コロッセオ(Colosseo)
フォロ・ロマーノ(Foro Romano)
チルコ・マッシモ(Circo Massimo)
サンタマリア・イン・コスメディン教会(Santa Maria di Cosmedin)
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ポポロ広場で簡単な昼食後、地下鉄でローマ歴史地区の遺跡の中心地に向かう。
■コロッセオ 昼過ぎ
地下鉄の駅を降りると、すぐそこがかの有名な円形競技場のコロッセオだ。
日本でおそらくローマと言えば、すぐにイメージするのが、このコロッセオだ。それほどコロッセオは世界中の人々の脳裏に焼き付いている古代ローマの建造物の代表といえる。
グーグルアースでみたローマのコロッセオ
Source: Google Earth
ローマ歴史地区の象徴、コロッセオ(円形闘技場):資料映像
1のコロッセオ (Colosseo) は、古代ローマ時代の建造物であり、現在、ローマの歴史的建造物の象徴的存在となっている。そのコロッセは、ローマ帝政の時代期に造られた円形闘技場である。
コロッセオはネロ帝の黄金宮殿の庭園にあった人工池の跡地に建設されている。工事はウェスパシアヌス治世の75年に始まり、ティトゥス治世の80年から使用されるようになった。完成したのはドミティアヌスの時代である。
フラウィウス朝の皇帝が建設者であることから「フラウィウス闘技場」が本来の名前であるが、ネロ帝の巨大な像(コロッスス)が傍らに立っていたためコロッセウムと呼ばれるようになったといわれている。
ローマ歴史地区の象徴、コロッセオ(円形闘技場)
撮影:青山貞一、Nikon CoolPix S10
ローマ歴史地区の象徴、コロッセオ(円形闘技場)
撮影:青山貞一、Nikon CoolPix S10
ローマ歴史地区の象徴、コロッセオ(円形闘技場)
撮影:青山貞一、Nikon CoolPix S10
コロッセオの形は、長い径が188m、短い径が156mの楕円形である。また高さは48mで実に45,000人を収容出来たというから、現在にあってもその規模はかなりのものといえる。
現在、天井部分は開放されているが、日除け用に布を張る設備もあった。皇帝席には一日中直射日光が当たらないように設計されていた。一般の観客席も一日に20分以上日光が当たらないように工夫がなされていたというから驚きである。
コロッセオは建設初期には競技場に水を張って海での戦いを模していた。
コロッセオ(円形闘技場)の内部(資料映像)
中世を通じてコロッセオで使われた多くの建材は、他のローマの建築物に使われている。その意味でコロッセオは一種の採石場とされていたことになる。たとえば、コロッセオの大理石はサンピエトロ大聖堂の建造にも使われているという。
今なお往時の姿を半分ほどとどめているのは、迫害されたキリスト教徒がここで殉教したと伝えられていた為、一種の聖地となっていたからと言われているが、キリスト教徒が実際に迫害されたという明確な根拠はない。ローマ教皇ベネディクトゥス14世によりコロッセオは神聖な建造物として保存されるようになった。
コロッセオ(円形闘技場)の内部(資料映像)
撮影:青山貞一、Nikon CoolPix S10
なお、このコロッセオでは多くの殺人が行われた場所であることもあり、現在では死刑廃止のイベントのために使用されているという。
コロッセオ(円形闘技場)を背景に筆者
撮影:Nikon CoolPix S10
つづく
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