チェコ・スロヴァキア・ハンガリー短訪 エステルゴム・センテンドレ・ ドナウ川ベンド 鷹取敦 掲載月日:2019年3月11日
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翌日はドナウベンドツアーです。「ドナウベンド」とは「ドナウ川の曲がり角」という意味でエステルゴムからブタペストに到る地域でドナウ川が東西から南北に直角に向きを変えます。まずは陸路でエステルゴムに向かいます。 ■エステルゴム下の写真はドナウ川の対岸からみたエステルゴムの大聖堂です。西暦1000年に洗礼を受けてキリスト教徒となったイシュトヴァーン1世が、教皇シルウェルステル2世から戴冠されてハンガリー王国を創始した場所がエステルゴムの大聖堂です。エステルゴムの大聖堂 撮影:鷹取敦 Nikon COOLPIX S9900 なお写真を撮ったドナウ川の対岸は、スロヴァキアです。このあたりはドナウ川がスロヴァキアとハンガリーの国境線となっています。スロヴァキアの通貨はユーロ、ハンガリーの通貨はフォリントなので、川のあちらとこちらで異なる通貨を使うことになります。 スロヴァキアとハンガリーの国境を渡る橋 撮影:鷹取敦 Nikon COOLPIX S9900 ハンガリー側に戻り大聖堂に向かいました。大聖堂の前では何かのイベンドの準備のためのステージが組まれていました。 エステルゴムの大聖堂 撮影:鷹取敦 Nikon COOLPIX S9900 ハンガリー最大であるエステルゴムの大聖堂は、創建時から現代までハンガリー・カトリックの総本山です。オスマン帝国の襲来、統治によって破壊されましたが、1822年から50年をかけて再建されたのが現在の大聖堂です。 エステルゴムの大聖堂 撮影:鷹取敦 Nikon COOLPIX S9900 大聖堂周辺を見学した後は、車でセンテンドレに移動します。センテンドレを見学後、ここから船にのってドナウ川をブダペストに向かいます。 ■センテンドレセンテンドレの地名は、アンドラーシュ1世(エンドレ1世、ハンガリー王 在位1046〜1060年)か聖アンデレ修道院に由来すると言われています。14世紀より商業都市として栄え、15世紀にはオスマン帝国の支配から逃れてきたセルビア人が定住し、16世紀にはセルビア正教会の教会が多数ありハンガリーにおけるセルビア人の中心地と見なされていました。 下の地図は現地にある案内図を地図部分です。右側が真北となっています。下(東)側がドナウ川で、ドナウ川沿いが一番低く離れるにつれて小高い丘となっています。 センテンドレ中心部の地図 撮影:鷹取敦 Nikon COOLPIX S9900 ドナウ川から近い中央広場に面してセルビア正教のブラゴヴェシュテンスカ教会が建っています。 ブラゴヴェシュテンスカ教会 撮影:鷹取敦 Nikon COOLPIX S9900 センテンドレの街並み 撮影:鷹取敦 Nikon COOLPIX S9900 高台に登るとセンテンドレ唯一のカトリック教会である聖ヤーノシュ・プレーバーニア教会があります。13世紀に建てられ、損壊と修復を繰り返し現在の建物は18世紀に修復されたものです。 聖ヤーノシュ・プレーバーニア教会 撮影:鷹取敦 Nikon COOLPIX S9900 聖ヤーノシュ・プレーバーニア教会 撮影:鷹取敦 Nikon COOLPIX S9900 街を散策した後、ドナウ川をブダペストに向かう船に乗り込みました。 ドナウ川の船着き場 撮影:鷹取敦 Nikon COOLPIX S9900 ドナウ川の川面には水泳、ウェイクボード、カヌーなどを楽しむ人々が見えます。 ドナウ川 撮影:鷹取敦 Nikon COOLPIX S9900 ドナウ川 撮影:鷹取敦 Nikon COOLPIX S9900 ブダペストの中心に近づくと中州のマルギット島の外周をジョギングしている人達が大勢見られました。夏の暑い日、ドナウ川は格好の避暑地のようです。 国会議事堂が見えてきたらドナウベンドクルーズももうすぐ終着点です。 国会議事堂 撮影:鷹取敦 Nikon COOLPIX S9900 徒歩でホテルに戻りました。 翌日は空港に向かいました。地下鉄の駅から地上に出ましたがバス乗り場の目印もなく街角にいる方にうかがったところ、その方がバスのチケットを販売していて、その近くのバス乗り場を教えていただきました。 ブダペスト分は駆け足で主要地点だけまとめました。後日、機会があったら拡充していきたいと思います。 2015年にスペインを訪れたのをきっかけとして、スペイン(2015年、2016年)、ミュンヘン&オーストリア(2017年)、チェコ・スロヴァキア・ハンガリー(2018年)と、ハプスブルク帝国に関わる地域を4年間にわたって訪れました。 歴史においてローマ帝国、ハプスブルク朝など共有する部分を持ちながら、風土、文化において大きく異なる側面が非常に興味深い旅でした。 またいずれもイスラムによる統治の時代(ヨーロッパからみれば侵略)や、包囲の歴史をもっていることも面白い点です。現在はイスラムの地域は西欧と比較して後進的、排他的な地域であるという偏見をもって見られがちですが、ヨーロッパの「暗黒時代」にはギリシャ・ローマの高度な文化、技術はイスラム圏が受け継ぎ、それをヨーロッパが再輸入したという歴史もあります。またイスラム支配時代にはキリスト教徒、ユダヤ教徒の信仰は(一定の条件のもと)尊重されていた反面、カトリックは排他的で「正統」なキリスト教徒以外を弾圧してきた時代もありました。 現代の世界で起きている出来事を理解する上で、歴史的な背景を知ることは、画一的な見方、ステレオタイプな見方を逃れるために必要なことです。 その歴史の現場のごく一部を訪れることができた一連の旅でした。 |