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奥秩父遭難現場視察報告
A遭難事故の再検証

青山貞一 
20 September 2010
独立系メディア「今日のコラム」
無断転載禁


●特集:奥秩父、滝川上流の遭難事故を検証する 2010.8.7
青山貞一:日テレ取材班の奥秩父遭難を検証する@経過と事故の場所
青山貞一:日テレ取材班の奥秩父遭難を検証するA貴重な現場動画
青山貞一:日テレ取材班の奥秩父遭難を検証するB詳細分析
青山貞一:日テレ取材班の奥秩父遭難を検証するC遭難の原因リスト
青山貞一:日テレ取材班の奥秩父遭難を検証するD尾瀬での経験
青山貞一:日テレ取材班の奥秩父遭難を検証するE3次元シミュレーション


●特集:奥秩父遭難現場視察報告 2010.9.19
青山貞一:秩父再訪を敢行して 日テレ取材班遭難現場調査
青山貞一:奥秩父遭難現場視察報告 @現場周辺の状況
青山貞一:奥秩父遭難現場視察報告 A遭難事故の再検証
青山貞一:奥秩父遭難現場視察報告 B使えない携帯電話(通話・メール・GPS)
青山貞一:奥秩父遭難現場視察報告 C3次元想定ルート図
青山貞一:奥秩父遭難現場視察報告 DGPSデータによる検証 

◆遭難前後の経緯


 ここでは、先に行った以下の検証を現地調査をふまえて再度してみた。

 下は埼玉県警が発表した日テレ取材班遭難の経緯である。

遭難までの経緯(埼玉県警による)

7月31日   
午前6時半  登山開始
  10時ごろ 北記者と川上カメラマンがガイドと別れ再入山
午後11時ごろ 日テレから救助要請

8月1日
午前4時   県警山岳救助隊が秩父署を出発
  9時10分 心肺停止状態の2人を発見
午後3時すぎ 病院で2人の死亡を確認
  8時35分 山岳ガイドが会見
  11時50分 県警が2人は北記者、川上カメラマンと判明と発表

8月2日
午前7時5分 捜査員らが現場確認のため秩父署を出発
  9時20分 天候不順で断念し署に戻る

◆取材班の入山状況

 以下は取材班の奥秩父、滝川への入山状況である。

【日テレ取材班遭難】「ちょっと撮ってくる…」 
軽装を心配するガイドに言い残し、2人だけで入山

2010/08/01 11:50 産経新聞

 埼玉県秩父市大滝の山中で発生した県防災ヘリコプターの墜落事故現場を取材中の日本テレビ取材班の遭難事故で、心肺停止状態で1日に発見された日本テレビ報道局記者、北優路さん(30)=さいたま市浦和区=と、カメラマンの川上順さん(43)=東京都江東区=の2人が、一度下山した後、再び入山していたことがわかった。

 埼玉県警秩父署などによると、北さんら2人は7月31日午前6地半ごろ、県防災ヘリ墜落事故現場を取材するために、日本山岳ガイド協会の男性ガイド(33)とともに入山。現場付近まで向かったが、ガイドが2人の軽装を心配し、一度下山した。

 しかし、2人はその後、ガイドに「ちょっと黒岩尾根の写真を撮ってくる」と言い残し、2人だけで再び入山。2人は沢登り用の靴を履き、業務用無線を所持していたものの、服装はTシャツにジャージー姿の軽装だったという。

 墜落事故現場は険しい山岳地帯のため、県警は墜落事故発生後、報道機関に対し、「3次災害を防ぐため、極力山には入らないでほしい」と求めていた。

 ガイドは2人に「午後2時ごろまでに戻ってきた方がいい」と伝えていたが、2人は下山予定の午後6時を過ぎても戻らなかったため、日本テレビが午後11時ごろ、県警秩父署に救助を要請、1日早朝から県警ヘリや山岳救助隊が捜索していた。

