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地元の人以外、首都圏在住の人でもほとんど知らない3.11津波被害のひとつに、北茨城市にある岡倉天心が新たな芸術運動の拠点として建築した<六角堂>が完全に流出したことがある。 最近、北茨城の六角堂近くで生まれ育った青山の知人から岡倉天心と六角堂がいかに地域の人々にとってこころのよりどころとなっているかについて聞いた。 私たちは2011年4月上旬、いわき市の広田次男弁護士の案内で現地を視察しているが、今回(2011年12月25-27日)の現地調査では、北茨城市にある大津港と六角堂を最初の視察地に選んだ。 ◆環境総合研究所:福島県南部 浜通り 被災地視察(2011.4) Ch 5 津波にさらわれた北茨城市六角堂の入り口にて 六角堂は現在修復中で、施設の入口は白い壁で覆われていた 撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2011.12.25 撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2011.12.25 撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2011.12.25 下の4枚の写真は、六角堂入り口に掲載されていた看板を撮影したものである。 津波により流出する前の北茨城、五浦の六角堂 撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2011.12.25 津波により流出する前の北茨城、五浦の六角堂 撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2011.12.25 津波により流出する前の北茨城、五浦の六角堂(右端) 撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2011.12.25 津波により流出した後の北茨城、五浦の六角堂の基礎台座 撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2011.12.25 下図は六角堂の位置を●で示している。 以下はグーグルマップで見た北茨城市の六角堂である。 下の写真は、ホテル大観荘側から見た六角堂があった岩場である。 撮影:池田こみち Nikon CoolPix S10 2011.12.25 海から六角堂が見れる場所があったが、 ここは波が押し寄せ危険だ 撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2011.12.25
また岡倉天心は英語で茶の本を著し、西予に日本の茶道の哲学を紹介したことで有名だが、外国人でこれを読んで茶道を始めたという人は多い。 津波により流出する前の北茨城、五浦の六角堂 撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2011.12.25 下の写真は岡倉天心の墓である。見て分かるように、非常に質素であり、天心の生き方が分かるというものである。 岡倉天心の墓碑 岡倉天心の墓 撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S8 2011.12.25 つづく |