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日本のメディアの
本質を現場から考えるB

〜記者クラブと世論誘導〜

青山貞一


掲載月日:2007年6月8日

無断転載禁

◆青山貞一:日本のメディアの本質を現場から考える 
  バックナンバー

J巨大公共事業推進の先兵
I政権政党ともちつもたれつ
H政治番組による世論誘導
G民主主義を壊す大メディア
F意見の部分選択
E原発事故と報道自粛
D戦争報道と独立系メディア
C環境庁記者クラブ事件
B記者クラブと世論誘導
A地方紙と世論誘導
@発行部数と世論誘導

 
宮崎県の東知事が就任早々、記者会見で次のように言い放った。

 「記者クラブという存在は、先進国では日本だけ」。「戦後60年たったが、(記者クラブや定例記者会見の)在り方を見詰め直されないのはいかがなものか」

 東知事の発言から遡ること6年前、田中康夫長野県知事(当時)は、以下の「脱・記者クラブ」を宣言した。


「脱・記者クラブ」宣言

 
 その数、日本列島に八百有余とも言われる「記者クラブ」は、和を以て尊しと成す金融機関すら''護送船団方式''との決別を余儀なくされた21世紀に至るも、連綿と幅を利かす。

 それは本来、新聞社と通信社、放送局を構成員とする任意の親睦組織的側面を保ちながら、時として排他的な権益集団と化す可能性を拭(ぬぐ)い切れぬ。現に、世の大方の記者会見は記者クラブが主催し、その場に加盟社以外の表現者が出席するのは難しい。

 また、日本の新聞社と通信社、放送局が構成員の記者クラブへの便宜供与は、少なからず既得権益化している。

 長野県に於(お)いても、例外ではない。県民の共有財産たる県庁舎内の3ヶ所に位置する「県政記者クラブ」「県政専門紙記者クラブ」「県政記者会」は、長きに亘って空間を無賃で占有してきた。面積は合算で263.49平方メートルに及ぶ。

 部屋と駐車場の使用料に留まらず、電気・冷暖房・清掃・ガス・水道・下水道の管理経費、更にはクラブ職員の給与も、全ては県民の血税で賄われてきた。推計での総額は年間1,500万円にも上る。これらを見直されねばならぬ。

 須(すべから)く表現活動とは、一人ひとりの個人に立脚すべきなのだ。責任有る言論社会の、それは基本である。

 2001年6月末を目途に3つの記者室を撤去し、仮称としての「プレスセンター」を、現在は「県政記者クラブ」が位置する3階の場所に設ける。

 194.40平方メートルの空間にはスタッフを常駐させ、コピー、FAX等は実費で承(うけたまわ)る。テーブル付きの折り畳み椅子を数多く用意し、雑誌、ミニコミ、インターネット等の媒体、更にはフリーランスで表現活動に携わる全ての市民が利用可能とする。

 使用時間等を予約の上、長野県民が会見を行う場としても開放する。更には「ワーキングルーム」として、現在は2階に位置する「県政専門紙記者クラブ」の空間(30.24平方メートル)にも、同様の椅子を並べる。

 平日の10時45分と16時30分の2回、政策秘書室の担当者が「プレスリリース」を掲示し、希望者には無料で頒布する。併せて、その場で質疑応答を受け付ける。必要に応じて、関係部課長等も件(くだん)の会見に出席し、資料説明を行う。知事も又、その範疇に含まれる。

 如何なる根拠に基づいてか、記者クラブ主催だった長野県知事の記者会見は今後、県主催とする。

 知り得る限り、記者会見を毎週行う都道府県知事は、長野と東京のみである。而(しか)して長野県に於(お)いては、往々にして毎回の記者会見に割く時間は1時間以上に亘る。知事室を始めとする県庁内、視察現場等での''ぶら下がり''なる符丁で知られる記者との遣り取りも、拒んだ過去は一度としてない。その精神は変わらない。

 従来と同じく事前に日時を告知した上で週1回開催する知事記者会見には、全ての表現者が参加可能とし、質疑応答も行える形式に改める。但し、質問者は氏名を名乗らねばならぬ。

 前述の「プレスリリース」同様、会見の内容はホームページ上に掲載する。動画でのアップも導入する。天変地異を始めとする緊急記者会見の開催通知や資料提供を希望する表現者は、所定の用紙に連絡先等を記入して予め届け出る形を考える。以上、ここに「『脱・記者クラブ』宣言」を発表する。

 今回の宣言が、県民の知る権利を更に拡充する上での新たな「長野モデル」の一つとなる事を切に願う。

 更なる詳細は、全ての表現者との開かれた話し合いを踏まえて決定する。猶(なお)、任意の親睦団体としての記者クラブの存在は、長野県に於いても加盟各社の自由意思であり、これを妨げはしない。
 
