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2018年・東日本大震災
復旧実態調査(福島県編)
〜いわき市四倉海岸・四倉漁港〜


青山貞一・池田こみち 
環境総合研究所顧問
掲載月日:2018年7月28日
 独立系メディア E−wave Tokyo
断転載禁
<2018-6 東日本大震災・津波・原発事故事後調査>
 調査の内容と方法 北茨城市大津港 五浦海岸六角堂1 五浦海岸六角堂2
 茨城福島県境  いわき市勿来 須賀海岸 勿来・岩間 小名浜港・中之作
 江ノ浦・江名港  江名走出  合磯・豊間海岸 薄磯海岸  四倉海岸
 久ノ浜・末続 原発立地自治体放射線量 新地町1 新地町2 相馬市松川浦
 相馬市大洲松川線 南相馬市沿岸部 飯舘村(放射線量)
 久々の会津若松

◆いわき市新舞子海岸

 この後、新舞子を経由して久ノ浜に出る。3.11の津波において新舞子は大きな被害を免れたが、これは海岸沿いに設置していた防風林が防潮堤として旨き機能したからと言われる。

 2011年4月16日、友人のいわき市の弁護士、広田次男氏と新舞子沿いの道路を車で走りながら上記を伺った。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 以下は2011年3月12日の衛星画像だが、防風林(防潮堤)の効果からか、防風林の背後の住宅はまったく被害がみられない。


出典:グーグル 011年3月12日の衛星画像


◆いわき市四倉海岸


出典:グーグルマップ

 私たちは薄磯海岸、新舞子海岸を経由して、いわき市の四倉海岸に到着した。ここは、大きな海水浴場があるため、3.11以前は海浜には防潮堤がなく、海岸線からかなり遠い住宅地にまで津波が押し寄せていた。

 3.11以降、この巨大な海水浴場にも 7mの防波堤が新設された。この防波堤は、下の写真にあるように、比較的なだらかな斜面となるようにつくられ、防波堤のちょうど真ん中から写真のような階段を上り海水浴場に行けるようにしてある。


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 下は堤防に植えてあるはまなすの植栽についての説明だが、斜面に植えられた商物や樹木が深く根を張り、新舞子海岸の防風・防潮林となるには相当な年月が必要となるだろう。


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S9900



撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 3.11時の四倉海岸の津波の高さは、以下のとおりである。

いわき四倉 管波病院付近   浸水高  6.2 m
              (この地区の海岸堤防天端高 5.9 m)
いわき四倉 道の駅よつくら港 浸水高  5.9 m
いわき四倉 四倉高校付近   浸水高  3.6 m

 
今回できた防波堤は以下のように7mある。この高さは上記の観測値を考慮したものであることがわかる。

 また四倉海水浴場では、津波時の避難方向についての掲示もあった、


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 下は四倉海水浴場に完備されているシャワー室とトイレ。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 ここで四倉海岸(海水浴場)の線量は0.06μSV/hと低い。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S9900

 
◆2011年4月16日の国道六号線から見た四倉海岸の被害状況

 以下は2011年4月16日、いわき市の弁護士広田次男氏に案内され久之浜に行く途中、国道6号線を走る車から撮影した四倉海岸である。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


撮影:青山貞一  Nikon Coolpix S8


◆福島 防潮堤の建設進むいわき市四倉・久之浜地区
                   
  
産経新聞記事

・安全か景観か「答え出ない」

 太平洋を望み、温暖な気候から「東北のハワイ」とも呼ばれる福島県いわき市。日差しは春を思わせるが、吹き付ける海風は肌を刺すように冷たい。

 海岸に沿うように国道6号を宮城方面へと向かった。JRいわき駅から車で20分ほど走ると、四倉地区に着く。海の方へ目をやると、真新しいコンクリートの巨大な壁がそびえていた。高さ7メートルを超す防潮堤だ。海を眺めようとしても、車窓から見えるのは、ねずみ色一色の壁だけだ。何となく、寂しい気持ちになる。

 「住民の安全のために、防潮堤は必要だと思う。でも、慣れ親しんだ風景とは変わってしまった。海と街が隔絶されるのはいいのか。今も答えは出ないよ」

 海岸線から500メートルほど内陸にある「小泉屋時計店」の緑川健さん(48)は、複雑な胸の内を明かした。6年前、店の中で激震に襲われた。約1メートルの津波が到達。店内はめちゃくちゃになった。

 「もう6年って感じ。早かったな」。店はほぼ震災前の状態に戻り、心にも少しずつ余裕ができた。だが、あの日の出来事を忘れることはない。

 「当事者は忘れることなんて、ないんだよ。でも、いつまでも被災者だって言ってられないでしょ」

・「かえって危ない」

 四倉から北へ。海岸線のトンネルを抜けると、目の前には波立(はったち)海岸が広がった。かつて海水浴客でにぎわった場所も、今は大きな工事現場だ。ここでも防潮堤の建設が進む。

 「トントン」「パチパチ」−。作業員が木の型枠をたたいたり、鉄製の骨組みを溶接したりする音が、あちこちから聞こえる。国道をまたぐ歩道橋から見下ろすと、まるで蛇のように伸びているのが分かる。

 「海が見えなくなるから、かえって危ないと思う。どれくらいの波が来るのか分からないからね」

 近くにある波立寺の前住職、皆川里道(りどう)さん(87)は表情を曇らせた。

 自宅や本堂は太平洋に面した国道より低い場所にあり、津波に流されることはなかった。だが、押し寄せた海水がたまり、2メートルほど浸水。家財道具などがあふれ出し、庭先はごみの山となった。

