県歴史短訪 世界遺産になった中尊寺
歴史短訪・中尊寺/毛越寺 @はじめに苦言を少々
歴史短訪・中尊寺/毛越寺 A中尊寺を歩く
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歴史短訪・中尊寺/毛越寺 C金色堂覆堂とその周辺
歴史短訪・中尊寺/毛越寺 D白山神社ととその周辺
歴史短訪・中尊寺/毛越寺 E平泉文化と毛越寺
歴史短訪・中尊寺/毛越寺 F毛越寺を歩く(前編)
歴史短訪・中尊寺/毛越寺 G毛越寺を歩く(後編)

金色堂覆堂とのその周辺

 金色堂を出ると、金色堂覆堂がある。読んで字の如く、永年、金色堂を覆っていた堂のことである。私が昔、見たときは、この金色堂覆堂のなかに金色堂があった。


金色堂を出て右手に進むと金色堂覆堂に出る
撮影:青山貞一 Digital Camera Nikon CoolPix S8



 金色堂は建立当初は屋外に建っていたが、全面金箔貼りの建築が屋外の環境にさらされれば傷むことは容易に想像できる。

 建立の数十年後には建物を風雨から守るための「霧よけ」のような施設が造られ、やがて正応元年(1288年)鎌倉将軍惟康親王の命令で金色堂を外側からすっぽり包む形で覆堂(さやどう)が建設された。

 現在の金色堂覆堂は1965年に建設された鉄筋コンクリート造のものである。金色堂はこの覆堂内のガラスケースに収められ、24時間体制で温度・湿度が調整されるようになっていた。


金色堂覆堂に入る池田さん
撮影:青山貞一 Digital Camera Nikon CoolPix S8


金色堂覆堂
撮影:青山貞一 Digital Camera Nikon CoolPix S8

 現在、木造の金色堂の旧覆堂(重要文化財)は金色堂の北西に移築されている。この旧覆堂は様式的にみて室町時代の建築である。

 金色堂は覆堂内にあったとはいえ、長年の間にネズミなどの害にあったり、金箔が剥げるなど劣化が進んでいた。
 
 そのため1962年から1968年にかけて解体修理が実施され、建立当初の豪華絢爛な姿に復元されている。解体修理後、強度の点で再使用できなかった部材は別途保管され、一部は覆堂内に展示されている。

 1986年から1990年にかけて、新覆堂の改修工事が行われた。

 それ以前には、ガラスケース内の湿度が上がったり、結露するなどの問題が生じていたが、ガラスケース自体も更新され、最新の設備によって相対湿度が常に65パーセントに保たれるよう配慮されている。


金色堂隠堂の内部
撮影:青山貞一 Digital Camera Nikon CoolPix S8


金色堂覆堂内部から外を見る
撮影:青山貞一 Digital Camera Nikon CoolPix S8

 以下はWikipediaのコメントである。まさに至言である!

 鉄筋コンクリート造りの覆堂及びガラスケースについては、世界遺産として見た目的にも悪く、平泉の文化遺産唯一の目玉建造物としては似つかわしくなく、今後検討が必要とされる。


大長寿院


大長寿院にて
撮影:青山貞一 Digital Camera Nikon CoolPix S8

 大長寿院は中尊寺一山支院のひとつ。関山西他にを坊地としている。



 中尊寺には多くの寺院があるがしの中で大長寿院は、多宝塔の次に古いものと言われている。初代の藤原清衡公が嘉承三年(1107)に建立したとされる。現在の大長寿院の周囲には竹林と大きな杉林があり、昼でも暗い。
 

大長寿院にて
撮影:青山貞一 Digital Camera Nikon CoolPix S8


大長寿院にて
動画撮影:青山貞一


横から見た大長寿院
撮影:青山貞一 Digital Camera Nikon CoolPix S8

 下は大長寿院周辺の杉林。




撮影:池田こみち Digital Camera Nikon CoolPix S10


つづく