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崖上の下落合マンション
完成直前「建築確認」取消
G紛争の法的側

青山貞一
Teiichi Aoyama池田こみち Komichi Ikeda
掲載月日:2016年2月12日
 独立系メディア E−wave Tokyo

無断転載禁

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◆紛争の法的側面の詳細

 以下は、下落合4丁目マンション紛争の法的側面の詳細です。これについては、裁判の住民側弁護人を務めた川上英一郎氏(川上綜合法律事務所)が、環境法律家連盟の機関紙、「環境と正義」119号(5月号2009年4月25日発行)に訴訟の詳細を書かれているので、以下に示します。

◆完成直前のマンションに高裁が確認取消判決
 住民側弁護士・川上英一郎氏(川上綜合法律事務所)

 本件建築敷地(約2000m2)は、住民が「タヌキの森」と呼ぶ屋敷跡で、東京都新宿区下落合の2つの野鳥公園に挟まれた高台にある。

 樹齢200年のケヤキ等が茂り、地上から5m崖下にはタヌキ2匹も住む。住民は区に買い取ってもらって、一体の公園にするよう求めて、「下落合みどりのトラスト基金」を立ち上げて、土地代の一部として2億1千万円の寄付を集めた。

 そこに、一部上場のマンション業者が地上3階地下1階、3棟・30戸の集合住宅(マンション)の工事を始めた。

 住民らはその工事の中止を求めて、平成17年1月に新宿区建築審査会に審査請求を出し(建築基準法94条)、以来、ねばり強く行政訴訟を繰り返し、ついに、4年後の今年1月に東京高裁から建築確認取消判決と工事執行停止の決定を得た。

 現在、新宿区が上告中。住民は土地を更地に戻して、緑のオアシス、野鳥の森公園を目指したいとしている。

 以下、本件裁判の論点を紹介し、住民や関係者の参考に供したい。

1.管理組合の原告適格

 本件建築敷地隣接のマンション管理組合も、任意的訴訟担当として原告に加わった。審査会は申立適格を認めたが、裁判所は、法は個々人の個人的利益として住民の生命・身体の安全、財産を保護していると解すべきとし、否定した。しかし、都会においては、多くの住民はマンションで生まれ、成長し、そこで人生を完成することになる。

 これからの都市住民のよりよい住環境を実現する上で、管理組合の役割は益々重要になる。マンションには、あらゆる分野の知識を有する人が住んでおり、建築紛争で業者や検査機関(建築主事)と戦うには、専門家の協力がなければ全く不可能である。関係者の今後の努力次第では、判決から見て判例変更もそう遠くないと考える。

2.「法律上の利益を有する者」

 本訴は、建築の当事者(建築主)でない、地域住民による建築確認取消の訴である。その場合、どの範囲の住民が原告「法律上の利益を有する者(行訴法9条)」になるかは極めて重要な法律問題である。

 裁判所は、管理組合の原告適格は否定したが、本件建築物の倒壊、炎上等により直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に存する建築物に居住し又はこれを所有する者に訴えの利益を認めることが出来ると判示し、原告26名中、建築物から45m以上の距離にある4名を除き、22名の原告適格を認めた。住民による住環境破壊の違法建築中止の訴えは、本件判決によって広く開かれたと考える。

3.本件安全認定の違法性

 高裁判決の本件建築確認取消事由は、先行処分の基準法43条2項に基づく東京都安全条例4条3項による新宿区長の安全認定の違法が本件建築確認に承継されると判断したものである。

 本件敷地は幅員2.8mの狭小道路に、蛇が口を開けた形状(この部分のみ8m幅)の4m幅の最長35mを越える路地状敷地で接続している。かつ、この路地状敷地のどん詰まりにある本件敷地の周囲は高さ4mを越える崖状になっており、外部に避難できない袋地敷地になっている。

 かかる路地状部分によってのみ道路に接する場合、本件建築物は普通建物に適用される4条1項によれば、通路ずっと8m幅以上で道路に接続しなければならないところ、区長は建築主の申請(後記6項)に従い、普通建物に適用される同条3項に基づき申請建築計画について安全上支障がないと認定した。

 高裁は4条3項の認定は区長の専門的技術的な裁量にゆだねられているとした上で、4条3項の安全認定は1項が定めている安全確保と同等(以上)の安全が確保されることが必要であり、本件路地状敷地の状況を総合的に検証して、区長の認定は裁量権を逸脱濫用したもので違法と判断した。

4.行政手続法(手続条例)違反

 平成5年に行政手続法が制定され、5条は許認可等の性質に照らし、その審査基準を具体的に定めるものと規定している。そして新宿区は同条例を定めている。

 伊方原発訴訟で最高裁は具体的な審査基準に当てはめて、許可の違法性を判断している(民集46巻7号)。住民は、安全条例4条3項の規定は抽象的であるから、区長が同認定する場合の具体的な審査基準を定め、公にしておかなければならないと、主張した。新宿区は手続法(条例)は建築基準法関係規定でないから、本件認定には適用されないと主張した。

 高裁は本件認定判断は区長の専門的かつ技術的裁量にゆだねられているとして、手続法(手続条例)違反について判断を避けているが、許認可の法適合性判断のためには、具体的審査基準は必要不可欠であり、もし、定めてない場合の許認可等は手続法(条例)違反である旨の主張を強力にすることが大切と考える。

5.本件建築確認と本件認定の関係

 本訴は当初、本件認定が行政処分か否かが激しく争われた。新宿区と審査会は処分でないと主張し、その後に処分であると主張を変更した。

 本件建築確認が適法であるためには、先行の本件認定が合法でなければならない。そこで、新宿区は2つの行政処分があり、先行行為の本件認定を独立の処分とし、それが公定力を有する場合、後行処分(本件建築確認)をする際、先行処分の違法性は問題にならないと、主張した。