◆取材班の足取りについて

 図1は遭難現場周辺の地形図である。


図1 豆焼橋、林道と遭難現場の位置関係
出典:グーグルマップより作成 

 埼玉県警及び新聞記事などを相当すると、以下のようになる。

 2010年7月31日午前、ガイドと2名の日テレ取材班は、国道140号まで自動車で来て、赤い色の豆焼橋近くにあるふれあいの森に一端自動車を駐車させた。

 その後、豆焼橋の山梨側で雁坂トンネルの出入口際にある林道から歩きやすい道を林道終点まで行くことになる。林道に入ったのが午前6時30分と推定される。

 林道終点からヘリ墜落現場近くまで行った後、登山ガイドが取材班の装備状況や天候などを考慮し、一度下山を決める。

 そして3人は一端、豆焼橋の林道入口まで引き返す。

 その後、取材班の2人が黒岩尾根から写真を撮ってくるとガイド言い残し、午前10時すぎに再度、林道→林道終点→黒岩尾根→滝川支流の沢へと向かった。

 林道入口を午前6時30分に出発し、林道入口に午前9時台にもどってきたとすれば、往復で3時間から3時間半がかかっていることになる。

 上記で問題となるのは、ガイドと取材班が午前6時30分から午前10時の間に実際にどこまで行ったか、行けたかである。

◆遭難現場周辺の現地調査

 奥秩父における日テレ社員遭難事故の現場は、国道140号線に架かる豆焼橋に起点をもつ林道を進み、林道終点まで行き、その後、黒岩尾根を数00m進んだ後、尾根から滝川支流がある渓流まで降りたところにあることがわかっている。

 これを図にすると図2となる。


図2 豆焼橋、林道と遭難現場の位置関係
出典:グーグルマップより作成

・林道入口→林道終点まで

 今回の現地調査をもとにこれを所要時間で見ると、林道入口(起点)から林道終点までは距離が1.4kmからせいぜい1.5kmであり、ほどんど傾斜が緩い歩きやすい林道であり、大人であれば平均して20分もあれば歩ける。実際、この地で渓流釣りや沢登りをしている人が書いたサイトでは、約20分となっているものが多い。

・林道終点→滝川の渓流に降りる黒岩尾根の起点まで

Aコース

 図2のAコースでは、林道終点から滝川の渓流に降りる黒岩尾根の起点までは、わずか200m程度であり、登山道ではあっても7分から10分であろう。そこから滝川の支流まで降りることになる。

Bコース

 他方、図2のBコースでは、林道終点から滝川の渓流に降りる黒岩尾根の起点までは、Aコースの2から最大3倍、距離にして400m〜600mであり、登山道を考慮しても15分から最大でも20分はかからないだろう。そこから滝川の支流まで降りることになる。

◆渓流に降りる黒岩尾根の起点から滝川支流まで

 これはAコース、Bコースともに、林道、登山道があるわけではなく、30度から45度の急勾配の斜面を徒歩で降りることになる。標高上の高低差は、約1200m(尾根)から約950m(沢)で、約250mとなる。GISを使い調べると直線的には約500m〜600mであるが、30度から45度の急勾配の斜面を直線的に降りるのは無理である。

 ※ GISはグーグルアースの3次元パスを使用

 仮にジクザク2〜3倍の距離で降りるとすると、Aコース、Bコースともに約1kmから1.5kmの距離を降りることになる。これに要する時間は、早ければ30分程度であるが、はじめてのコース、しかも装備が不備だとすると、1時間はかかるであろう。


図3 黒岩尾根から滝川支流想定断面図
作成、青山貞一

◆林道入口から滝川支流までの片道所要時間

Aコース
  20分+(7分〜10分)+(30分〜60分)=57分〜90分

Bコース
  20分+(15分〜20分)+(30分〜60分)=65分〜100分

 いずれのコースをとった場合でも、一番時間がかかるのは黒岩尾根から滝川支流まで急傾斜地を降りるための時間であり。それが全体の2/3程度となっている。

 上記は片道の所要時間であるので、往復では、その2倍以上がかかるはずである。また沢から尾根に登る方がよけい時間がかかるであろう。ここでは登りの方が下りより20%時間がかかるものとする。

往復の所要時間

Aコース
  (57分〜90分)×2×1.2=2時間17分から3時間40分

Bコース
  (65分〜100分)×2×1.2=2時間36分から4時間  

 先に ガイドと取材班2名の3人が林道入口を午前6時30分に出発し、林道入口に午前9時台にもどってきたとすれば、往復で3時間から3時間半かかっていることになると述べたが、本論でのシミュレーションでは、Aコース、Bコースとも、計算結果は、ほぼそれらの時間に収まることがわかった。

 つまり、筆者が行った上のシミュレーションからは、3人は7月31日の午前中に林道入口から入り、林道終点まで行き、その後、AコースあるいはBコースで一端滝川の支流の沢まで降り、午前10時前に、その逆コースをたどり、林道入口まで戻っていたことは間違いがない。

◆その後の取材班の消息

 新聞記事によれば、「ガイドは2人に「午後2時ごろまでに戻ってきた方がいい」と伝えていたが、2人は下山予定の午後6時を過ぎても戻らなかったため、日本テレビが午後11時ごろ、県警秩父署に救助を要請、1日早朝から県警ヘリや山岳救助隊が捜索していた」とある。

 ガイドは取材班が黒岩尾根から写真を撮るだけだと思い、午後2時までに戻ってきた方がよいと行ったのだろうが、取材班は黒岩尾根はどころか滝川支流の渓流まで行っていた。

 仮に午前10時30分に取材班2人が林道入口を出発した場合どうなるか?

