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現地視察(1) 現地視察(2) 現地視察(3) 現地視察(4) 現地視察(5) 現地視察(6) 現地視察(7) 現地視察(8) 現地視察(9) 現地視察(10) 現地視察(11) 現地視察(12) 現地視察(13) 現地視察(14) 現地視察(15) ここでは、下のマップにある足尾銅山の①通洞から本山、②本山から松木、また③本山から 小滝に車で移動しながら現地視察した内容を紹介する。 足尾銅山の3つの坑口の位置図 出典:足尾テラス http://ashio.org/ 下の地図は足尾銅山の3つの主要坑口と坑道をイメージ化したものである。ここではおもに本山と小滝に着目し現地視察した内容を紹介する。 グーグルマップの地形図から青山が作成 下の地図は一般社団法人日光観光協会、足尾散策ガイドマップ である。2014年5月7日の 足尾銅山現地調査は、この地図をもとに行ったので、以下の地図をベースに以下の現地視察を 展開する。 出典:一般社団法人日光観光協会、足尾散策ガイドマップ ①通洞から本山へ 出典:一般社団法人日光観光協会、足尾散策ガイドマップ をもとに青山が作製 まず「通洞地区」だが、通洞地区の中心に国道122号線沿いに「足尾銅山観光」がある。「足尾銅山観光」については、すでに詳細を紹介した。足尾銅山のジオラマ、テーマパークである。わたらせ鐵道を挟んで 「足尾銅山観光」の反対側(北側)に「足尾歴史館」がある。 今回、「足尾歴史館」は休館していた。 「通洞地区」に最も近いわたらせ鐵道の駅は通洞駅である。さらに国道122号線を「足尾銅山観光」から北東側に行くと、沿道に専念寺、本妙寺、呑龍寺などの寺がある。 呑龍寺の北にわたらせ鐵道の足尾駅がある。足尾銅山が稼働した往事には、おそらく足尾駅周辺は非常に活況を呈していたであろう。しかし、現在は非常にひっそり閑散とした住宅地となっていた。 足尾駅にて 撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8
通洞地区から本山地区へ 出典:グーグルアース わたらせ渓谷鐵道の通洞駅と足尾駅との間に足尾キリスト教会がある。この教会は日光市の解説板にあるように、鉱山労働者とキリスト教伝道との関連において歴史上重要なものである。 出典:グーグルマップ 出典:グーグルストリートビュー 国道122号線を足尾駅の少し北側で左折し(栃木)県道250号線を北上すると「本山地区」に入る。「本山地区」の入り口にわたらせ鐵道の間藤駅(まとう)がある。桐生駅を起点とするわたらせ鐵道は、この間藤駅が終点となる。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 松木川沿いに県道250号線を北上すると、県道250号から「本山地区」に渡る橋梁がある。これが有名な古河橋である。下の写真は、左の橋が旧古河橋、右の橋が新古河橋である。下を流れる川は渡良瀬川に流れ込む松木川である。ただし下の写真2枚はいずれも県道250号線から松木川を渡った位置から県道250号線を写している。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 旧古河橋前にて 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8
出典:グーグルストリートビュー 下の写真2枚は、古河橋を渡り「本山地区」に入ってすぐのところにある古河鉱業の足尾製錬所の一部である。 古河鉱業の足尾製錬所の一部 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 古河鉱業の足尾製錬所の一部 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 一方、橋を渡らず県道250号をさらに北上すると渡良瀬川の対岸に、足尾鉱山製錬工場の大きな煙突(高さ50m、直径5m)が見える。煙突の手前は松木川である。 現在の足尾銅山、古河鉱業 足尾製錬所(跡) 前を流れる川は松木川 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 以下はグーグルマップのストリートビューで見た古河鉱業 足尾製錬所(跡) である。2010年に大部分の工場設備を撤去した跡には写真にあるおおきな煙突など、ごく一部の施設のみが残されている。 出典:グーグルストリートビュー 下は往事の足尾銅山、古河鉱業 足尾製錬所の工場群の配置イメージである。 古河鉱業足尾製錬所の施設配置図イメージ 方位は上が西 下の3枚の写真は、往事の「本山地区」の足尾銅山の工場群である。これらの工場は2010年に大部分が解体されており残っているのは上の写真など一部となっている。 足尾銅山、古河鉱業 足尾製錬所 出典:足尾環境学習センター 1895年頃の古河鉱業、足尾製錬所 出典:Wikipedia 足尾銅山 古河鉱業、足尾製錬所 出典:足尾環境学習センター なお、足尾銅山、古河鉱業、足尾製錬所は2010年に大部分(おそらく90%以上)の施設、設備を解体、撤去した。したがって、現在見える施設はおおきな煙突などごく一部だけである。 2010年より前に、現地に入り写真を撮影してきたひとがいて、写真をホームページ上で公開している。非常に貴重な写真場であるので、ぜひご覧いただきたい!
2010年に大煙突など、ごく一部の施設、設備を残し、足尾銅山、古河製錬所は、解体、撤去されている。したがって誰も当時の足尾銅山、古河製錬所を誰もみることはできない。 本来、すべきは2010年前の足尾銅山、古河製錬所のすべてを世界遺産として登録し、誰でもが歴史の負の遺産を見られることであったはずである。 これではまさにナチス・ドイツがポーランドのアウシュビッツ、マイダネクなどの強制収容所を戦争終結時に破壊し、歴史上から隠ぺい工作したことと同じことを、古河側が行い、それを国や県がそれらを認めたことになりかねない。現地を視察し、つくづくそれを感じた。
下の写真は、足尾銅山製錬所と県道250線の位置関係を示したものである。 出典:グーグルマップ ストリートビュー さらに県道250号線を北上すると、道路に右側に龍蔵寺がある。 この龍蔵寺には、「本山地区」にあった墓石などが移設されているとともに、鉱毒で倒れていった渡抗夫と呼ばれる全国を渡り歩く抗夫たちの慰霊碑も設置されている。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8
下の写真は、、「本山地区」にあった無縁仏や墓石などを移設してつくられプラミッド型の石塔。よく見ると、一つ一つの墓石が見える。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 下の写真は、県道250号線と龍蔵寺との位置関係を示している。 出典:グーグルマップ ストリートビュー |
つづく |