 避難した裏山の中腹から、黒い波が海岸の方へ向かってくるのを見た。40年以上暮らしてきたが、初めての経験だった。

 「大変なことになった。これからどうなるのか…」。それから6年。自宅には今もゆがみが残る。

・防災意識に変化

 さらに北上し、国道6号を東に入る。海沿いに築かれた土の山が目に飛び込んできた。幅50メートルの防災緑地だ。津波がのみ込んだ地域では新しい住宅が建ち始め、復興の確かな槌音が聞こえる。

 「ここに住む人が、安心して暮らせるようになるのはいいことですよ」。久之浜地区の北町で生まれ育った木村芳秀さん(80)は目を細めた。

 沿岸部は津波や火災でほとんどの建物が姿を消し、顔なじみも犠牲になった。

 「まさか津波は来ないだろうと思っていた。津波が来るのは三陸の方だと思っていたから…」

 震災の教訓から、地区には昨年3月、避難所の機能を備えた市役所の支所「久之浜・大久ふれあい館」が完成。津波警報が出たときには、壁を蹴(け)破って中に入ることができる。昨年11月の福島県沖地震では、近くに住む35人が避難した。

・木村さんは言う。

 「6年前の震災で、『大きな地震があったら避難する』と意識が変わった。自分の身は自分で守らないといけないから」

 震災前、久之浜の海岸には毎年、春から初夏にかけて小さな紫色のハマエンドウが咲き誇っていた。

 「また、あの光景をよみがえらせたい」。海岸線の工事が終わったら、木村さんは仲間たちと苗を植えるつもりだ。(野田佑介)
                 


◆四倉漁港


出典:グーグルマップ

 四倉(よつくら)漁港は、大正5年、県費補助により現在の第1船溜まりの建設に着手したことにより、漁港整備が始まった。昭和5年、県が管理者となり、昭和7年より農山漁村振興対策によって国庫補助の元に本格的な漁港整備に着手し、現在に至っている。

 もともとは北洋漁業のサケ・マスの基地だったが、現在では、機船船曳網及び小型機船底曳網等の沿岸漁業が主な漁獲である。  国道6号に隣接する用地内には、漁港の緑地整備にあわせ「道の駅よつくら港」が設置されている。

漁業種別、魚種
(漁業種別、魚種:H26港勢調査)
主たる漁業種別 主たる魚種
小型底びき網 かれい、ほっき貝

 下は3.11時の四倉海岸などでの津波の高さ、浸水高である。

いわき四倉 管波病院付近   浸水高  6.2 m
              (この地区の海岸堤防天端高 5.9 m)
いわき四倉 道の駅よつくら港 浸水高  5.9 m
いわき四倉 四倉高校付近   浸水高  3.6 m

 下は四倉r漁港でつくられている防潮堤。3.11の経験からすると、防潮堤がこの程度の厚さでは、破壊される可能性がること、また破壊されない場合でも、防潮堤と防潮堤の間に津波が出入りし、流体力学的に見てそこでは流速が早くなることで被害が大きくなる可能性が高いと思える。

 岩手県釜石市の小白浜漁港の防波堤のように、中途半端な防潮堤と開閉門の設置は、津波被害を大きくすることを肝に銘ずるべきではなかろうか? 少なくとも漁港の一部にだけ防潮堤を設置するのはほとんど意味がないと思える。


出典:大川魚店


出典:大川魚店


出典:大川魚店


道の駅よつくら


出典:Wikimedia  Commons


出典:Wikimedia  Commons

 2009年(平成21年)7月31日に県内では19番目に道の駅に登録され、12月26日に一次オープンとして県内で20番目に開駅(20番目に登録された道の駅ばんだいが先にオープンした)。一次オープンではトイレなどの休憩施設や交流館がオープンした。2010年7月14日に情報館が完成しグランドオープンとなった。

 2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)により被災し、営業を一時休止する。しかし、被災した建物の一部を利用して4月16日より直売所のみではあるが土・日曜日に限り再開した[1]。2012年(平成24年)8月11日に建物を一新した交流館がリニューアルオープンした。

 リニューアル後は2階建てとなり1階に物販コーナー、2階にはフードコートとカフェが入居している。

 下の表からは道の駅よつくらの津波は、3.6m前後あった。

<参考>

◆東日本大震災における福島県沿岸域の津波による浸水高・遡上高

鮫川右岸 須賀−関田海岸   浸水高 4.2, 4.7, 4.9, 6.7 m (TP)
証言:1波目よりも,2波目,3波目が大きかった

鮫川左岸 岩間地区・小浜海岸  浸水高 6.3, 6.8, 7.3 m (TP)
                       遡上高 6.3, 7.9 m (TP)

参考情報:  調査開始前に三角点の標高を計測

鮫川左岸河口 地図の表示     5.3 m
RTK GPS による計測          5.04 , 5.08 m

サンマリーナ              遡上高 9.4 m (TP)
永崎地区                浸水高 5.3 m (TP)
                      遡上高 7.3 m (TP)

折戸地区,江名漁港         浸水高 6.3, 6.8 m (TP)
豊間海岸                浸水高 7.5, 9.2 m (TP)

いわき平薄磯    浸水高  5.9 m
いわき平薄磯    遡上高  6.1 m(この地区の海岸堤防天端高 5.2 m)

いわき四倉 管波病院付近   浸水高  6.2 m
              (この地区の海岸堤防天端高 5.9 m)
いわき四倉 道の駅よつくら港 浸水高  5.9 m
いわき四倉 四倉高校付近   浸水高  3.6 m



つづく