2001年5月15日 田中康夫

 田中康夫氏は「脱・ダム宣言」で有名だが、筆者は「脱・記者クラブ」宣言に田中氏の本領が発揮されていると思っている。

 その田中康夫前長野県知事は、せっかく宣言した「脱・記者クラブ」宣言にもかかわらず、その後、メディアからの質問の多くにまともに答えることなく、はぐらかしの連続であった。

 政治家にとって情報リテラシー能力、とくに双方向のコミュニケーションは具備すべき最も重要な資質のひとつであるが、田中康夫氏は、残念ながらコミュニケーション能力に乏しい。

 自分の言いたいことを一方的に話し、ひとの意見を聞かない、そさすとの批判をずいぶん受けていた。

 その点、冒頭の東宮崎県知事は、田中康夫氏に比較し、丁寧に質問に答えており、情報リテラシー、とりわけコミュニケーションに関しては格段上と評価できる。

 ......

 本題から離れたが、日本独自の記者クラブなる制度こそ、日本のメディアの本質を考える上で重要な論点を提供している。

 最大の問題点は言うまでもなく、記者クラブが国、自治体など行政による一方的な情報提供の先兵の役割をなし、結果的に「情報操作による世論誘導」のツールとなりさがっていることだ。

 いうまでもなく、「情報操作による世論誘導」は、アーンシュタインの 「民度を計る」ための8段階の階段の最も下段にある。


 図1  「民度を計る」ための8段階の階段

8 市民による自主管理 Citizen Control 市民権利としての参加・
市民権力の段階

Degrees of
Citizen Power
   ↑
7 部分的な権限委譲 Delegated Power
   ↑
6 官民による共同作業 Partnership
   ↑
5 形式的な参加機会の増加 Placation 形式参加の段階
Degrees of
Tokenism  
   
4 形式的な意見聴取 Consultation
   ↑
3 一方的な情報提供 Informing
   ↑
2 不満をそらす操作 Therapy 非参加・実質的な
市民無視

Nonparticipation
   
1 情報操作による世論誘導 Manipulation
原典:シェリー・アーンシュタイン(米国の社会学者)青山修正版

 週刊誌メディアとのつきあいが長い田中康夫氏は、記者クラブが新聞社やテレビ局、通信社などの記者による仲間内での既得権益的親睦団体であり、結果的に週刊誌はじめ他のメディアを排除していると指摘している。 また、さまざまな便宜供与を国、自治体から受けている記者クラブは一種のギルド組織として、永年、さまざまな便宜、恩恵を行政から受けてきた。

 しかし、記者クラブの問題は、週刊誌メディアやNPOメディアを排斥したり、行政からさまざまな便宜、恩恵を受けてきたことにとどまらない。

 おそらく最大の課題は、記者クラブに記者がいれば、黙っていても行政が「ネタ」をもってくること、そして説明してくれ、さらに記事化する面倒まで見てくれることだ。その結果、新聞記者は本来記者としてすべきことをせず、行政にオンブニダッコとなり事足りると錯覚することになることこそ大問題である。

 本来、新聞記者は行政情報を鵜呑みにせず、自分の足を使い、現場に出て直接取材し、裏付けをとり、反対勢力の意見をとるなど、記事をつくるうえで最低限のことをしなければならない。

 しかし、現在のメディアの圧倒的多くの記者は、いわば記者クラブに安住し、あんぐり口を開け情報を待っている、存在となっているのである。

 もちろん、今回の国民年金問題のようにひとたび事件化すれば、それなりに動くが、それは希である。近年、国、自治体のプレスリリースを鵜呑みにした記事が圧倒的である。

 国、自治体など行政やその外郭団体の不祥事が頻発している昨今、行政からのプレスリリースを記事化しているだけでは、到底、行政の誤謬、不作為などを看破することは不可能でああろう。さらに記者クラブには、さまざまなオキテがある。特定の新聞社が他社を出し抜けないような不文律のオキテがあるのである。

 それらは一口で言えば、記者クラブに加わる各社における「談合」であると言ってもよいだろう。

 さらに言えば、記者クラブに安住する記者の多くには、国、自治体のプレスリリースへの質問、それも厳しい質問がほとんどない。仮に一回質問し、官僚、役人が回答すると、それ以上の突っ込みがない。

 理由は記者クラブに安住するあまり、メディア間の競争がないこと、不勉強きわまりないことなどがある。これでは行政による「情報操作による世論誘導」の先兵となるばかりで、到底、まともな記事は書けない。

つづく