シルクロードの今を征く Now on the Silk Road アミール・ティムール広場 青山貞一 Teiichi Aoyama 池田こみち Komichi Ikeda 掲載月日:2015年3月9日 独立系メディア E-wave Tokyo無断転載禁 |
| 総合メニュー(中央アジア) 首都タシケントへ 到着、一旦ホテルへ 国会議事堂 アミール・ティムール広場 アミール・ティムール博物館 ウズベキスタン外務省迎賓館 プロムナードギャラリー シャラフ・ラシドフ銅像 ウズベキスタン国立歴史博物館 ナボイ・オペラ・バレイ劇場 ヤッカサライ墓地 国立応用美術館 夕暮れの独立広場 予備調査を終わって この後、有名なアミール・ティムール広場を通ります。この広場はサマルカンド同様、ロータリー形式になっています。その真ん中にティムール像があります。またその右したにある白い建物が国会議事堂です。 ![]() 地図の中央がティムール広場 出典:グーグルアース ![]() アミール・ティムール広場 Source:Wikimedia Commons このアミール・ティムール広場 英語で Amir Temur Square, Amir Timur Square、ロシア語で Сквер Амира Темура) は、ウズベキスタンの首都タシュケントにある広場であり、広場の前身はトルキスタン総督府時代の総督府前に建設された公園です。 この公園はミハイル・チェルニャエフ主導の下、ニコライ・ウルヤノフにより1882年にモスクワ通り (現アミール・ティムール通り) とカウフマン通り (現ミルザ・ウルグベク通り) という新都市の二つのメインストリートの交差点にコンスタンティノフ広場という名称で建設されています。 ウズベキスタン独立後の1993年、ウズベキスタン、タシケントのランドマークとなっていたカール・マルクスの銅像は新国家のイデオロギーに合わないとして撤去されました。 1994年8月31日、ウズベキスタン独立後3周年を終わって広場は「アミール・ティムール広場」と改名され、広場の中央にはイルハム・ジャッバロフ製作による馬に乗ったティムールの銅像が設置されました。 開園式ではウズベキスタン大統領のイスラム・カリモフも出席し、「長きにわたって支配を受けてきた我々は偉大な同胞であるティムールを讃え、歴史的貢献に敬意を払う機会を失ってきた。」というスピーチを行っています。 広場で売春を助長するような犯罪行為が行われることに対処するため、市当局は広場のすべての飲食店や娯楽施設に対して立ち退きを命じています。この中にはカフェ「ドルジュバ」や複数のアイスクリーム店、花を販売していたムーア・パビリオンのようなパビリオンも含まれています。 下は馬に乗っているティムールの銅像です。夕暮れが近く、銅像が引き立っています。 ![]() 馬に乗っているティムールの銅像です。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2015-3-4 ![]() 馬に乗っているティムールの銅像です。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2015-3-4 下は斜め前から見たティムール像です。背景にはホテル・ウズベキスタンがあります。 ![]() 斜め前から見たティムール像です。背景にはホテル・ウズベキスタンがあります。 撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2015-3-4
なお、この後、ソ連の捕虜とされた日本兵らも建築に携わったとされるいわゆるナボイ劇場を視察にゆきますが、その帰りに再度、このティムール広場を通るとき、夕闇のティムール広場を写真撮影しました。 ホテルに戻るときは、以下のようにお月様も参加し、大変幻想的な写真となりました。国会議事堂の上には鶴が舞い降りています! ![]() お月様も参加し、大変幻想的な写真となりました。 撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400 2015-3-4 ![]() お月様も参加し、大変幻想的な写真となりました。 撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400 2015-3-4 つづく |