 彼らが到着した沢の位置は、筆者がGISを使い詳細に推計した結果によれば、取材の対象となっていた救助ヘリが脱落した現場から2km以上離れていたはずだ。新聞記事では5〜6kmなどという記述もあったが、GISによる推計では、平面距離で2kmから2.5kmの範囲である。もちろん距離は以下の曲がりくねった線の長さを合計している。

 もし、取材班がどうしてもヘリの脱落現場の写真を撮るためには、昼間でプロの沢登者であっても、最低でも現地に4時間は沢を上流に登る必要があるはずである。


図4 滝川支流到着位置から脱落ヘリ現場までの距離計測
GISシミュレーション、青山貞一

 となると、仮に林道入口から当初の沢まで、2回目ということもあり片道2時間30分で行けたとして、午前10時30分に出発した取材班が滝川支流に到着するのは、午後1時となり、その後、4時間滝川支流沢を脱落ヘリ現場に向け上流に向け登ったとすると、午後5時近くとなる。

 運良くそこで脱落したヘリの写真を撮影できたとして、その後、林道入口に戻るとすると、帰りの所要時間を最大で3時間とした場合、午後8時となる。7月31日なので午後6時頃までならそれほど暗くならないが、午後7時をすぎると一気に真っ暗となり、到底歩行は困難である。

 だが、現実は上記よりさらに厳しい状況にあったのではないかと推察できる。

 最大の原因は、現場での沢登り技術である。先に筆者が述べたようにGISによる推計では、2kmから2.5kmの範囲であった。しかし、奥秩父滝川のほぼ同じ渓流登りのルートを経験した人の記録によれば、滝川支流の上流にはたくさんの淵や釜、滝、岩盤、岩壺などがあり、仮に平面の延長距離が正確に2kmから2.5kmの範囲にあったとしても、実際に沢登りは容易ではない。ロッククライミング技術が必要となる。難しい滝は高巻きしなければならず、1kmを2時間でも無理である。

 ここで沢登りのプロ(Push Happy氏)が類似のコースを実際にたどった所要時間を以下に示す。

 午前 9:55 滝川本流と曲沢の合流地点
    10:30 金沢との出会い
    13:14 慎の沢の出会い
    14:13 釣橋小屋跡


沢登りのプロ(Push Happy氏)が類似のコースを実際にたどった経過時間
出典:国土地理院の地図より青山が作成

 類推すると、プロでも取材班のコースを沢登りすると5時間から6時間かかるはずである。したがって、午前10時30分に出発した取材班が林道入口に戻る時間は、午後9時〜午後10となり、きわめて非現実的なものとなるのである。 

 さらに当日の気象状況も上記に加わる。気象庁のデータアーカイブから2010年7月31日の一時間ごとの降雨データを見ていると、遭難現場に近い<三峰>のデータでは、この7月31日は降雨がないことが分かった。7月26日に強い雨が降っているが、それは5日前であり、31日に急激に沢が増水する原因とは考えられにくい。

三峰 
2010年7月31日
 
降水量(mm)
1 0.0
2 0.0
3 0.0
4 0.0
5 0.0
6 0.0
7 0.0
8 0.0
9 0.0
10 0.0
11 0.0
12 0.0
13 0.0
14 0.0
15 0.0
16 1.0
17 0.0
18 0.0
19 0.0
20 0.0
21 0.0
22 0.0
23 0.0
24 0.0
出典:気象庁

 実を言えば、もしカメラマンが途中撮影した写真が残っていれば、取材班が脱落ヘリ現場まで到達できたのか、それとも滝壺に落ち、それを助けようとして2人が遭難したのかがおおよそわかるはずである。

 下は沢登りのプロが類似のコースを実際にたどったビデオ(YouTube)である。見ればわかるように、滝川水系の渓流は非常に厳しいものであることが映像から伝わってくる。 

 つづく

<参考>

 下は上記の沢登りの要所を動画から静止画化したのものである。どの写真を見ても滝川水系は地形的に厳しいものであることがよく分かる。



出典:Push Happyさん動画

出典:Push Happyさん動画

出典:Push Happyさん動画

出典:Push Happyさん動画

出典:Push Happyさん動画

釣橋小屋跡付近
出典:Push Happyさん動画



出典:Push Happyさん動画