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●2010年2月20日(土) 旧市街・歴史地区:聖ニコラス教会
ターリン市の紋章
ターリン旧市街、歴史地区全図 作成:青山貞一
■聖ニコラス教会(Niguliste Kirk)
次に訪問したのは旧市街の南西部にある聖ニコラス教会(Niguliste Kirk)だ。ターリン市の博物館からは再度、旧市庁舎、ラエコヤ広場を経由して行くのだが、聖ニコラス教会訪問時は、寒さが最悪となった。
突風もあり、教会の外ではおそらく外気温はマイナス15度以下、2重にした手袋でも寒さは防げないありさまだった。
しかも、教会全体を写真におさめようと、リュートゥリ通り北側に歩いていく途中、凍結している路上でスッテンコロリンと滑ってしまった。幸い、頭は打たず、手も打ち身打撲ですんだが、帰国後数週間、痛みが残ってしまった。
もちろん、転んでもニコンのデジカメは手から離さず無事だった(笑い)。
そんなこともあり、この聖ニコラス教会は私(青山)にとって思い出深いものとなっている。ただし、旅行中、本格的に転んだのはこの一回だけである!
撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S10 20 Feb. 2010
ところで、聖ニコラス教会は13世紀前半、ドイツ商人の居住地に立てられた教会で、船乗りの守護聖人、ニコラスに捧げられた。
この教会は非常時は外敵から守るための要塞としての機能も果たしてきたという。
ただ、1944年のソ連による空襲によって破壊され、現在、もともとの内装は残っていない。現在は博物館そしてコンサートホールとして使用されている。入場は35クローン。
撮影:青山貞一 Nikon CoolPix S10 20 Feb. 2010
下は夏の晴天時の聖ニコラス教会。
夏の聖ニコラス教会 出典:From Wikipedia, the free encyclopedia
この聖ニコラス教会を世界に知らしめているのは、実は現在博物館となっている教会内部にある展示品だ。
展示品の数こそ少ないが、世界的有名かつ貴重なものが多い。最も有名なものは、ベルント・ナトケによって15世紀に画かれた「死のダンス(舞踏)」(Surmatants)である。
下はその「死のダンス(舞踏)」である。横7.5m、縦1.6mのカンバスに生者と死者がダンスを繰り広げる様が描かれている。
ベルント・ナトケによって15世紀に画かれた「死のダンス(舞踏)」
出典:Wikipedia English edition