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撮影:青山貞一 Nikon Digital Camera Cool Pix S8 菖蒲菱 出典:三峯神社公式Web ここでは、順次、拝殿の周りにあります青銅灯籠、八棟木灯台、手水舎を紹介しましょう。 撮影:青山貞一 Nikon Digital Camera Cool Pix S8 私達は東京港区芝の増上寺にあった1000基以上の石灯籠が戦後、首都圏を中心に日本各地に国民が誰も知らないうちに移築されたことを知って以来、ずっと増上寺、芝東照宮、上野寛永寺、上野東照宮、日光東照宮、川越喜多院など主に徳川将軍家の菩提寺となった寺の灯籠を現地視察してきました。 実はそれら増上寺や寛永寺の石灯籠のかなりのものが埼玉県だけでも、秩父市はじめ飯能市、小鹿野町、横瀬町、日高町、皆野町、川越市、所沢市、三芳町、志木市など埼玉県西部の寺院に移築されていることも分かりました。 詳細は以下の論考にあります。
そのような背景もあり、私達は灯籠には非常に関心があります。万一、増上寺や寛永寺の石灯籠が三峯神社にも移築されていないかについても関心があり、今回の現地視察、参拝ではそのことについても徹底的に調査してみました。 三峯神社には、参道から拝殿に至るまで多数の石灯籠があります。その形状はさまざまですが、下の写真にあるように、それらはいずれも石で造られた灯籠です。 撮影:青山貞一 Nikon Digital Camera Cool Pix S8 撮影:青山貞一 Nikon Digital Camera Cool Pix S8 しかし、幸いにも、三峯神社には、増上寺や寛永寺の石灯籠は一基たりとも移築されていないことが分かりました。ちなみに、以下にあるのが増上寺の石灯籠の典型的なものです。いずれも、徳川将軍家の霊廟、宝塔近くに置いてあったものを、戦後のどさくさ紛れに首都圏を中心に全国に無配慮に移築されていることが分かっています。 増上寺から狭山山不動寺に移築された石灯籠 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2014-11-24 増上寺から全国に拡散した石灯籠には、下の写真にあるように、増上寺及び...院殿という徳川将軍の院号それに寄進者の地域、氏名が刻印されています。 石灯籠に刻印された 増上寺の名称 寶永も見えます 撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400 2014-11-12 以下は上野寛永寺の石灯籠です。 寛永寺の石灯籠 ◆三峯神社の青銅灯籠 下は青銅灯籠です。弘化二年(1845年)の建立で江戸深川の堅川講中から奉納されたものです。荒川を筏で引いてきたということです。奉納者の中には初代塩原太助の名前も見えます。 拝殿の両側の青銅灯籠 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2014-12-23 これらの青銅灯籠は、いずれも素材が青銅であるだけでなく形状、色彩が統一されています。 江戸深川の堅川講中から奉納された青銅灯籠 撮影:青山貞一 Nikon Digital Camera Cool Pix S8 江戸深川の堅川講中から奉納された青銅灯籠 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2014-12-23 なお、青銅の灯籠は、上野東照宮にもありますが時代や寄進者が異なるため、下の写真にあるように形状、色ともに異なっています。 上野東照宮 灯籠 上野東照宮 青銅灯籠 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2014-12-13 つづく |