エントランスへはここをクリック         総目次に戻る

厳寒のロシア2大都市短訪
 

 19世紀はロシア文学の黄金時代

青山貞一 Teiichi Aoyama  池田こみち Komichi Ikeda
掲載月日:2017年5月30日
独立系メディア E-wave Tokyo
 無断転載禁
ロシア短訪・総目次に戻る

ロシアの文豪
  19世紀はロシア文学の黄金時代 
  プーシキン    写真ギャラリー    ゴーゴリ       写真ギャラリー
  ツルゲーネフ   写真ギャラリー    ドフトエフスキー  写真ギャラリー 
  ト ルストイ     写真ギャラリー   チェーホフ      写真ギャラリー


   

 サンクトペテルブルグやモスクワを車でまわったり、歩いていると、あちこちに帝政ロシア時代の世界的に有名となっているロシアの文豪の記念碑、銅像 、..の家、 ..博物館、 ...記念館、 、...劇場、 ...芸術座、はては ...広場、 ...公園、 ...市など、地名にまで文豪の名前が出てくることに遭遇します。

 その数があまりにも多いことに驚嘆します。

 下はサンクトペテルブルクの中心部ですが、ざっとみただけでも、プーシキン像、ドフトエフスキー博物館、ロシア文学博物館、プーシキンの家博物館、文学カフェなどがあることが分かります。


現在のサンクトペテルブルグ中心部
出典:ワールド航空サ^-ビス

 一方、下はモスクワですが、ゴーリキーの家、チェーホフの家博物館、プーシキンの家博物館、などが目に入ります。


モスクワ市中心部 

 それだけ、ロシア文学、ロシア文豪はロシア人の人々、とりわけサンクトペテルブルグやモスクワの市民の心や脳裏の奥深くに刻まれているのだと思えます。もちろん、レーニン、マルクス、エンゲルスなどの像や記念碑も沢山あります。しかし、ロシア文学、ロシア文豪のそれは一桁多いように感じました。

 たとえばサンクトペテルブルグでは、世界的なエカテリーナ美術館はかつて<プーシキン市>というまちにあります。一方、モスクワにはプーシキン美術館があり、モスクワチェーホフ芸術座があります。

 そこで、ここでは一括してロシアの著名な文豪について、その概要、主な著作などを紹介したいと思います。

 以下写真の出典は、Google Map、Wikipedia、ikimedia、また文章の主な出典はWikipedia、ロシアNOWです。


サンクトペテルブルグ市の隣にあるプーシキン市


モスクワのプーシキン美術館
Source:Wikimedia Commons


サンクトペテルブルグのドストエフスキー博物館
Source:Wikimedia Commons


モスクワのチェーホフ芸術座  
Source:Wikimedia Commons


19世紀はロシア文学の黄金時代

 19世紀初頭にはロシア文学のロマン主義の出現とともに、 ヴァシーリー・ジュコーフスキー、アレクサンドル・プーシキン、ミハイル・レールモントフ、フョードル・チュッチェフらの才能ある世代が登場しました。

 19世紀はロシア文学、とりわけ小説の黄金時代となりました。

 フョードル・ドストエフスキーニコライ・ゴーゴリ、イワン・ゴンチャロフ、ニコライ・レスコフ、ミハイル・サルトィコフ=シチェドリン、レフ・トルストイイワン・ツルゲーネフら無数の才能ある文学者が出現し、全世界の文学に多大な影響を与えました。

 以下の写真の出典は、Source:Wikimedia Commons です。

 
アレクサンドル・プーシキン         ニコライ・ゴーゴリ
Source:Wikimedlia Commons

 
イワン・セルゲーエヴィチ・        フョードル・ドストエフスキー
ツルゲーネフ
Source:Wikimedlia Commons  

  
レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ    アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ
Source:Wikimedlia Commons

 またこの時代以降のロシア文学が、西洋文学の影響を強く受けていることが、シュテファン・ツヴァイクの『三人の巨匠――フョードル・ドストエフスキー、オノレ・ド・バルザック、チャールズ・ディケンズ』 や、ミシェル・カドーの『東洋と西洋の間のロシア』などで示されています。

 さらに寓話作家イヴァン・クルィロフ、詩人エフゲニー・バラトゥインスキー、コンスタンティン・バチュシコフ、ニコライ・ネクラーソフ、アレクセイ・コンスタンチノヴィッチ・トルストイ、フョードル・チュッチェフ、アファナーシー・フェート、風刺作家グループの変名であったコズマ・プリュートコフ(ロシア語版)などにより、他の文学領域も発展を見せました。

 アントン・チェーホフは極めて重要な戯曲作品を生み出しただけでなく、非常に短い物語という枠組み自体を作り出し、最も傑出したロシア語作家のひとりとなりました。

 なお、19世紀のロシアの上流階級ではフランス語を日常会話で使っていたため、当時書かれた小説の中にはフランス語がそのまま使われている作品もあります(戦争と平和など)。

 以下、上の写真にある六名のロシアの文豪を、順に紹介いたします。またエピソードやロシアNOWの論考などもあわせて紹介します。


つづく