 これに対し、高裁は住民の主張を採用し、本件認定は独立した裁判の対象になる行政処分に当たるが、建築確認の段階までは、その効力を発揮するかどうか確定してないものであるとし、建築確認の段階においてその判断の違法性を争うことをできなくするものではなく、建築確認の取消事由の一つとして主張することができると判示した(判時1381号参照)。

6.「用途の偽装」

 本件建築計画は、3棟からなり、建築面積805m2、延べ床面積2800m2、鉄筋コンクリート造、耐火建築物、地上3階地下1階、30戸の集合住宅である。

 建築主は同建築計画を「長屋(普通建物)」と主張し、普通建物に適用される安全条例4条3項の認定を新宿区に申請した。

 これに対し、住民は本件集合住宅はマンションで特殊建築物(共同住宅)であり、この場合は4条でなく10条が適用されると主張した。

 法は長屋も共同住宅も特に定義しておらず、かつ、新宿区長(建築主事)は手続法(手続条例)5条に基づき、その具体的審査基準を定めていない。従って、法1条・2条2号に基づき、特殊建築物か普通建物かは、安全側に軸足を置いて総合的に判断すべきであり、その判断は4条3項認定の先決法律要件であると主張した。

 判示は本件建築物を特殊建築物(共同住宅)であると積極的な判断をすることは避けたが、「本件建築物が特殊建築物に当たるとすると、安全条例2章により更に制限が加重されることになるのである。」と、判示している。「共同住宅」なら、明らかに建築できない敷地状況において、「長屋」と偽装して特殊建築物該当の集合住宅(マンション)の違法建築を防止する重要性が増大している。

7.「数の偽装」

 令1条は、「敷地」を「1の建築物又は用途不可分の関係にある2以上の建築物のある1団の土地をいう。」と定義している。この規定は、単体構造規定でなく集団規定(都市計画法規)である。それは複数の建築物の日照を相互に確保するため、隣地・北側斜線制限を各棟に適用をはかるための規定である。従って、これを順守すると建築できる戸数が減ることから、別棟の建築物をエキスパンションジョイントで接続させ「1の建築物」と主張して、住宅地域の狭隘な敷地に過大なマンションを建築して、全国各地域で住民と紛争を引き起している。

 本件は、東棟、西棟、南棟の3棟をコの字型に30cm間隔で配置し、それをEXP・Jで接続し、1棟の建築物であると主張して、建築確認を受けた。EXP・Jとは建築面積も重量も違う別の建物を土台・壁を共通して建てると、地震等の場合、震動が異なって共通部分が破壊されるのを防ぐため、分離しておく方法(令81条2項)で、別な建築物を令1条該当の1の建築物にするための偽装装置ではない。具体的な審査基準を定めることもなく、令1条の脱法を検査機関(建築主事)が容易に確認し裁判所がこれを裏書きし、住宅地の大規模な環境破壊が進行している現状は、まことに異常というしかない。

8.裁判中に建築物が完成直前

 本件建築工事は、急ピッチで進行し、判決時には、すでに9割がた完成し、もし、完成してしまえば、訴えの利益がなくなると言うのが、最判である。「法9条・7条により、たとえ建築確認が違法であるとして判決で取り消されたとしても、違反是正命令を発するかどうかは行政庁の裁量にゆだねられているから、検査済証の交付を拒否し又は違反是正命令を発する上において法的障害となるものではなく、建築確認はそれを受けなければ工事をすることができないという法的効果を付与するにすぎない(民集38巻10号)。」最判は法を見て、正義を忘れるの類で、必要なら執行停止を取ればよいと言うのは、答えにならない。

 本訴の判決前に、どうして、公定力を有する行政処分の執行停止決定ができる裁判所があろうか。建築確認取消裁判を実効あらしめるためには、最判は変更されなければならない。

9.執行停止決定

 建築確認取消判決をした高裁は、住民の申立に応じ、9割がた完成した本件工事の執行停止決定をした。

 建築紛争裁判で画期的な決定である。

 「今回の判決で、工事の進捗状況にかかわらず裁判で建築確認が取り消されることもあるという事業者側にとってのリスクが浮き彫りになった。

 周辺住民の合意なしの強引な開発が割に合わなくなる可能性を覚悟すべきであろう。」とのマスコミ評が見られる(週間ダイヤモンド)。なお、住民は国交大臣に行服法34条に基づき、19年7月執行停止の申立をした。

 しかし、1年9月経過させ、今もって、審査庁はなんの審理も行っていない。たぶん、申立書はロッカーに入れられて、担当官もそんな申立がなされていることすら忘れている。行服1条は「簡易迅速な手続による国民の権利利益を図る」と規定しているが、果たして、我が国は法治国家と言えるのであろうか。

●関係法規

・建築基準法1条(この法律は建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする。)

・東京都安全条例4条3項(前2項の規定は建築物の周囲の空地の状況その他土地及び周囲の状況により知事が安全上支障がないと認める場合においては、適用しない。)
・同条例10条(特殊建築物は、路地状部分のみによって道路に接する敷地に建築してはならない)。

・新宿区行政手続条例5条(行政庁は申請により求められた許認可等をするかどうかをその条例等の定めに従って判断するために必要とされる審査基準を定めるものとする。行政手続法5条参照)。

・行服法34条4項(審査請求人の申立があった場合において、処分の執行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があると認めるときは、審査庁は執行停止をしなければならない。行訴法25条2項4項参照)。

出典:「環境と正義」119号(5月号2009年4月25日発行)
    環境法律家連盟機関紙
 

つづく